第十話 だってこの世に殿方なんて必要ないでしょう
「あなたの心を甘美なる楽園へといざなう、百合とチョコレイトの使者、リーリエ・ショコラーデ!今宵もともに踊り狂いましょう!」
華麗に名乗りを上げてポーズを決めるリーリエ・ショコラーデの背後で、噴水からチョコがプシャっと音を立てて盛大に吹き上がった。舞い落ちてくるチョコが噴水周辺の白百合を黒く染め上げる。
それをステージ下でかぶりついて撮影していたピュアホワイトはスマホを魔法空間に収納し、惜しみない拍手喝采を送った。真っ昼間なのに今宵とは、とちらっと思ったもののそんな野暮なツッコミは入れずに、やり遂げた闇魔法少女をただただ称賛した。
かわいくて尊いから、それでいいのだ。
ちなみに二回目の名乗りは最初のセリフで噛んでしまい(心が折れそうになるリーリエ・ショコラーデに、ピュアホワイトは「くじけないで!」と力強いエールを送った)、これが三度目の正直である。
「ブラボー!ブラボーです、リーリエちゃん!私もう、これを見られただけで出動したかいがありました!ああっ、本当によかった!素晴らしい!魔法少女の神さま、ありがとう!」
出動を促したのはブランだったが、ピュアホワイトの頭の中でその事実はもうなかったことにされている。自発的に出動し、運命の巡り合わせをしたことにしている。
だってその方が、ロマンチックだから。
「ありがとうございます、ホワイトねえさま!」
ステージから下りてくるリーリエは上気したやり遂げた顔で額の汗をぬぐい、ピュアホワイトと熱い握手を交わした。
こうして並べて見比べるとピュアホワイトの方が頭一つ分くらいは大きく、リーリエの顔つきがあどけないのがよくわかった。
初めて間近に見るリーリエをピュアホワイトはここぞとばかりに観察した。
髪色は暗めのブラウンで低い位置でツインテールにしている。頭には真っ赤なリボン付きのカチューシャを付けていて、髪型もカチューシャもリーリエのあどけない雰囲気によく似合っている。
眉が下がり気味でタレ目なせいか、ちょっと気弱げに見えてそれがまたピュアホワイト的にはいい。闇魔法少女として活動するときにはしっかりキャラを作っているんだな、とわかって微笑ましい。
鼻と口が小ぶりなのも内向的な感じがして落ち着く。ピュアホワイトは自分と似た内気な人間をこよなく愛している。
ウェーイとか言ってくる人種とは一生わかりあえない自信がある。なぜなら見ているだけで学生時代のトラウマが蘇るから。
まとっている衣装はその名の通り百合とチョコがモチーフになっており、全体的にカカオっぽい色合いをしている。胸元には真っ黒な百合の花をモチーフにした飾り。おそらくこれがリーリエの光落ち度を示すアクセサリーなのだろう。
袖口やスカートの裾は百合の花がパッと開いたような形に膨らんで、華やかなボリューム感がある。真っ黒なニーソックスのトップの部分には、小さな白い百合の花飾りがあしらわれていて、ピュアホワイト的には萌えポイントだった。
衣装の生地には板チョコのような模様が描かれていて、さり気なく触ってみるとちゃんと凹凸があって本物の板チョコのような感触がする。
手間暇惜しまずしっかりと魔法で作り込んである衣装、とてもいい。
魔法少女の衣装は自分でデザインして魔法で作り上げるか、そんなのめんどくせえと使い魔に任せるか選ぶことができる。そういうのに自信がないし、元来めんどくさがりなピュアホワイトはブランに丸投げした。
その結果、ムダに胸とおしりが強調されたタイトめなデザインの衣装が出来上がってしまって、激しく後悔している。
衣装を作り直すにもこれまた魔法少女ポイントで購入するアイテムが必要で、涙を飲んで後回しにしていた。
「あっ、あの、ホワイトねえさま、そんなじっくり見られると恥ずかしいです…」
間近で見て触られて、されるがままになっていたリーリエはもじもじと頬を紅潮させている。
その様にハートをズキュンと撃ち抜かれ、もっといじめてみたくなってしまうピュアホワイトであったがさすがにそれはこらえた。
理性と節度の申し子、ピュアホワイト。基本的に度を越したことはしないのだ。
「あっ、ごめんなさい。可愛くってついつい。ところで気になっていたんですけど、そのホワイトねえさまってなんですか?リーリエちゃんは私のこと知ってたんですか?」
「ええ、わたくしは闇魔法少女に襲われていたところを、あなたさまに助けられたことがあるのですわ」
こほんと小さく咳払いしてから、作ったアニメ声を出すリーリエ・ショコラーデ。キャラに入ったなとわかって、ピュアホワイトはちょっとワクワクした。
「身を挺してわたくしを守ってくださった、頼もしいお背中。闇魔法少女に向かって弓を構える、凛々しい眼差し。あの瞬間わたくしは、ホワイトねえさまにハートを撃ち抜かれてしまいましたの。あれからずっと憧れて、お慕い申し上げておりましたわ。こうして相まみえる日を、夢見るほどに」
「えっ、お慕いってそんな…!?」
リーリエは恥ずかしげに頬をおさえて、ピュアホワイトはポッと頬を赤らめた。
お慕いってつまり、この子は私のことが好きってことで、それはつまり何でもしていいってことで、あんなことやこんなこと…いやダメだ、私にはシュバちゃんがいるんです!
