第十一話 わたくしとおねえさまの、はじめて、ですわね
向けられた切っ先から放たれる、チョコでできた百合のつぼみたち。
ピュアホワイトを取り囲むように宙に浮かび、リーリエがパチンと指を鳴らすと花開いて一斉に爆発した。
ドロドロに溶けたチョコが周囲に飛散し、凄まじい熱を発してモクモクと煙が立ち込める。直撃すれば確実にあちこちにヤケドを負うであろう、けっこうえげつない魔法だ。
「フフフ、甘やかな爆弾の味はいかがです、ホワイトねえさま」
煙が晴れたそこにはチョコまみれのピュアホワイトが、
「いない!?」
驚愕に目を見開くリーリエの背後から落ち着き払った声が聞こえた。
「奇襲攻撃をしかけるつもりならもっと殺気を隠さなきゃダメですよ」
ハッと振り向いた先にいたのは、地面に片膝をついて低い姿勢で弓を引き絞る無傷のピュアホワイト。ポニーテールが風にたなびいているのが凛々しい。
ピュアホワイトはリーリエに切っ先を向けられた時点で攻撃を予見し、回避の魔法、スワローテイルを忍ばせていたのであった。
スワローテイルはツバメのように地面スレスレを飛んで攻撃を回避する魔法で、いろいろと使い勝手がいいお気に入り魔法のひとつだった。
こうして敵の攻撃を回避しつつ背後を取れたりと、実に頼もしい。
「さあ、今度はこちらの番です。受けなさい、ピュアアロー!」
特に魔法名を叫ばなくても発動はできるものの、口に出したほうが勢いが付いて魔力を込めやすい。それにカラオケでサビの部分を熱唱しているときと同種の気持ちよさがあって、魔法名を叫ぶのはクセになる。
日ごろブツブツとひとりごとをつぶやくしか喉を使うことがないピュアホワイトからしてみたら、貴重なストレス発散の機会だ。
それはともかく、澄んだ音とともに弓から純白の矢が放たれ、リーリエを直撃してまばゆい閃光を放った。
「きゃあああっ!」
「へっ?」
わざわざ呼びかけて防御魔法を準備する猶予を与えてあげたというのに、なぜ直撃。
それともあれはチョコで作ったマネキン的なもので、油断させるための罠なのでは。
一瞬の内にそこまで考えて周囲を警戒したものの、そんな気配は微塵も感じられなかった。それに魔法が命中した瞬間に、直撃したときにだけ感じられる独特の重たい手応えがあった。
つまり、ピュアホワイトの放った攻撃魔法はリーリエを直撃していた。
「ううっ、ひどいですわ、ホワイトねえさま…」
閃光が収まった先にいたのは、ぺたんと女の子座りをしてえっぐえっぐと涙ぐむリーリエ。
その衣装のそこかしこがチョコのように溶けてドロドロになり、ピチピチのサイズ感の服みたいに身体にへばりついている。身体のラインがわかるくらい、うっすらとチョコにコーティングされている悩ましげな肢体。
そう、魔法少女も闇魔法少女も肉体にダメージを負わない代わりに、衣装がダメージを肩代わりするというなんとも悩ましいシステムになっているのだった。
ちなみにあまりにも酷い状態になると謎の光がどこからともなく投射されて、最低限の貞操は守られるようになっている。気兼ねなく戦える安心安全設計。
「えっ、やだ、ごめんね、リーリエちゃん。防御魔法使って防ぐだろうなって思ってたから、全力でやっちゃいました。えっ、というかどうして防御しなかったんですか?」
問題なく防御魔法を使うことはできたはずだ。ある一つの状態を除いては。
「ひっく、この素晴らしき百合とチョコレイトの庭園を作るために、えっぐ、わたくしもう、ずずっ、ほぼ魔力を使い果たしてしまっていたのですわ…」
嗚咽を漏らし鼻水をすするリーリエに、ピュアホワイトはおろおろとしながらも寄り添って肩をポンポンとたたいてあげた。
服にチョコがつくかなあとちょこっと心配だったものの不思議とくっつかない。見た目はチョコっぽくても魔力で作られたものだからか、本物のチョコとは性質が異なるのかもしれない。
それに安心したピュアホワイトはもっと大胆にくっついた。
「ああー、やっぱりこれだけ大規模なの作ってたら消耗しますよね、うん」
この大規模な庭園は強敵が力を誇示するために作ったものではなくて、魔法少女ハイに酔いしれて自分の限界を見誤った初心者のミスだった。
ピュアホワイトも自分の初陣を思い出して、甘酸っぱくもうぎゃーと頭を抱えたくなるような気持ちになってきた。
ピュアホワイトの場合はやる気が空回りして、一般人を自身の攻撃魔法に巻き込んでしまっていた。魔法少女が一般人を巻き込んでしまった場合、ペナルティとしてその魔法で受けるダメージを肩代わりすることになる。
堂々とポーズを決めて名乗っていたことと言い、紛れもない黒歴史だ。それを知っているのがシュバルシャーフでほんとうによかったと思う。
「だってだって、ホワイトねえさまに会えるかもって思ったら、わたくしどうしても、最高の舞台を用意したかったのですわ!」
