第二十一話 感度およそ三千倍ですわ!
「な、なにこれ…!?身体が、熱い…!何をしたの、あなたたち…!?」
内ももをもじもじとこすり合わせるヴィーナスゴールドにほうっと吐息をついて、リーリエは頬に手を添えて悩ましげな顔をした。なんとも芝居がかった仕草だ。
「ああ、おいたわしやおねえさまたち。身体が快楽を求めて、熱くうずいてしょうがないのでしょう?」
「リーリエちゃん、これはいったい…」
「甘いひみつ(スイートスポット)。わたくしの魔法で生成した、口にしたものの感度をおよそ三千倍にする媚薬を、コーヒーカップに仕込んでおいたのですわ。大事なことなのでもう一度言いましょう。感度およそ三千倍ですわ!」
「はうっ…!」
触れるか触れないかの絶妙な力加減でほほを撫でられ、ピュアホワイトはビクリと身体を震わせて熱い吐息を漏らした。
それだけでもう、脳髄が痺れるほどの快楽が身体中を駆け巡り、太ももをこすり合わせてしまう。
そこはもう、釧路湿原くらい潤っている。
「ふふふ、どうですホワイトねえさま。およそ三千倍の快楽は。ちょっと触れられただけでもう、たまらないでしょう。わかりますわ。昨晩ちょこっと自分で試してみたら、気持ちよすぎて本来の意味で昇天してしまうかと思いましたもの」
「よく自分で試したなリーリエ。そんな怪しげなもんをよお…」
「ふふふ、お褒めに預かり光栄ですわ、シャーフねえさま」
「いや、ほめてねえけど。まあいいや、そんじゃうちはじっくり金ピカ野郎を可愛がってやるとすっか」
手をワキワキさせながらにじり寄るシュバルシャーフを、ヴィーナスゴールドは上目遣いの潤んだ瞳で睨みつけた。
「くっ…!わたしは何をされても、決してあなたたちなんかに屈しないわ…!」
「へへっ、なんだおめえ。薄い本に出てくる女騎士みてえなこと言いやがってよお。その威勢がいつまで保つのか楽しみだなあ!」
猫のような身のこなしでヴィーナスゴールドに飛びかかるシュバルシャーフ。
「はれっ…?」
しかしその足が地を蹴ると同時に腰からヘナヘナと崩れ落ちていき、ぺたんと床に両手をついた。猫耳も尻尾もふにゃっと垂れ下がり、口から漏れ出るのは熱い吐息。
瞳が潤み、頬が紅潮し、足をもじもじさせている。明らかに魔法少女二人と同じ症状。
「お、おい、リーリエ…。おまえ、まさかうちのカップにも…」
「ふっ、ふふふ…誰の手にどのカップが渡るのかわからないから、すべてのカップに甘いひみつ(スイートスポット)を仕込んでおいたのですわ…!だけどご心配なさらずシャーフねえさま…!すでにおよそ三千倍を経験しているわたくしが、この場では一番、強い…!」
リーリエは頬を赤く染め、目を夢見るようにとろけさせ、口の端からはとろんとよだれを垂らしていた。
「どこが有利だ!おまえが一番ヤベえ顔してるじゃねえか!」
「えへへ、昨日の夜のことを思い出すと、それだけで気持ちよすぎて…。あっ、おねえさま、そこはだめ…」
色っぽく笑いながらふとももをもじもじとこすり合わせて、ピュアホワイトに猫耳を撫で回されている。世にも幸せそうなリーリエ・ショコラーデ。
「はあん、ごろにゃーご…」
ピュアホワイトはおそろしくいやらしい顔で、かわいらしい声で鳴いて猫のようにあまえるリーリエの猫耳を撫で回していた。
胸元の純白のリボンがじわじわと黒く染まっていくほどの、ガチのいやらしさだ。
「だめピュアホワイト!それ以上いけない!」
「くっ…!」
ヴィーナスゴールドに叱咤され、ピュアホワイトは弾かれたように猫耳から手を離した。
はあはあと息も絶え絶えになり、額には大粒の汗をかいている。
「ありがとう、ビーナスちゃん。おのれ、なんたる色仕掛け…あやうくレッドゾーンに突入してしまうところでした…」
