第十七話 二十二歳の恥知らずな魔法少女なんて存在しないんです!
タッグマッチバトルのルールはこんなものだった。
まず魔法少女同士、闇魔法少女同士で二人一組のタッグを組んでエントリーする。二人一組なんて、はーい二人でペア作ってー、という尊厳を破壊する悪魔のワードを思い出すので、聖愛はもうこの時点でルールを読むのをやめていた。
以下は聖愛の知らなかったルールだ。
戦いのルールはいつもと異なり、一般人を巻き込む必要はない。お互いを倒すことが勝敗そのものになる。
しかし戦いに入る流れはいつもと同じなので、闇魔法少女側は魔法少女が来るまでの暇つぶしに一般人を辱めたり、戦闘に利用したりしてもよい。なんて一般人に優しくないルール。
開催日は期間内の土日祝日のみ。十代女子の平日はただでさえ都合がつきづらいだろうし、二人一組でとなると予定を合わせるのが大変だろうからね、という配慮か。
「特に順位を競ったりとかはないんですね。ただいつもと違う戦い方をする、ってだけで」
「まあ、運営ってそういうところテキトウだからね…」
「たしかに…」
いろいろと思い出して二人はため息をついた。運営はイベントバトルと銘打ってちょくちょく新しいルールでの戦い方を提案してくるものの、だいたいが首をかしげるものだった。
どっちかが一方的に有利だったり、いつまで経っても勝敗がつかなかったり、そもそも勝敗の基準が曖昧だったりと、ちゃんと考えろやと文句を付けたくなるものばかり。なので運営にうっぷんが溜まっている魔法少女と闇魔法少女はわりと多かった。
「でも今回は比較的ルールが明確だし、参加するメリットがしっかりあんのよ」
これまでのイベントバトルの報酬は参加者全員がもらえるステッカーとかクリアファイルとか、アプリ内で使える称号とかだった。ハッキリ言っていらないものばかり。
どうせ今回もそんなものだろうと、期待せずに確認した聖愛の目が見開かれた。
「えーと、負けた場合には通常と同等の報酬。勝てば通常の二倍の報酬ですって…!?」
報酬にはアプリ内で使える魔法少女ポイントだけでなく現実の報酬、リアルマネーも含まれている。つまり、戦いに勝てば出動二回分のお賃金をもらえる。これはおいしい。
「さらには特殊ボーナスによって倍率さらにドン!?なんと最大で五倍のビッグチャンス!?」
スマホを持つ聖愛の手は震えていた。通常の出動時のボーナスは最大でも五割増し。それが五倍だなんて、なんたる気前の良さか。
「ねっ、ヤバいでしょ。これは出るしかないと思って聖愛さん誘ったんだよね」
「ヤバいですね。五倍だなんて、一回の出動で私の初任給くらい稼げてしまいます」
興奮していた聖愛と美々夏の顔が、時が止まったかのように固まった。
しまった、口をすべらせた。
「えっ、初任給って…聖愛さんってほんとはおいくつなんですか…?」
ちょっと身を引きながら聞かれて、聖愛の顔はゆでダコみたいに真っ赤になった。
「年齢を察してからの露骨な敬語はやめてください!なんかすっごく傷つきます!」
「いやむしろ聖愛さんが敬語やめてくださいよ。そんな年上の人に敬語使われるって、居心地悪いっす…」
「ちっ、違いますから!大卒じゃなくて高卒で就職した口ですから!ほら、見て!魔法少女プロフィールだって十八歳ってなってるでしょう!?二十二歳の恥知らずな魔法少女なんて存在しないんです!だってプロフィールでは十八歳だから!それに私、敬語が落ち着くタイプなんでお気になさらず!誰にでも敬語なんで!生後間もない甥っ子にも!」
プロフィールを見せて必至の形相で言い募る聖愛を見て、美々夏は確信を深めた様子だった。
「あっ、うん、そうですよねえ。聖愛さんは十八歳ですよね、うん。肌もピチピチだし。二十二歳にもなって魔法少女やってるイタイやつなんて、そんなのまさか、いるわけないですよねえ」
ニヤニヤといやらしい顔をしながら言う美々夏に、聖愛は高速ししおどしのようにコクコクとうなずく。
「そっ、そうですよ!そんなイタイやついるわけないじゃないですか!二十二歳で魔法少女なんて、へそで茶が沸きますよ!現実見てさっさと定職に就けって感じ、です…」
言葉の特大ブーメランにグサリとやられて、聖愛はもう意気消沈という言葉を体現するかのようにうつむいて涙目になり、ぼそぼそと自分への呪詛をつぶやき始めた。
「はあ、ほんと何してるんでしょうね…。二十二歳にもなって魔法少女って…。親が見たら泣きますよね…。私もね、こんな大人になるつもりなんてなかったんですよ…。こんな月々の家賃とか、食費とか、税金とか保険料とかの支払いに怯える大人に…。社会人になってお給料もらえるようになって生活に余裕ができたら、投資とかして効率よく稼いでやろうと思ってたんですよ…。だってなんかカッコいいじゃないですか…。積立なんたらやってるって、大人な感じがして…」
「そ、それは、そんなふんわりした知識でやんなくてよかったんじゃないかな…。あんたそういうので失敗しそうだし…」
高校生なりに頑張って答えてくれた美々夏のコメントも、自己嫌悪モードに入った聖愛の耳には届いていない。
このモードに入った聖愛は自分の求めた言葉しか耳に入ってこないのだ。
「でもなんか、上手くやれなくて…。昔からこうなんですよね私って…。勉強だけはできたけど要領が悪くて、人は好きなのに人付き合いが苦手で…。自己啓発本とか、他人に好かれる話術とかね、読んだんですよ、いっぱい…。でも実践できなくて…。私がこれまでの人生で身につけてきたものって、いったい何なんでしょうね…」
「ああー、うんうん、わかるわかる。聖愛さんガンバリ屋さんって感じするもんね」
フラペチーノを飲みながら投げやりに放った美々夏の言葉に聖愛は食いついた。獲物に食らいつくウツボくらいの勢いで食いついた。
「わかってくれますか、美々夏ちゃん!そうなんです!私これでもがんばっているんですよお!」
涙と鼻水を流す聖愛にひしっと手を握られ、美々夏はやけに実感のこもった声で返した。
「うん、そうだよね。ガンバっても報われないのって、辛いよね」
「そうなんですよお。って美々夏ちゃんも何かあったんですか?」
鼻水をずずっとすすり上げる聖愛に聞かれて、美々夏は自然な素振りで笑顔を貼り付ける。
「ううん、別に。そういうのって誰でもひとつやふたつはあるもんでしょ」
「私でよければいくらでも聞きますよ。これでもお姉さんですし」
涙のあとが残る顔でムンっと胸を張ると、Tシャツに描かれたトウモロコシが張り裂けそうなくらいに強調された。それを見て美々夏は小さく笑う。
「はいはい、ありがとね。まあでも、いまはいいかな。とりあえずタッグマッチに集中してガッポリ稼ぐとしましょ」
「そうですね!目指せ億万長者です!」
「頼りにしてますよ。聖愛センパイ」
意地悪な顔をする美々夏に、聖愛はふくれっ面を向けた。
「もう、敬語はやめてって言ってるのに」
抗議の声にも我関せず、美々夏はフラペチーノの画像と味の感想をチックタックに載せた。
さっきの聖愛の食レポを参考にした投稿はわかりやすいと評判が良く、あっという間に多くのイイネをもらえて、美々夏はホクホクだった。




