第十三話 おのれ、なんてハレンチな魔法を!
「待ってください、リーリエちゃん。最後にひとつだけ、いいですか」
「もう、ホワイトねえさまったら焦らすんだから!でも最後ならいいでしょう。なんですの?」
レイピアの切っ先をピュアホワイトの胸に突きつけようとしていたリーリエは、甘えたようなふくれっ面をしながら許可した。勝利を確信したものの余裕だ。
「リーリエちゃんの素敵魔法、百合の園は、身も心も、乙女にする魔法なんですよね」
「ええ、その通りですわ。どれだけ男性濃度の高い殿方であったとしても、その身も心も可憐な乙女に生まれ変わらせる、この世で一番素敵な魔法ですわ」
「そうですか、それを聞いて安心しました」
「安心、ですの?」
怪訝そうな顔をするリーリエに、ピュアホワイトは不敵な笑みを返した。
「ええ、それなら、私の勝ちですから」
「いったい何をおっしゃっておりますの…」
不穏な予感に眉をひそめるリーリエ。
すうっと深く息を吸い込み、ピュアホワイトは覚悟を決めた。
これから自分がするのは限りなく最低な行いだが、負けるよりはマシだ。
それに今回の勝利ポイントがあれば、ログインボーナス的なもので得た魔法少女ポイントと合わせて、使い魔の見た目をチェンジするアイテムを買うことができる。
だから絶対に、負けるわけにはいかないのだ。
ピュアホワイトは高らかな声で、切り札を発動させた。
「従順なる我が眷属よ、我に従い邪なるものを打ち払え!来たれ、使い魔召喚!」
念のためにと思い、出動前にいちおうセットしておいた魔法。自分の使い魔と同じ姿形をした魔法生物を召喚して相手を攻撃する魔法。使い魔召喚。
やっぱりせっかく貰ったんだし使わないのはなあと、もったいない精神を発揮した自分をほめてやりたい。
ちなみに詠唱的なのは特に必要ない。使い魔召喚とだけ言えば魔法は発動する。
なんとなく、ノリと勢いで付け足してみただけだ。ちょっと恥ずかしいけど、でもそういうので魔力のノリが良くなり、効果が上がることもままあるので馬鹿にはできない。あとやっぱり、叫んでて気持ちいい。
「なっ、いったいなんですの!?」
突如として漂う魔力の余波が渦巻く風となって武道場に吹き荒れ、髪やスカートの裾をはためかせる。
その中心にいるピュアホワイトの周囲にはふよふよとホタルのような光の粒が漂い、群れをなすように寄り集まって形を作っていく。出来上がった群れはの数は四つ。
それぞれの群れが同じ形になると同時に風が止み、それを目の当たりにした柔道女子たちが乙女チックな悲鳴を上げた。
「きゃあああ!なにこれサイアク!」
「いやあああ!不潔よお!」
宙に浮かんでぶらんぶらーんと揺れる四つのアレを前に、身も心も乙女になった柔道女子たちはガッチリ拘束していたピュアホワイトの腕を離して脱兎のごとく逃げ出した。その姿には武道の道を歩むものの勇ましさは欠片もなく、ただのか弱い乙女であった。
そう、使い魔召喚は使用者の使い魔と同じ姿形をした魔法生物を作り出して攻撃させる魔法。ピュアホワイトの使い魔は非常にセンシティブな姿形をしているので、身も心も乙女になった柔道女子に対して効果はバツグンなのだ。
まさか一刻も早くチェンジしたかったこのフォルムに助けれられる日がくるなんて、巡り合わせとはつくづくわからないものだ。
「なっ…なっ……」
四つのアレを従わせるピュアホワイトを前に、顔を真っ赤にしたリーリエは酸欠の金魚のように口をパクパクさせている。開いた口がふさがらないとはこのことか。
ピュアホワイトも心境的にはリーリエと同じだった。まさか、四つも出てくるとは思わなかった。いくら生後間もない甥っ子のものとは言え、四つのアレに囲まれているのはなんと言うか、汚れてしまったような気持ちがしてならない。
しかし勝負の世界は非情なもの。プライドとか信念とかそういうものよりも、勝ちを優先するのは当然と割り切った。清濁併せ呑む魔法少女、ピュアホワイト。
「おっ、おのれ、なんてハレンチな魔法を!この恥知らず!」
素の口調に戻っての罵倒も甘んじて受け入れよう。しょうがない。うん、こればかりはしょうがない。こちらの過失十割だ。
「ごめんなさい、リーリエちゃん。だけど勝負の世界は、非情なんです」
