第二十話 ブラウニーとガトーショコラって何が違うの?
「むう、おねえさまったらリーリエのときにはそんな反応しなかったのに…。シャーフねえさまにはこんなに見惚れて…」
ほっぺをあざとくふくらませるリーリエにも気がつかないくらい、ピュアホワイトはなおも感動を噛み締めている。
推しのラストライブを見守るファンくらい噛み締めている。
「ふう…これは、起こってしまいましたね…。かわいさのビッグバンが…」
「不気味なほど押し黙ったと思ったら、染み染みとした口調でなにわけわかんないこと言ってんの…」
ヴィーナスゴールドは四隅に溜まったワタボコリを見るような目でピュアホワイトを見た。
だけどピュアホワイトはそんなこと塵芥ほど気にせず、悟りを拓いた聖人のような澄んだ眼で見返した。
「ビーナスちゃん、心ゆくまで堪能しましょう。この二人の新人猫耳メイドさんたちの、ご奉仕を。たとえその結果敗北を喫したとしても、それはもう、本望でしょう。私たちはただ、かわいさのビッグバンに飲み込まれただけなのです」
「いやいやいやいや!なにを勝手なこと言ってんのビッグバンバカ!わたしはイヤよ、三倍チャンスをみすみす棒に振るなんて!」
「報酬ならば私たちはもう、これ以上ない報酬を受け取っているでしょう。そう、素晴らしき新人猫耳メイドさんふたりに出会えたという、お金には変えられない報酬を…」
いいこと言った感のある顔をされても、ヴィーナスゴールドは納得出来ない様子だ。
「あんたはそれでご満足かもしれないけど、わたしはそうはいかないの。とっととこの猫耳どもを成敗するわよ」
「ええー、ゴールドなんて名前のくせに金に汚いんですからにゃー…」
「こいつ、一番最初に成敗してやろうかしら…」
ちょっと険悪な雰囲気になる二人の間にリーリエとシュバルシャーフが割って入った。
「まあまあ、お二人とも。ケンカはやめてくださいましだにゃん」
「そうそう。大人しくご奉仕されとけよ金ピカ」
「金ピカ…」
金ピカ呼ばわりされたヴィーナスゴールドはじろりとシュバルシャーフを睨んだ。睨まれたシュバルシャーフは素知らぬ顔をして尻尾をフリフリしている。
「あっ、シュバちゃん猫耳メイドさんなのににゃん付けしてない。シュバルニャーフにゃのに」
「おい変な名前で呼ぶんじゃねえよ、牛乳ホワイト。お前も猫耳にしてやろうか」
猫耳はシュバルシャーフの魔法の効果なのか、杖を取り出してフリフリと振っている。
「うっ、うしちち…!?」
ショックを受けただけでブルンと震える豊かな胸を、シュバルシャーフは憎々しげな眼差しで見据えた。
シュバルシャーフの胸はまごうことなき絶壁だ。東尋坊くらいの。
「さっきからご奉仕ご奉仕って言ってるけど、いったい何を企んでいるのあんたたち?」
「ふふっ、他意なんてありませんわ、ヴィーナスねえさま」
正しい発音をされただけで、ヴィーナスゴールドは嬉しそうに口角をゆるめている。
「わたくしたちはただ、お二人を誠心誠意おもてなししたいだけなのですわ。そのためにも場所をわざわざメイドカフェに選んだのですから」
「ふん、まあそこまで言うのなら、戦いの前にそのくらいの余興はいいでしょ。何か少しでも変な動きをしたら成敗するからね」
「はい!感謝いたしますわ!ヴィーナスねえさま!」
「へへっ、ヴィーナス…ヴィーナス…」
ニヤつくヴィーナスゴールドをこれはこれで可愛いと思ってじっくり凝視していると、店の奥に消えていたシュバルシャーフとリーリエがワゴンを押して戻ってきた。たぶん奥には厨房があるのだろう。
ワゴンの上には品の良いカップと、黒くてゴツゴツした見た目のチョコケーキらしきものが乗っている。ナッツの類がふんだんに練り込まれているのが非常にピュアホワイト好みだ。
「これはまさか、ガトーショコラですか!?リーリエ・ショコラーデだけに、ガトーショコラですか!?」
「いえ、ぜんぜん違います」
「あっ、すいません…」
優雅な仕草でコーヒーを淹れるリーリエは素の口調で答えた。
その素っ気なさにピュアホワイトはしゅんとしつつ、ほんのり興奮してしまう。
シュバルシャーフはガチャンと音を鳴らすガサツな手つきでチョコケーキの乗ったお皿をテーブルに置いて、自慢げな顔をした。
「乳がデカいだけで何も知らねえなおまえは。いいかこれはな、ブラウニーって言うんだぜ」
「おお、シュバちゃん博識!」
「ふーん、ブラウニーとガトーショコラって何が違うの?」
シュバルシャーフは明後日の方向を向いてしばし尻尾をフリフリし、どかりと椅子に座って意味深な顔をして笑った。
「食えばわかるさ」
「知らないなら素直に知らないって言いなさいよ…」
「う、うるせえな。うちは言葉じゃなくて感覚で理解するタイプなんだよ」
