第十二話 一計を案じてみたのですわ
「かはっ!?」
背中から勢いよく畳に打ち付けられて息が詰まった。魔法少女の衣装の防護作用のおかげで痛みはほとんど感じないものの、衝撃だけは緩和しきれずに伝わってくる。
息を整えて立ち上がろうとするピュアホワイトの上に、すかさずどしりと重たいものが覆いかぶさってきて身体を押さえつけられた。
まるで大熊にのしかかられているかのような重圧にほとんど身動きができない。魔法少女パワーで身体能力も強化されているというのに、子どもが大人に抗うくらいのどうしようもない力の差を感じる。
「くっ…!」
それでも懸命に首を回して状況を把握しようともがいた。そして自分に覆いかぶさっているものの正体がようやく見えた。
自分を押さえ込んでいるのは大熊ではなくて、柔道着姿の大柄な女子。短い髪と眉太な凛々しい眼差しが柔道着とよく合っていてかわいい。前髪をゴム紐で縛ってちょんまげにしているのが非常にいい。ふんわりといいにおいがするし、しかも頭側から押さえつけられているからボインボインとやわらかいものがすんごい顔にあたる。
下着に包まれていない胸の、息苦しいくらいの重厚感。
ああ、めっちゃやわらかい。これに包まれて死ねるのなら、私は本望かもしれない。
っていかん、そんなことを考えている場合じゃない。窮地を脱さねば。
しかし魔法を受けて女体化しているとは言え、相手は一般人。魔法を行使してはペナルティがある。
だからなんとか自力で脱出しなければならない。
「ふんぬおおおぉぉ!」
ピュアホワイトは野太い声を腹の底から絞り出して魔力を身体強化に費やし、力ずくで上体を起こした。
「えっ、うそっ!?そんなに細いのにどうして!?」
驚愕の声を上げる柔道女子を、ピュアホワイトは技術もへったくれもない渾身の力ではねのけた。
「どっこいしょお!」
あんまりな気合の声とともにはねのけた。
「くっ!」
ピュアホワイトにはねのけられた柔道女子はたたらを踏んだものの、すぐに体勢を立て直して油断なく身構える。
素人のピュアホワイトにもわかるほどの威圧感。可愛らしいくせにその力は大熊のようにえげつない。その顔には戦いを楽しむような笑みすら浮かんでいる。
おそらくもう一度組み付かれたら、振り払うことはできない。身体強化は地味な割に魔力の消費が激しい。得意とする魔法少女も中にはいるものの、インドア派のピュアホワイトは大の苦手。もうゼエゼエと肩で息をするほど疲れている。
かと言って相手は一般人だから魔法は使えない。それならば狙うは。
「スワローテイル!」
柔道女子が仕掛けてくるタイミングを見極めて魔法を発動。
のんびり正座してお布団を膝にかけ紅茶をたしなみ、高みの見物と洒落込んでいたリーリエに向かって急接近。
接近する間にピュアホワイトの手には弓が握られている。対するリーリエは完全に油断しており、その手にはティーカップ。
取った!
