第二十二話 わたしががんばってきたこと全部報われなくて
椅子に座る闇魔法少女コンビとヴィーナスゴールド。ヴィーナスゴールドはうつむいており、その表情は髪に隠れてよく見えない。
あまりにも気持ちが白けてしまったためか、全員の感度はすっかり元に戻っていた。
かと言って仕切り直して戦う空気でもなくて、こうしてタイムオーバーになるのを何をするでもなく、ぼんやり待っていた。
「………」
誰かからそうするように促されたわけではないが、ピュアホワイトは一人床に正座して反省していた。
背筋をピンと伸ばし、謝罪会見に臨む芸能人のような神妙な面持ち。
本当にバカなことをしてしまった。あのまま何もしなければ、ヴィーナスゴールドは気分よく魔法をぶっ放せて、闇魔法少女二人も気持ちよくやられることができて、自分は三倍の報酬でウハウハだったと言うのに。
ピュアホワイトにはなぜだか昔から、やっちゃダメだと思うとウズウズしてついやってしまう悪い癖があった。
大人になるにつれて抑えられるようになってきていたのに、今日は久しぶりにタガが外れてしまった。
魔法少女状態と、感度およそ三千倍が謎の化学反応を起こして、我慢できなくなってしまった。
もちろんすぐに全員に謝った。全身全霊で額を床にこすりつけた。線香花火くらい短い社会人時代に培ったスキルのフル活用。
『まことに申し訳ありませんでした!』
『別にうちらはいいんだけど、なあ…』
『ええ、私たちは問題ありませんけど…』
闇魔法少女二人がチラチラと見たのは、燃え尽きたボクサーのようなオーラをまとって落ち込むヴィーナスゴールド。
『顔上げてよ、わたし気にしてないし。三倍の報酬は残念だけど、まあ普通の報酬はもらえるもんね』
彼女は明らかに無理をしている笑顔を浮かべ、静かに椅子に座った。
見るからに落ち込んだ様子で深いため息をつかれて、ピュアホワイトの胸はきゅっと雑巾絞りされたように痛んだ。
そしてそのまま今にいたる。
長い沈黙を破ったのはヴィーナスゴールドだった。
「ごめんね、みんな。わたしが空気悪くしてるよね…」
「いや別に。元はと言えばそこの乳デカノータリン発情女が悪いわけだし」
「へうっ…」
シュバルシャーフの言葉がグサグサと胸に突き刺さる。
「それを言ったら、みなさんに変なものを盛ってしまった私にも責任があります…」
「それはまあ、うちも同意したからな。うちも同罪だよ」
「シャーフねえさま…」
リーリエが潤んだ瞳でシュバルシャーフを見つめている。
ここはひとつ、何かこの場の最年長者っぽいことを言って、場の空気を良くしなければ。名誉挽回のチャンスだ。
「まあまあ、誰が悪いとか、誰の責任とか言ってもしょうがないじゃないですか。過ぎたことを言うのは、建設的な議論の妨げにしかなりません。次またがんばればいいんですよ」
謎の使命感とちょっぴりの自己顕示欲に駆られて言うピュアホワイトに、闇魔法少女たちが虚無の視線を送った。
「諸悪の根源がよく言ったもんだなあ、おい」
「ホワイトねえさま、今はちょっと黙っててください」
「あっ、はい、すいませんでした」
「次がんばれば、か…」
再び土下座するピュアホワイト(土下座ホワイト)を見つめて、ヴィーナスゴールドは遠い目をした。
「わたしね、昔バレエやってたんだ。球技じゃなくて、踊る方のバレエ」
その一言に全員が固唾を呑んだ。
これはまさか、唐突な昔語り。
そういうのに直面したことのないピュアホワイトは不謹慎だと思いつつも、胸が躍るのを止められなかった。
「小さい頃からやっててさ、コンクールとかでも優勝してたんだよね。このままいけばプロになれるかもって、親とかコーチとか周りの大人たちに期待されてて、子供の頃はそれが嬉しかった。だけど中学校に上がったころから急に身体が硬くなってきて、思うように動けなくなって優勝を逃すことが増えた。そのたびに次がんばればいいからって励まされて、段々とそれがプレッシャーになっていった。期待は原動力から重荷に変わっていった。それで練習に熱が入って、怪我しちゃったんだよね。日常生活に支障はないけど、バレエはもうできないくらい、深い傷。わたしにはもう、がんばれる次はなくなった」