えっぐえっぐと泣きながら胸に顔を寄せてくるリーリエに、ピュアホワイトの母性的なものがキュンキュンと刺激された。
可愛い、私がこの子を育ててあげたい。食事の世話をして、洗濯とかしてあげたい。下着とかを真っ白に、洗い上げてあげたい。手洗いで、丹精込めて。
しかしそれはアルバイト魔法少女には叶わぬ夢なので、頭をなでることで我慢した。財力のなさが憎い。
「うんうん、ありがとう、リーリエちゃん。最初のチョコの噴水を使っての名乗り、私はすっごく可愛くて素敵だと思いましたよ」
「えっ、あれは噴水ではなくて、チョコレートファウンテンです。チョコフォンデュに使うあれです。間違えないでもらっていいですか?」
胸の間から上目遣いに睨まれて、素の口調でしっかり訂正された。魔法少女も闇魔法少女も、自分のモチーフに関わるものにはこだわりが強い。
「あっ、そうなんだ。無知ですいません…」
真摯に謝るピュアホワイトにリーリエは寛大にうなずいた。そしてこほんと咳払いして声を作り、しなだれかかった。
「ああー、それにしてもわたくしちょっと疲れてしまいましたわ。ねえ、ホワイトねえさま、ちょっと奥に行って休憩しませんこと?」
「えっ?奥ってなんです?」
フフッとあやしげに笑い、リーリエはピュアホワイトの耳元に桜貝のようなくちびるを寄せた。
「たたみの武道場。おふとんが敷いてあるのですわ」
「たたみに、おふとんっ…!?」
耳元でささやく甘い吐息に、ピュアホワイトは目を見開いてビクリと身体を震わせた。リーリエはそんなピュアホワイトの首に手を回して、自分の姿がよく見えるようにちょっと身体を離す。
いたる所が溶けてドロドロになった衣装はもうほとんど身体を覆い隠す役割を果たしていない。
華奢な肩やうなじ、小ぶりな胸の大部分、かわいらしいおへそ、太ももの際どいゾーンまでもが、肌を直接チョコでコーティングしたみたいになっている。
こんなの、見まいとしてもつい見てしまう。ピュアホワイトは見てしまう。食い入るように見てしまう。
リーリエは見せつけつつ、恥じらうように頬を染めてチョコの滴る指をそっとくちびるにくわえた。
「ねえ、ホワイトねえさま。わたくしこんな格好じゃ恥ずかしいですわ。早くおふとんで隠して下さいまし…」
リーリエはくわえていた指先に胸元を覆っていたチョコを絡めて、ピュアホワイトのくちびるをゆっくりと、焦らすようになぞった。濃密なチョコの香りが鼻腔を満たし、なぞられたくちびるをちょこっと舐めてみると脳髄が痺れるようにあまい。
鼻の奥がボイラーのように熱くなるのを、ピュアホワイトは確かに感じた。
「そ、そうだね、そんな格好じゃあ、カゼ引いちゃうもんね。はっ、早く、お布団でくるんであげないと」
ハアハアとまるで変態みたいな吐息を漏らしながら、ピュアホワイトはチョコにコーティングされたリーリエをお姫様だっこした。その様は魔法少女と言うよりも、もはや人さらいのそれに近い。おまわりさん、この人です。
頭の片隅をチラリとシュバルなんとかがかすめたが、これは人助けだからしょうがないのとすぐに打ち消した。人間というのは限りなく自分にとって都合がいい解釈ができる生き物だ。
チョコの水路の上をリーリエをお姫様だっこしたままぴょんと飛び越え、そのままの勢いで奥に続く武道場へ飛び込んだ。飛び込んでから一礼をしてないやと思い出して一歩外に出て、ペコリと一礼してから再び入り直す。
魔法少女はどんなときでも清く正しく美しく、礼儀作法を忘れないのだ。
柔道の強豪校の武道場というだけあって、武道場は体育館と同じくらいの広さがある。その半分ほどが板張りでトレーニング用の器具などが並び、もう半分が畳敷き。
広々とした畳のど真ん中に、何かの冗談のように布団が一組敷かれている。ふわふわの羽毛布団。
なんかちょっと、いやらしい。
「フフッ、ホワイトねえさま。わたくしとおねえさまの、はじめて、ですわね」
胸を指先でいじいじといじくられて、ピュアホワイトは顔を真っ赤にした。
「ここっ、これは違うんですからね!人道的配慮とか、そういうのなんですから!」
「ええー、ホワイトねえさま、リーリエと一緒に寝てくれないんですか?」
潤んだ瞳に見上げられて、声を詰まらせるピュアホワイト。ここぞとばかりにリーリエはたたみ掛けた。畳だけに、たたみ掛けた。
「わたくし、ホワイトねえさまにだったら覚悟はできていますわ。リーリエもチョコレイトみたいに、あまくとろけさせてください」
「りっ、リーリエちゃん…!」
ピュアホワイトは一歩を踏み出した。神聖なる武道場でなんたることをという背徳感をスパイスにしつつ、鼻息荒く畳に踏み込んだ。
畳に踏み込んだその瞬間、花びらが風に舞い上がるようにリーリエはふわりとその手から離れ、天地がひっくり返っていた。