勝ちを確信して魔法を発動しようとするピュアホワイトの視界を黒い影が覆い尽くし、リーリエがニヤリと笑った。
「なにっ!?」
勢いよく巻き上げられた羽毛のお布団。
巻き上げられたお布団の中から飛び出してきたのは、二人目の柔道女子。
「きゃあ!」
視界を奪われたピュアホワイトはお布団から飛び出してきた柔道女子Bと、さっきまで相対していた柔道女子Aから左右の腕をねじり上げられ、その手から離れた弓が光の粒子となって消え去った。
「フフッ、惜しかったですわね、ホワイトねえさま。奇襲攻撃をしかけるつもりなら、もっと殺気を隠さなきゃダメですわよ」
リーリエは自由を奪われたピュアホワイトのそばにゆうゆうと歩み寄り、そのほほを愛おしそうになでた。
「くっ、この子たちはいったい何なんですか?」
「わたくしの百合の園で女体化した、高校生最強の柔道選手たちですわ。わたくしの百合の園には、女体化以外にももうひとつ面白い能力がありますの」
「面白い能力?」
「そう、女体化させた相手を、わたくしの意のままに操るという能力ですわ」
リーリエが柔道女子のほほをなでると、うっとりとした目で見つめ返している。主にほめられたのを喜ぶ忠犬のような目だ。
「それでこの子たちは私に襲いかかってきたわけですか」
「ええ。ですが操る方は魔力の消費が激しくて、このようにせいぜい二人が限界ですの。普通の人なら割に合わないところですが、金メダルを期待されるほどの逸材となると話は別だと考えまして。こうして油断したホワイトねえさまの自由を奪うことがデキるんじゃないか、と思って試してみたのですわ」
「つまりリーリエちゃんの狙いは最初っからこれだったんですね。あの体育館の仕掛けも、魔法を受けて色仕掛けをしかけてきたのも、私を油断させるためのカモフラージュ」
ピュアホワイトは大柄な柔道女子二人に左右の手を極められて吊り下げられている。黒服二人に左右を挟まれた宇宙人みたいな状態。
両腕ともにガッチリと掴まれてとても抜け出せそうにない。もぞもぞしてみると二の腕とかがやわらかいものにあたって、左右からかすかな吐息が漏れた。
これはいい。とてもいい状態だ。
だっていくらもぞもぞしても、それは脱出の術を探っているのであって、素敵にやわらかなものをまさぐってやろうという意図はない。不可抗力というものだ。
仮に何か、ピンポイントで吐息を漏らす部位を見つけてしまい、そこを集中的に二の腕とかでうりうりとしても、それは不可抗力なのだ。
しかしこの柔道女子二人、なかなかに我慢強いらしく力が一向に緩まない。逆になんだか、左右からなまめかしい吐息を浴びせられるピュアホワイトの方が変な気持ちになってきてしまい、この作戦はやめにした。モンモンとしてしまう。
さて、これは困った。これでは弓が取り出せず、弓を媒体にする魔法を使えない。万事休す。まな板の上のピュアホワイト。
「あら、それはちょっと言い過ぎですわ。ホワイトねえさまとわたくしの出逢いを彩る舞台装置が欲しいと思ったのは本当ですわ。ほら、寄り添いあって咲く白と黒の百合の花なんて、まるでホワイトねえさまとわたくしみたいだったでしょう」
リーリエはきゃっとほほを赤らめ、甘えるようにピュアホワイトの首に両手を回して顔を近づけた。
「しかしながら、わたくしとホワイトおねえさまの経験の差から言って、真っ向勝負を挑んでも負けるは必至。それならばと、一計を案じてみたのですわ」
鼻先が触れるほどの距離でささやくリーリエの甘い吐息に、ピュアホワイトはうっとりした。
ああ、リーリエちゃんの吐息の詰まった缶がほしい。リーリエちゃんの吐息で肺を満たしたい。リーリエ呼吸をしたい。
だけど今はそんなことを思っている場合ではない。ピュアホワイトかなりのピンチである。
「さっきから気になっていたんですけど、リーリエちゃんは今日私がここに来るのをわかって準備をしていたように思えます。それはどうしてですか?」
闇魔法少女側は活動地点を自由に決められるだけで、戦う相手となる魔法少女を選ぶことはできない。どうしても嫌な相手は事前にブロックしておくことはできるが、戦う相手を指名することはできない。
「フフフ、それは乙女の勘、ですわ」
リーリエは意味深に微笑むとピュアホワイトから離れて、その手にチョコを集めてレイピアを作り出した。
「さあ、おしゃべりはそろそろいいでしょう。わたくし、おねえさまを辱めたくて辱めたくて、さっきからウズウズしているのですわ」
ペロリと切っ先をねぶるように舐めて、リーリエ・ショコラーデは恍惚とした眼差しとレイピアの切っ先をピュアホワイトに向けた。




