第十九話 誠心誠意ご奉仕いたしますにゃん!
そこにいたのは猫耳メイド姿のリーリエ・ショコラーデ。
アニメ声が前に会ったときよりも板についている。
いっぱい練習したのかもしれない。お風呂場とかで。
「かっ、かわゆす…!」
ピュアホワイトは夢遊病者のような手つきで魔法空間からスマホを取り出し、恥も外聞もなく撮影した。当然のように連写モードで。
「にゃんにゃん!」
「はあー、いい、いいですよリーリエちゃん。ナイスですねえ」
なにかに取り憑かれたかのようにはあはあと息を荒げながら撮影するピュアホワイトを、ヴィーナスゴールドはえも言われぬ眼差しで見ている。よく春先に出現する類を見るような感じで。
被写体となったリーリエは猫の手をしてノリノリだ。
今日のリーリエの衣装はお店の人たちとよく似た、フリルがふんだんにあしらわれたメイド服。板チョコ模様になったロングスカートがかわいい。
でもその胸元にはしっかりと黒百合をモチーフにした飾りが付いている。つまりこれはただのメイド服ではなく、魔法で編まれた防護服。
かわいらしいが立派な戦闘服である。
「ちょっとあんた、のんきに撮影してる場合じゃないでしょ。闇なら成敗しなくちゃ」
ヴィーナスゴールドは立ち上がり、神事のときに神主さんとかがファサファサと振る紙の連なった棒を勇ましく構えた。金に輝く太陽の描かれた紙垂のついた祓串。
「ええー、でも今の彼女は闇魔法少女である前に新人猫耳メイドさんなんですよ。私たちにご奉仕してくれる、新人猫耳メイドさんなんですよ」
大事なことなので二回言いました。
「誠心誠意ご奉仕いたしますにゃん!」
祓串を向けられてもリーリエは戦闘態勢に入る様子もなく、無防備ににゃんにゃんポーズをさらしている。遠慮なく先制攻撃を叩き込める状態だが、ヴィーナスゴールドのプライドの高さがそれを許さない。
こんなにも無防備な相手に攻撃をしかけるのはフェアじゃない。
ヴィーナスゴールドが憧れてきた魔法少女たちはそんな卑怯なマネはしない。
「ふんっ、いいわ。どういう作戦か知らないけど、ご奉仕とやらをしてもらおうじゃないの」
実利とプライドのどちらを取るか問われて、プライドを取るのがヴィーナスゴールドであった。
祓串を袂に収めて大人しく席に座る。さり気なく、ピュアホワイトの向かい合わせになる席に。
そうするとなぜかピュアホワイトも立ち上がり、コバンザメのように隣に座ってくるではないか。
これにはもう、不可解を通り越して背筋がゾワッとするほどの恐怖すら覚えるヴィーナスゴールドだった。
「ありがとにゃん、おねえさま!わたくしは百合とチョコレイトと猫耳の使者、リーリエ・ショコラーデと申しますにゃん!」
簡略化された自己紹介に、あの一生懸命考えてきたポーズと前口上はもうしてくれないのだなと、ピュアホワイトは密かに落胆した。
みんなそうして初々しさを失い、こなれた魔法少女と闇魔法少女になってしまうのだ。
それが嘆かわしくてたまらない。自分以外はみんな初々しさを保ってほしい。
「おねえさまのお名前は何ておっしゃいますにゃん?」
「ヴィーナスゴールドよ」
そう、ベテランともなるとこんな風に名乗りも素っ気なくなってしまうのだ。
初めて出会ったときの彼女は「美と月の女神ヴィーナスゴールド!月に代わって成敗よ!」と臆面もなく名乗っていたのに今ではこんなにも、味付けで言うとシンプルな塩味くらい素っ気ない。
素材の味は引き立つが、ピュアホワイトにとってはちょっと物足りない。
なんにでもチョコをぶっかけるくらいの個性がほしい。
「よろしくお願いいたしますにゃん!ヴィーナスねえさま!」
「えっ…!?」
ヴィーナスゴールドは雷に打たれたかのような顔をして、食い入るようにリーリエを見つめている。
「あ、あなた、もう一回わたしの名前、呼んでみてくれる」
「えっ?えっと、ヴィーナスねえさま…?」