「いや、完全なるあんたの自爆でしょ…」
とは言えこのままではマズい。
戦闘時間は魔法少女が現地に到着してから一時間と決まっており、それを過ぎた場合には判定で勝敗が決まる。そしてあと二十分ほどで判定の時間になってしまう。
今のままでは、闇魔法少女の魔法の効果を受けた魔法少女側が圧倒的に不利で、負けは確実だ。
やるしかない。こんな状態だけど、なんとかデカいのを一発食らわせてやらなきゃ勝てない。
ヴィーナスゴールドは立ち上がると大きく息を吸い込んでへその下辺り、その筋では丹田と呼ばれる場所に力を込めた。
「くう…!」
いつもはそれで意識を集中できるのに、脊椎を犯すかのように襲いかかってくる快楽の波。
しかし実家が神社のヴィーナスゴールドは、神社育ち故の並々ならぬ精神力でそれに抗う。剣を構えるように祓串を両手に持ち、かすれた声で詠唱を始めた。
「祓へ給え清め給え 祓いに祓い賜いて 過つ草種の罪事を 千代の光明に あまねく照らし出す如く」
言の葉を連ねることに研ぎ澄まされてゆく意識。それに連れて遠のく肉体という枷。輪郭がはっきりしていく声。脳内に浮かび上がる、糸を束ねるように集まる魔力のイメージ。
ヴィーナスゴールドから発せられる魔力は、やわらかな風となってメイドカフェの大気を揺らした。
「なっ、こいつ、この状態で魔法を…!?」
快楽に飲まれるがままだったシュバルシャーフが驚愕の声を発し、猫耳と尻尾を逆立てた。
魔法を使うには実はけっこうな集中力を求められる。針穴に糸を通すように魔力を制御する繊細な集中力を。
それを感度三千倍という異常な状態でやってのけるのは、まさしく神業としか言いようがない。
なおも朗々と祝詞は唱えられ、ヴィーナスゴールドの背中に太陽のような光輪が浮かび上がった。
強力な魔法を使うときに顕現する魔力増幅器。今から必殺技を使いますよという合図みたいなもの。
後光を背負うヴィーナスゴールドを目の当たりにした闇魔法少女たちは震え上がり、両手を握りあった。
「あっ…」
「んっ…」
手が触れ合うだけで走り抜ける、身体がとろけてしまいそうな快楽。
あっ、だめだ。これに抗えるようなやつに、勝てるわけがない。
二人が負けを認めて覚悟を決めるのと同時に、ヴィーナスゴールドも詠唱を終えて、魔法を解き放つ準備が整った。
深く息を吸い込み、研ぎ澄まされた意識で最後の言の葉を紡ごうとすると、
「ふうー…」
「あんっ…」
無防備な耳に吐息を吹き込まれて、あっさりとおよそ三千倍の感度が戻ってきた。
それとともにふっと消え去る光輪と、魔力が作り出していたやわらかな風。懇切丁寧に編み込まれていた魔力は、風船から空気が抜けていくような間抜けな音を立てて霧散していった。
「えーと…」
ついできごころでやってしまったピュアホワイトは、ポリポリとほほをかいた。
しまった、無防備なうなじとか耳とかを見ていたら、ついイタズラしたくなってやってしまった。
邪魔されたヴィーナスゴールドは床にぺたんと女の子座りをして、糸の切れた操り人形みたいになっている。肩を震わせて嗚咽まで漏らしている。
ピュアホワイトはもう、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
覚悟を決めていた闇魔法少女二人も、二頭のチベットスナギツネみたいな顔になってピュアホワイトをじっとりと見つめていた。
やられるにしてもせっかくなら大技を食らってド派手にやられた方が気持ちいいから、その目をしてしまうのもよーくわかった。
どうしよう、これはマジで取り返しがつかない空気だ。誕生日のケーキをひっくり返して床に落としてしまったときのような、絶望的な空気だ。