「ビーナスちゃん…」
ピュアホワイトは言葉にならず、ただ瞳を潤ませて名前を呼ぶことしかできなかった。
「それでなんにもなくなっちゃって、高校に上がってもずっと空っぽな感じがして、何かしなくちゃって思ってメイドカフェでバイト始めてみたんだよね。ほら、わたしって見た目だけはいいし、チヤホヤされるのも好きだから、ナンバーワンになれそうじゃない。で、がんばってお客さんに愛想を振りまいて人気が出てきたら、他の子たちに嫉妬されちゃってさ。それでもう仕事にならないくらいイジワルされた。みんなから口裏合わせてわたしが空気を乱してるってことにされて、辞めなきゃならなくなったんだよね」
それを聞いてピュアホワイトは思い出していた。
メイドカフェに入る前の、ヴィーナスゴールドの険しい表情。
あれはメイド嫌いとかじゃなくて、そんなトラウマがあったせいだったのか。
「サイテーだな」
鼻を鳴らすシュバルシャーフに、ヴィーナスゴールドはちいさく笑った。
「そう、マジでサイテー。なんなんだろうね、これ。わたしががんばってきたこと全部報われなくて、今日だって…。なんかもう、そういうのに疲れてきちゃった」
「でっ、でもビーナスちゃんがんばってるじゃないですか!チックタックで大人気のインフルエンサーのミカミカサマーとして、ファンの人も大勢いて評価されてるじゃないですか!」
「あんた、あっさりそういう暴露を…」
「えっ!?ヴィーナスねえさまがミカミカサマーちゃんだったんですか!?」
目を輝かせるリーリエにがっしりと手を握られて、ヴィーナスゴールドはちょっと身を引いた。
輝く瞳の圧が、推しのライブの最前列に陣取るファンくらい強い。
「あっ、うん、そうだけど。もしかしてフォローしてくれてた?」
「当然です!恥ずかしそうに歌ってみた動画を上げてたころからのファンです!高音になると鳥の首を締めたみたいな歌声になるの大好きでした!」
「あっ、ありがと。でもできたらそのころの記憶は消してね。いろいろ失って自己顕示欲が爆発してた時期だから…」
引きつった笑みを浮かべるヴィーナスゴールドを横目に見ながら、シュバルシャーフはピュアホワイトに耳打ちした。
「なあ、そんなに有名なのか?そのミカミカサマーって?」
「はんっ…!」
まだおよそ三千倍の余波が残っていたのか、悩ましい反応をしてしまう。
もっと耳元でささやいてほしくなりながらも、シュバルシャーフの質問に自慢げに答えた。
「まさか知らないんですか、シュバちゃん?あのフォロワー三万人を誇る女子高生インフルエンサー、ミカミカサマーちゃんを?」
自分もつい最近知ったばかりなのに、我が物顔できるのがピュアホワイトだ。
「う、うるせえな。チックタックとかあんまり興味ねえんだよ。なんつーかチカチカしすぎてて。うちが好きなのはニヤニヤ動画とムーチューブだ」
「あっ、わかります。私も二つとも有料会員になっています。気が合いますね、私たち」
「いや、別にうちは有料会員じゃねえけど。と言うか今どきニヤニヤ動画の有料会員って…」
おそらく絶滅危惧種。
「いっ、いいんです!動画にコメントが流れるあのシステムが、一体感があって私は大好きなんです!」
顔を真っ赤にして言うピュアホワイトを、シュバルシャーフは生暖かい目で見つめた。
そしてなおも熱烈にリーリエから古参ファンアピールされてたじろいでいるヴィーナスゴールドに目を移し、やさしい口調で言った。
「でもよ、そんだけフォロワーがついて活躍してんなら、がんばったのが報われたって胸張れるんじゃねえのか?」