「それでは僭越ながら、わたくしからご説明させていただきますわ」
優雅に椅子に腰掛けたリーリエは、好きなものを語るとき特有の早口で説明し始めた。
「そもそもブラウニーはアメリカ生まれ、ガトーショコラはフランス生まれでぜんぜん別物ですの。大きな違いは卵と入れる小麦粉の量ですわ。ブラウニーは全卵を使って小麦粉やバター、それにチョコレイトもたっぷり入れるからずっしり重厚な焼き上がりになりますの。一方ガトーショコラは卵白をメレンゲ状にしたもののみを使い、小麦粉は少なめ。だからチョコの味は濃厚でも、ふんわり軽い雪のような口溶けになりますの。ブラウニーはナッツ類を練り込んで香ばしさと食感を、ガトーショコラは生クリームを添えてコクをプラスすることが多いですわね。甲乙つけがたい、どちらも最高に美味なチョコレイトのスイーツですわ」
「う、うん、ありがとう。よくわかったわ。まさに立て板に水の説明ね…」
「いるよな、自分の好きなものの話になると饒舌になるやつ…」
うっとりした顔をするリーリエを生暖かい目で見守る二人。
ピュアホワイトは一人マイペースにうなずきながら、ブラウニーをフォークで切り分けて口の中で溶かすようにしながら味わっていた。
「なるほど、確かにこの重厚さはアメリカンな感じがしますね。ねっとりと絡みつくような暴力的な甘みと芳醇なカカオとバターの香り。それにナッツの香ばしさと食感が合わさることによって、単調になりがちなチョコ味にリズムをつけている。そう、例えるならこれは、チョコレイトとナッツの奏でる壮大なシンフォニーです!」
です!です!です!とわざわざ魔法でエコーを発生させてピュアホワイトは言い切った。
渾身の感想にリーリエは嬉しそうにほっぺを両手で挟んでくねくねしている。
「えへへ、ホワイトねえさまにそんなにほめてもらえるなんて、わたくし感無量ですわ。早起きして作ったかいがありましたわ」
「えっ、うそ!?これリーリエちゃんの手作りなんですか!?私てっきり、お店の人が作ったものかと。どうしよう、私専属の猫耳メイドとして雇いたい…あっ、でも財力が…」
ピュアホワイトは歯噛みした。この世知辛い世の中と、公的には無職な自分に。
だって職業欄に魔法少女なんて、書けるわけないし。
「そんな妙な心配してないで、あんた自分のこと心配したらどうなの。敵の手作りなんて、どう考えてもなんか変なもん仕込んでるに決まってるでしょ」
「なんだよ、疑り深えな金ピカは。それならうちのと交換してやってもいいぜ。どうせ同じもんだけどよ」
「ええ、そうさせてもらうわ、黒ヤギさん」
「うちは山羊じゃなくて羊だ!二度と間違えんなよ金ピカ肩出し女!」
ギャンギャンと抗議するシュバルシャーフ(黒羊の意)を無視して、ヴィーナスゴールドは交換してもらったブラウニーをパクリと食べた。
世にも幸せそうな顔で頬張るピュアホワイトに異常はなさそうだし、安全であると判断して。そんな美味しそうな顔をして食べられては、とても我慢できない。
「あっ、マジでおいしい。コーヒーによく合う。やるじゃない、リーリエ・ショコラーデ」
「やった、ヴィーナスねえさまにもほめてもらえるなんて、リーリエは幸せものですわ!」
「うんうん、よかったなあリーリエ」
顔を見合わせて笑い、シュバルシャーフはリーリエの頭をなでている。それを舐めるように見つめるピュアホワイト。視線の濃度はもう納豆よりもネバついている。
ああ、二人ともほんとうにかわいい。ブラウニーを食べてコーヒーを飲んで、それだけでもう尊い。
ああ、このまま二人と戦うなんて考えられない。もっと楽しくて、気持ちいいことをしたい。
そう、ブラウニーみたいに重厚で、甘くとろけるようなひとときを過ごしたい。
「ちょっと大丈夫ピュアホワイト?あんたなんか変よ。いや、いつも変は変なんだけど、それに輪をかけて様子がおかしいっていうか」
「ふぇっ…?」
ピュアホワイトの頬は高熱があるかのように火照り、目はお酒を飲みすぎたかのようにとろんとうつろに据わっている。はあはあと吐き出される吐息も熱を帯びてやけに色っぽい。
身体中がなんだか、妙にムズムズして落ち着かない。
これはいったい、どうしたことだろう。身体の芯が熱く疼いてしょうがない。
なんだかものすごく、いやらしいことがしたい。胸が張り裂けそうなほど切実にしたい。
「ふふっ、そろそろ効いてきたようですわね、シャーフねえさま」
「ああ、頃合いみてえだな、リーリエ」
ニヤリと笑って立ち上がり、それぞれの武器を手にする闇魔法少女たち。
「あなたたち、いったいなにを…!?」
ヴィーナスゴールドも立ち上がろうとしたものの、膝からガクンと力が抜けてたまらずテーブルに両手をついた。
その頬はピュアホワイトと同じように火照り、瞳は熱っぽく潤んでいた。




