第十四話 にしもあんた、私服ダサすぎない?
敵対し合う魔法少女と闇魔法少女との間に繋がりはあまりないが、仲間である魔法少女同士にはある程度の繋がりがある。
専用アプリを使って掲示板で情報交換をしたり、個人的なメッセージのやり取りをできるのだ。さらにはつぶやき的なものも投稿できたりと、専用アプリはSNSみたいな使い方も可能で、同年代の少女だけが集まる気楽さも相まって交流はそれなりにある。
おそらく闇魔法少女側にも同じシステムはあるのだろうが、さすがに双方は繋がっていない。
ただ前にも説明したように、ピュアホワイトこと阿部聖愛は直筆以外での文字のやり取りはあまり好いていないので、積極的には活用していない。ほぼロム専だ。
これが手紙を送り合う昔ながらの文通システムだったのならば、よだれを垂らして参加していただろうが、今のところ眺めるだけに留めていた。間違いなく最年長者であることも相まって遠慮して、流れてくるキラキラした投稿に目を細めていた。
ふふっ、いいなあ、みんな若いなあ。私にもこんな時代、あったっけなあ。
お気に入りのうさちゃんスウェットのままベッドに横たわってスマホをいじり感慨に浸ってみたが、思い返せる聖愛の青春は薄暗く、教室で隅っこ暮らしの日々であった。
「見て、阿部さんも笑っているよ」と指さされたときの恥ずかしさがあって、教室で素直に笑うことができなかったあの日々。
便所飯まではしていなかったものの、みんながいる教室で一人で食べるのが恥ずかしくて、誰も通りかからない薄暗くほこりっぽい階段の踊り場で弁当を食べていた。
そこを通りかかった人に見つかって、ツチノコでも見つけたかのようにギョッとされたのを思い出し、聖愛は布団にくるまり「のわあああぁぁぁ」と声を上げて身悶えした。
恥ずかしい記憶を思い出して、そのときの羞恥が鮮やかによみがえってしまう現象だ。聖愛はこれを思い出リフレインと呼んでいた。
あっ、だめだ。こんな若々しさと陽の気に溢れた空間、私には目の毒だわ。
そっとアプリを閉じて、陰の気を求めて大衆掲示板のまとめサイトを巡回しようとすると、見慣れない通知が目についた。
「んっ?」
魔法少女アプリに存在する、メッセージの通知。
その存在は知っていたものの、これまで一度も活用したことのなかった機能。
それが一件のメッセージが届いていることを、聖愛に知らせていた。
誰かがメッセージを送ってきた。いったい誰が、何のために私なんかに。これはまさか、怪しげな勧誘とかそうゆうのか。
噂には聞いたことがある。久しぶりに同級生などから連絡が来てファミレスとかに呼び出されて行ってみると、そこには同級生の先輩という得体の知れない人物がいて、その人物から自分の現状を否定されてもっと良い生活をしたくないかとか言葉巧みに誘導され、儲かるシステムを紹介されたりするやつだ。
怖い。触らぬ神に祟りなし。知らない人からのメッセージは開かない。
と決断したところに、それを見越したかのように追いメッセージが届いた。なんというタイミングの良さ。
さすがに気になって開いてみると、送信者は聖愛が知っている魔法少女だった。
♡
人で賑わう土曜日の真っ昼間の駅前。
梅雨を過ぎて日に日に暑さが増してきているだけあって、道行く人々はみな一様に薄着だ。
「あっちゅい…」
そこに爽やかな初夏の陽気を打ち消すような、陰鬱なオーラを漂わせた女が一人。
三日ぶりの外出で太陽光線にやられている阿部聖愛。
頭には日差しと人目を避けるようなつば広のハットを被り、首からぶら下げたハンディの扇風機は胸の上にポヨンと乗っている。
その服装がなんと言うかまた、個性的だった。
上は白いトウモロコシのイラストが描かれたTシャツ。トウモロコシの上には、まるっこくかわいらしく崩した字体で『ぴゅあほわいと』という文字が入っている。下は七分丈の裾の折り返し部分がチェック柄になったチノパン。靴は履き古したスリッポン。
聖愛のお気に入りの組み合わせ、一軍の服だ。
「あの、ひょっとして聖愛さんですか?」
そんな聖愛に声をかけてきたのは、初夏の日差しすら跳ね返す金髪緑眼の美少女。ゆるくウェーブのかかった肩口あたりまで伸びた金髪が、自信に満ちた彫りの深い顔立ちと、抜けるような白い肌によく似合っている。
