第十六話 わたし聖愛さんみたいなひとけっこう好きだよ
「えっと、コロッケそば…?」
ここにいたるまでの流れを知らない店員さんはただただ首をかしげるばかりである。
なんてこった、心はもうすっかり故郷である十兵衛そばに入店してしまっていた。そのせいでいたずらに店員さんを困惑させてしまった。
ああもう、腹を切ってお詫びしたい。
「あっ、すいません。アイスコーヒーで、お願いします…。えっと、私の器くらい、小さいサイズで…」
とは言えこんなところで切腹はできないので、現実的な注文をする聖愛であった。
「え、ええと、一番小さいサイズですと、ショートサイズになりますが…」
今にも消え入りそうな聖愛の声に釣られてか、これまでハキハキと話していた店員さんの声もポーションタイプのガムシロップくらい小さくなっていた。
「あっ、はい。それは私にぴったりですね…。ショートサイズで、お願いします…」
「か、かしこまりました…。少々お待ちください…」
美々夏とはぽんぽんと言葉のラリーを繰り広げていたあの店員さんが、なんということだろう。聖愛を前にして寡黙なバリスタのように粛々と飲み物の用意をしているではないか。
いいんですよ、店員さん。私のぴゅあほわいとTシャツをほめてくれても。
さりげなくTシャツの胸元をパタパタさせてアピールしたものの、店員さんは仕事に集中していて気がついてくれなかった。
飼い主になでてもらえない犬のような眼差しで店員さんを目で追っていると、営業スマイルで商品を渡された。
それぞれの商品を受け取り、窓際の二人席に座る。座るなり、美々夏が肩を震わせながらぼそっとつぶやく。
「コロッケそば一丁…くく…」
「わ、笑わないでください。私の心は常に十兵衛そばとともにあるんです」
「あはは、いやだって、あんなの笑うって。だってムンライでコロッケそばってあんた。コロッケもソバもどっちもないっつーの」
「もう…」
ふくれっ面になってコーヒーを飲んで、聖愛は目を丸くした。
「あっ、おいしい」
よくわからないけど、いつも家で飲んでいる安物のインスタントよりおいしいのはわかる。
苦みが控えめで、ちょっとフルーティな香りがして飲みやすい。
スマホでフラペチーノを撮って、一口飲んだ美々夏はそれを見て得意げな顔をした。
「聖愛さんムンライはじめてなんだっけ。フラペチーノも飲んでみる?」
「えっ、いいんですか、私なんぞがフラペチーノを飲んで!?」
「いいに決まってんでしょ、そんくらい」
「あっ、じゃあ美々夏ちゃんも私のアイスコーヒーをどうぞ。私のエキスがちょこっと入っちゃってますけど、グイッとひと思いに飲んでください」
「なんであんたはこう、一言多いのよ…」
美々夏から渡されたフラペチーノを、聖愛は陶芸作品でも鑑賞するかのようにしげしげと眺めた。
美々夏は聖愛から渡されたアイスコーヒーを嫌そうな顔をしながらも一口飲んだ。
フラペチーノのカップは透明で、ムンライのロゴにもなっている月の女神が描かれている。
さくらんぼ色をしたフラペチーノの上にはクリームがたっぷり盛られて、その上にはとろりとした金色のはちみつソース。さらにはピンクのつぶつぶがパラパラと振りかけられており、まるでかわいいを具現化したような見た目をしている。
なんだか飲むのがもったいない。だけど興味は津々である。ふんわり漂う甘い誘惑に抗えず、聖愛はストローをくわえてずずっとすすった。
「あっ、あまい!」
「マジであまいよねえ。しかも驚きの高カロリー。でも飲みたくなっちゃうんだよねえ」
「しかしこれは、ただあまいだけではありません!新鮮なさくらんぼのシェイクはやや酸味が強く、果実感のある華やかな味わい!それを包み込んでやわらげて、まろやかな甘味に変えてくれるクリームとのマリアージュは絶妙の一言!さらにこのコクが豊かなはちみつソース、それに甘酸っぱいつぶつぶはドライのラズベリーを粉末状にしたものでしょうか。これらがまたいいアクセントとなって、甘くても飲み飽きない重層的な味わいになっています!」
「お、おおー、聖愛さん食レポ上手だね」
美々夏が目を丸くして、ちいさな拍手をしている。それに対して聖愛はしまったと思った。
実は聖愛はけっこうな食いしん坊で、食べ物に感動すると味を詳細に語りたくなってしまうクセがあった。
そのせいで学生時代、ランチに誘ってくれた相手からドン引きされて距離を置かれたことがあったので、このクセは封印しようとしていた。
それなのに、ああ、やってしまった。
「ご、ごめんなさい。忘れてください。今のナシで…」
「へっ、なんで?いいじゃん、おもしろくて」
「えっ…」
顔を真っ赤にしてうつむいていた聖愛が上目遣いに見ると、美々夏は本当に不思議そうな顔をしていた。
「急にあんな食レポできるひとなかなかいないって。すごいと思うよ、ほんと。わたしいつも記事書くときにどう味を伝えたもんかなあって悩むんだけどさあ、いまの聖愛さんみたいに伝えればいいんだ、って感心しちゃったもん」
えっ、待って、なにこの胸のときめき。私にはシュバちゃんというものがあるのに。
「いや、正直言ってさあ、聖愛さんに誘いかける前に迷ってたんだよねえ。話し合うかなあとか、二人で気まずくなんないかなあとか思ってさあ。聖愛さんたぶん、けっこう歳上な感じするし」
「うっ…」
さっきチラリと見たチックタックの情報によると、美々夏は花も恥じらう女子高生らしかった。たぶん六歳くらい、聖愛より歳下だ。
「でもこの短時間一緒にいただけでもうおもしろいし、わたし聖愛さんみたいなひとけっこう好きだよ。ちょっとめんどくさいけど」
初夏の太陽のような笑顔で言われて、トゥンクと胸が揺れた。聖愛の耳にハッキリとその鼓動の音が聞こえた。
ああ、そんな、さくらんぼのフラペチーノのせいで、私にも春が訪れてしまったというの!?
「ま、それは置いといて。それで話なんだけどさ、これ一緒に出ない?」
「これ?」
よさこいソーランのタッグダンスのお誘いかしらと思ってウキウキしながら突きつけられたスマホを見ると、全然違った。
「初夏の熱気を吹き飛ばせ!第二回 魔法少女 VS 闇魔法少女 タッグマッチバトル…?」




