第十五話 コロッケそば一丁!
「み、美々夏ちゃん、そのお隣の十兵衛そばとかはどうですか?ほら、暑い日には暑気払いのお蕎麦ですよ!」
十兵衛そばはちょっと栄えた駅前ならだいたいある、いりこ出汁が自慢のチェーンの立ち食いそば店。会話のいらない食券システムが聖愛は大好きで、お気に入りはコロッケそばだ。
シンプルなじゃがいものコロッケが大好きで、聖愛はいつもそれを頼んでしまう。お出汁のじゅんわり染みたコロッケも、コロッケの油でコクが増したお出汁も美味しくて、コロッケそばを考えた人はノーベル賞ものだと聖愛は思っている。
就活で駆けずり回っているときによく食べた、聖愛にとっては苦い思い出とセットになった味だ。
「いや外回りのサラリーマンのお昼じゃないんだから。それに立ち食いそばじゃ落ち着いて話せないでしょう」
「でもでも、セルフで淹れられるあったかいほうじ茶があるんですよ!それも年中!これはもう実家のような安心感でしょう!」
「なっ、何その圧の強さ。ちょっと怖いんだけど」
美々夏はドン引きしつつさっさとムーンライトコーヒー、通称ムンライに向かってしまう。
「だいたいわたしあんまりお腹空いてないし、ムンライでいいでしょ。ムンライにもスコーンとかマフィンとか軽食あるし」
スコーン!マフィン!あまりにもオシャレ度が高いワードを連発されて、聖愛のMPはもう枯渇寸前だった。
「ひいい!待ってください!私はじめてだから、まだ心の準備があ!」
「ああもう、誤解を招くようなこと言ってないでとっとと来なさいっての!なんで店入るだけでひと悶着しなきゃなんないのよ!めんどくさい!」
プリプリ怒る美々夏に腕をガッチリ掴まれて、聖愛はムンライに初入店を果たした。
これは美々夏にとっては小さな一歩でも、聖愛にとっては偉大な一歩である。足が崩れかけのジェンガみたいにガクガク震えるくらいに。
自動ドアを抜けるとそこはオシャレの巣窟だった。
「あわわ、オシャレだよう…。猫も杓子もオシャレだよう…」
「なに言ってんのあんた…」
「いらっしゃいませー!ムーンライトコーヒーにようこそ!」
「ぎゃあ!眩しい!おしゃれが五感に突き刺さる!」
オリーブ色のエプロンを着た店員さんに笑いかけられて、聖愛は目を押さえた。
屈託のない人懐っこい笑顔。おそろいのエプロン。モノクロで統一された内装にボサノバみたいなBGM。呪文のような商品名。サイズを表す独自の用語。当たり前のように店員さんとにこやかに会話するお客さん。
それらすべてを五感で捉えて、聖愛は借りてきた猫のように縮こまって震え上がり、美々夏の後ろに隠れた。
「あ、あの、お客さま。どうかなされましたか?」
「あっ、気にしないでください。こういう人なんで」
「はっ、はあ…」
コミュ力トップクラスしかなれないと噂されるムンライの店員さんですらも気後れさせる、恐るべき聖愛の陰の力。
そう、聖愛はオシャレ空間が大の苦手であった。拒絶反応が起こるくらいに。
「あっ、期間限定のフラペチーノ新しいのになってる。わたしこのマキシマムチェリーフラペチーノお願いします」
そんな聖愛に構わず、美々夏はさっさと自分の商品を注文する。
「かしこまりました。クリーム無料で増量できますけど、盛っちゃいます?」
「やった、お願いします!」
「ふふっ、クリームなんてなんぼあってもいいですもんね。あと無料のトッピングではちみつソースもおすすめなんですけど、そっちもいっちゃいます?」
「あっ、それ絶対おいしいやつ!それもお願いします!」
「はい、かしこまりました!この組み合わせ私も大好きなんですよねえ!」
「そうなんですか、楽しみです!」
溢れ出るオシャレワードにも怯まず、にこやかに注文できる美々夏を聖愛は羨望の眼差しで見つめた。なんだか背中がおっきく見える。
なんたらフラペチーノなんてキラキラワード、自分なら口にしただけできっと喉が潰れてしまう。針千本飲まされる感じで。
「それにしてもお客さま、おしゃれでスタイルもいいですよね。羨ましいです」
と言う店員さんも、聖愛から見たら眩しすぎるくらいにかわいい。元気ハツラツとしていてかわいい。
「えっ、そうですか。ありがとうございます」
「なんかどこかで見たことあるような…あっ!もしかしてインフルエンサーの、ミカミカサマーちゃん!?」
「えっ、やだ、知ってくれてたんだ。嬉しいです、ありがとうございます」
「知ってるも何も、私フォローしてます!大ファンです!」
「うっそ、すっごい偶然!応援ありがとうございます!」
「えっ、ヤバい、どうしよ、マジで嬉しい。泣きそう。あ、あの、もしよかったら、ツーショットとか…」
「もちろん!一緒に撮りましょう!」
「やったあ!ありがとうございます!」
きゃあきゃあと盛り上がる二人のそばで、聖愛はこそこそとスマホに検索ワードを打ち込んでいた。検索するのはもちろんミカミカサマー。
一番上に出てきたチックタックのページを開き、そのフォロワー数を見て聖愛は愕然とした。
「フォロワー数三万人超え、だと…!?」
ズラッと並んだオシャレと陽キャを具現化したような投稿の数々を見て、聖愛はそっと画面を閉じた。
ダメだ、これは見てはならない世界だ。眩しすぎて目が潰れる。
あまりにも陽のオーラが充満しすぎている。
ああ、早く家に帰って大衆掲示板のまとめサイトを巡回したい。巡回して自分と同じか、自分よりもしょうもない人たちのやり取りを見て、負のオーラを吸収せねば。
そして私はまだ大丈夫なんだと言い聞かせねば、とても精神を保てない。なんせ公的には無職だから。
こんな分不相応なところに来てしまってすみませんと、虚空に向けて頭を下げていると、
「お連れのお客さまのご注文はお決まりでしょうか?」
「ひゃっ、ひゃい!」
ツーショットを撮り終えてホクホクした顔の店員さんに話しかけられ、聖愛は飛び上がった。
「ええと、そうですね、コロッケそば一丁!」
まだ十兵衛そばへの未練が残っていたのか、元気よくコロッケそばと口にしてしまい真っ赤になる聖愛の横で、美々夏がブフッと吹き出した。