服装は有名なスポーツブランドのロゴ入りの黒のカットソーと、グレーの少しダボッとした感じのスウェットパンツとシンプル。黒いスニーカーはカットソーと同じブランドで統一し、肩にかけたワインレッドのハンドバッグがワンポイントになり、シンプルな格好であるがゆえのおしゃれ上級者感が漂っていた。
スリムなオヘソがチラリと見え隠れして、引きこもりがちなせいで最近ちょっとお腹周りがたるんできた聖愛には目に眩しい。
そう、この美少女、スタイルがバツグンにいい。手足はスラリと伸びて腰の位置が同じくらいの身長の聖愛よりリンゴ一個分くらい高く、お腹は腹筋が浮き出るくらいに引き締まっている。それでいて胸とおしりはしっかりとしたまるみを帯びた曲線を描いている。
そんなモデルのような美少女を前にして、聖愛は腰が引けた声で答えた。カースト上位の生徒に話しかけられた下位の生徒みたいな感じで。
「あっ、そうです。えっと、もしかしてビーナスゴールドちゃん?」
問い返す聖愛の口を、にじり寄った美少女が威圧感のある笑みを浮かべながら手のひらでガっと塞いだ。ヘビがカエルを丸呑みするような勢いで。
「魔法少女名は外では出さないようにって、わたしメッセでさんざん注意しましたよね。脳の容量ニワトリ並みですか?」
耳元で冷たく低い声でささやかれ、聖愛の肩がビクッと震える。
ちょっと涙目になった聖愛から手を離し、金髪美少女はこれみよがしにため息をついた。
「ごっ、ごめん、美々夏ちゃん。気をつけます」
そう、彼女の名は櫻井美々夏。またの名を魔法少女、ヴィーナスゴールド。
聖愛は何度訂正してもヴィの発音を上手くできないから、もうビーナスでいいやとそこは諦めていた。
それはともかく、専用アプリで聖愛にメッセージを送ってきたのは彼女で、何か話があるらしい。何の話かはメッセージでのやり取りは面倒だから会ったときに話すと言われていたので、聖愛はちょっと警戒していた。
これはもしや、怪しいお誘いなのでは。だったら断固としてノーを突きつけねば。私はノーと言える女なんだ。
「認知に干渉する魔法がかかっているとは言え、何がキッカケで身バレするかわかったもんじゃないんで、ほんと気をつけてくださいよ」
「ごっ、ごめんちゃい…」
「ちゃい?」
猛禽類を思わす鋭い眼光でにらまれて、聖愛はカエルのように縮み上がった。美形の怒り顔はやたらと迫力があってこわい。
「ひいっ、ごめんなさい!」
怯えるピュアホワイトの頭からつま先までを値踏みするように見て、美々夏は眉をひそめた。
「にしてもあんた、私服ダサすぎない?何そのやたらと自己主張強いTシャツと、中学生が履いてそうなチノパンは」
「こっ、これは、たた、たまたま!奇跡的に!一軍のお洋服たちがお洗濯中だったんです!」
顔を真っ赤にする聖愛。出かける予定なんてまったくない聖愛の服が洗濯中なんていうのはもちろん真っ赤な嘘で、彼女は真剣に今日のコーディネートを選んでいる。
それを否定された恥ずかしさから、ついついウソをついてしまったのであった。
「それにこのTシャツはダサくないです!これはぴゅあほわいとっていう、白くてかわいくてあっまいトウモロコシの品種を応援するTシャツで、言わばバンドTを着ているのと同じような心持ちです!」
熱弁する聖愛に美々夏はたじろいだ。
「いや、だいぶ違うと思うけど。というかなんであんたそんなにそのモロコシに思い入れがあるのよ」
「北海道のおばあちゃんが作っている品種だからです。私の魔法少女名もここから取りました」
「なんてテキトウな…。あー、とりあえず暑いんでどっか入りましょうか」
ムンとふんぞり返る聖愛に背を向け、美々夏は店を探すようにキョロキョロとあたりを見回した。
「あっ、喉乾いてたしちょうどいい。あそこに入りましょ」
「ゔぇっ…!?」
美々夏が何気なく指さした店を見て、聖愛は発情期のカバみたいな声を出してピシッと凍りついた。
弓を携えた月の女神のロゴマークで有名なチェーンのカフェ店、ムーンライトコーヒー。
聖愛にとっては極めて敷居の高いオシャレカフェ。呪文みたいな商品名や、独自の用語を駆使する注文方法を覚えてから行かないと、こいつ素人だなと店員に鼻で笑われるとネットの書き込みを見て以来、恐怖の対象であった。