素に戻った口調でおそるおそる名前を呼ぶリーリエに、ピュアホワイトは安心した。
よかった。純真な彼女はまだ、そこにいる。
ヴィーナスゴールドは立ち上がり、感極まった様子でリーリエの手を両手で握った。
「ありがとう…ありがとう……!」
「は、はあ、どういたしまして…?」
切実な声で礼を言われたリーリエはですわもにゃんも忘れて、困惑をあらわにしている。
こうしたギャップを見せられると、ピュアホワイトはもうたまらなくなる。
「誰ひとり、そう、誰ひとりとしてわたしの名前を正しく発音してくれる魔法少女も闇もいなかった。それをやっと正しい発音で呼んでもらえて…。ああ、わたしもう、嬉しくってたまらないわ!神様ありがとう!」
「うんうん、よかったねビーナスちゃん…」
近ごろ情緒不安定で涙腺がゆるゆるになってきているピュアホワイトは、感極まるヴィーナスゴールドにつられて涙目になっている。
共感性が高いとかそういうわけではなくて、ただの情緒不安定だ。
「感動が台無しだしちょっと黙ってて、モロコシホワイト」
「もっ、モロコシ…!?」
あまりの呼び名にショックを受けて精神を安定させるために紙ナプキンでツルを折るピュアホワイト。
初めてちゃんと名前を呼んでくれたことに感極まって神に祈りを捧げるヴィーナスゴールド。
そんな二人を前に素に戻ってオロオロとするばかりのリーリエ・ショコラーデ。
「おいおい、なんだよこのカオスな空間は」
これ以上なく端的にこの場の様子を言い表す気だるげな声。
毎朝毎晩四六時中聞きたいその声にいち早く反応したのは、三羽のツルを折り上げたピュアホワイトだった。
「その声はシュバちゃ…ん……」
ピュアホワイトはカッと目を見開き、シュバルシャーフを凝視した。それはもう、一瞬のうちに脳髄に焼き付けるくらいに凝視した。
「なっ、なんだよ、その熱視線はよ。あんまり見んなよ、ばか…」
頬を赤らめてもじもじとするシュバルシャーフにピュアホワイトはさらに眼力を強めて、鼻息を荒くした。
なんせ本日のシュバルシャーフはいつもとひと味もふた味も違ったから。
まず、いつもは濃い化粧を施している顔が、今日はナチュラルな仕上がりになっている。
キツめのアイシャドウや涙袋を取っ払った目元は優しい印象で、まぶたが薄くまつ毛が長いのが繊細さを現しているかのよう。瞳はあまりにもつぶらで、見つめ合うと胸のトキメキトレインが止まらなくなる。
ファンデーションがふんだんに塗りたくられていて不自然な白さだった肌には自然な赤みが指していて、ほっぺをぷにぷにしたくなる。絶対にやわらかい。
衣装もいつものパンツ丸見えの変態ゴスロリ服ではなく、リーリエたちとおそろいのメイド服。肩の辺りがレースになっていて、うっすら肌色が透けているのがエロかわいい。
胸元にはいつもの真っ赤なリボン。それがまた白と黒のメイド服にアクセントを与えていて非常に良い。
太ももが見えるほどのスカートの丈の短さはせめてもの抵抗なのだろうか。白い太ももを走る紫のガーターベルトが煽情的で、ピュアホワイトの鼻の奥は煮えたぎっていた。
さらには真っ直ぐ垂らしていたサラサラの黒髪を、今日はリーリエとおそろいの低い位置でのツインテールにしている。これがまた本日のメイクと衣装によく合っている。
そこにさらに猫耳。やたらとふさふさとした毛足の長い猫耳が、頭上で揺れている。公道を歩いたらもうそれだけで何かしらの罪に問えそうなくらいのかわいさ。
それに付け加えて、短いスカートの裾から垂れる尻尾。そう、シュバルシャーフには猫耳だけでなく、なんとふさふさのかぎしっぽまでもが付いている。それがふりふりと揺れている。
ピュアホワイトはただ静かに、両手を握りしめた。ぎゅっと強く握りしめて、そして心の底からこう思った。
ああ、魔法少女になって、本当によかった。
感動のK点を超えたそのとき、人という生き物はただこうして、静かに噛みしめることしかできなくなるのかもしれない。