一粒の涙をはらりと落として、ピュアホワイトは迷いのない毅然とした表情を浮かべた。
「さあ、覚悟はいいですか」
ゾウで言う鼻の部分がリーリエを向いてプクッと膨らむ。嫌な予感しかしないリーリエは顔を盛大に引きつらせた。
「ヒィッ…!」
「使い魔召喚、一斉掃射!」
ピュアホワイトの掛け声に応じて、ゾウで言う鼻の部分から一斉に解き放たれる魔力の奔流。
なんとなくどう攻撃するのか想像はついていたが、目の当たりにするとやっぱり目を覆い隠したくなってしまう。
使っている当の本人がドン引きなのだから、それを受ける側の心持ちを思うといたたまれない。本当に申し訳ない気持ちになる。
だけどちょっとだけ、興奮してしまうピュアホワイトであった。
「こんな美しくない負け方いやですわあああぁぁ……!!」
魔力の奔流に押し流されて武道場の天井を突き破ったリーリエは、尾を引く悲鳴を残して天高く吹き飛ばされていく。そして彼女は青空にキラリと光って、真昼に輝くお星さまとなった。
見事に白星を飾ったピュアホワイトであったものの、試合に勝って勝負に負けたような虚しい気持になって深いため息が漏れ出た。
ごめんね、次に会うときまでにはちゃんと可愛い使い魔にしておくからね、リーリエちゃん。
心の中で呼びかけてスマホを取り出し、すぐさま使い魔のスキン変更アイテムを購入するピュアホワイトであった。
♡
「それで、ボクはけっきょくこんな無難な見た目に落ち着くんだね」
口元をニヤリと持ち上げて、ブランが投げやりな口調で言った。
後日、使い魔のスキン変更アイテムを使用した結果、ブランは羊をデフォルメしたぬいぐるみのような見た目になっていた。
もふもふとした黒い毛並みで、渦を巻いた角が特徴的な羊。目つきは眠たげで、どことなくシュバルシャーフと似たような気だるげな雰囲気が漂っている。
聖愛が一晩考えて作り上げたデザインである。なんせ時間だけは豊富にあるから。
「なんなら語尾にメエーとか付けてあげようか?」
「いえ、なんか気持ち悪いんでそういうサービスいらないです。これまで通りでお願いします」
「遠慮しなくていいメエー。魔法少女のモチベーションを上げるのも、ボクらの大切な役割なんだメエー」
ぶりっ子のような声でしゃべるブランに、聖愛はゾワッと鳥肌を立てた。
「あっ、いえ、ほんとに大丈夫です。むしろウザいんでやめてください。不快指数マックスです」
「うん、自分でもそう思った。でもそこまでハッキリ言われると、ボクのヤワなハートは傷ついちゃうな」
欠片も傷ついていない口調で言うブランに、聖愛ははあとため息をついた。
中身が中身だから、どんな見た目にしてもまったく可愛げのない使い魔である。
さらに後日、戦いの後でリーリエとの激闘をシュバルシャーフに報告したものの、まったくヤキモチを焼いてもらえずピュアホワイトは歯噛みした。
それだけではなく、シュバルシャーフが魔法少女と戦ったと聞いて、逆にピュアホワイトが盛大にヤキモチを焼くハメになった。
「えっ、戦ったんですか、私以外の魔法少女と…それも三人も!?私の目の届かぬところでくんずほぐれつ!?」
「な、なに言ってんだおめえ。それも仕事のうちだから戦うに決まってんだろ」
呆れた口調で言うシュバルシャーフに、ピュアホワイトはフグみたいにプクッとほっぺを膨らましながら抗議した。
「シュバちゃんズルい!それなら私ともあと二回戦ってください!今から予約しときますんで!」
「いや、そういうシステムねーから」
「ええー、じゃあ今度いつどこで活動するか教えてくださいよお。私待機してますから」
「いや、そんなもんわざわざ事前に決めてやってねえし。その日の思いつきとか気分とかで決めてるし」
シュバルシャーフは猫みたいに気まぐれな闇魔法少女活動をしている。
「ええー、友だちなんだし待ち合わせくらいしてくれてもいいじゃないですか。身につけましょうよ、そうゆう社会性を」
「入社一ヶ月で物理的に窓際族になったやつに社会性を説かれたくねえよ」
「ひどい!それは言わない約束ですよ!」
「そんな約束してねーから!」
言い合う二人の足元を、白と黒の猫がじゃれ合うように通り抜けていった。