心の中にシュバルシャーフを思い描いてなんとか動揺と欲望に打ち克った。心を惑わすのはいつも弱い自分だ。強くあらねば。
「だ、だけどそれならどうして、リーリエちゃんは闇魔法少女になったんですか?私なんかでも憧れてくれたのなら、魔法少女になるのが筋なんじゃ」
「だってこうすれば、いつかはホワイトねえさまに会えるじゃないですか。魔法少女と闇魔法少女として相対できる。このときをわたくしは、一日千秋の思いで待ちわびていたのですわ」
陶然とした顔で返されて、ピュアホワイトは胸を激しく揺さぶられた。
「リーリエちゃん、まさかあなたは、私に会うために闇魔法少女に…?」
「そのとおりですわ、ホワイトねえさま」
無邪気な顔で笑うリーリエに、ピュアホワイトは地面に膝をついて両手で顔を覆った。ピュアホワイト、愕然。
「ああ、なんてこと。まさか私が闇魔法少女を増やす原因になってしまうなんて。私はなんて罪な女なの…」
ちょっと自分に酔いしれたような声を出している。なんせまんざらでもない気分だから。
「ふふっ、ですがそれだけが理由ではないので安心してください。わたくしには壮大な計画があるのですわ」
「壮大な計画?」
ピュアホワイトは素早く立ち上がって身構えた。
まさか、悪役の掲げる壮大な計画第一位、世界征服。
そんな壮大な目標を持った闇魔法少女と戦えるなんて、そんなの魔法少女冥利に尽きるではないか。
「そう、人類女体化計画ですわ!」
「へっ?」
胸を昂ぶらせていたピュアホワイトは、ズッコケそうになるほど気が抜けた。
だけどその計画の名前を聞いて、これまで見てきた素晴らしい光景が腑に落ちてきた。
「天下の男子校なのにそこかしこにかわいい女子がいた理由、あれはあなたの魔法だったんですね」
「ええ、わたくしの魔法、百合の園は殿方を身も心も乙女にする素敵魔法なのですわ」
うっとりとした顔で手を組んで、リーリエは流れるチョコのような勢いでとうとうと続けた。
「だってこの世に殿方なんて必要ないでしょう。ゴツくて臭くて下品で可愛くなくて、百害あって一利なしですわ。この世界に必要なのは、百合の花のように可憐で、チョコレイトのように愛らしい乙女たちだけですわ。乙女たちが振りまく、華やかで甘い香りで満ちた世界。わたくしはそんな理想郷を作り上げるために、闇魔法少女になったのですわ。この黒岩学園、もとい、生まれ変わった黒百合学園はそのための華々しい第一歩なのですわ」
「そんな、それじゃあもう、この学園に通っていた生徒たちはもうみんな乙女になってしまったのですか!?」
しまった、来るのが遅すぎた。そこかしこの教室で繰り広げられていた、男装の乙女たちがキャッキャウフフしている光景に見惚れすぎてしまった。
でもあんな光景、滅多に見られるものじゃないし…。
歯噛みしつつもあまり後悔はしていないピュアホワイトだった。心のアルバムはそれほどまでに潤っていた。
「フフフ、ご安心ください、ホワイトねえさま。半数は女体化し、半数は逃がして差し上げましたわ。主役が来る前にコソコソと勝負をつけるなんていう、泥棒猫みたいな無粋極まりないマネ、わたしくいたしませんわ」
「なっ、なんという節度ある闇魔法少女なんですか、あなたは!?」
ピュアホワイトの脳裏には、ある日のシュバルシャーフとの戦いが思い出されていた。
『どうだピュアホワイト!お前が来る前に勝利条件を満たしてやったぜえ!やーい、くやしいだろー!あーはっはっはっはっ!バーカバーカ!』
汗だくになってゼエゼエと息を乱し、高らかに笑って勝ち誇るシュバルシャーフ。
比較してはいけないと思うものの、どうしても人間性とか比べてしまう。だって魔法少女だもの。
「あら、ホワイトねえさまにおほめいただけるなんて、光栄の至りですわ。ですがいいのですか、そんな生ぬるいことをおっしゃっていて?」
にこやかに微笑むリーリエが手をかざすとその手にチョコが集まり、糸を撚るように収れんしていった。そしてそれは、針のように細長い優雅な剣になった。
チョコで出来たレイピア。
刀で言うツバにあたるハンドガードの部分は百合の花のような形状になって手を覆い、一流のパティシエが作った芸術品のように見える。
リーリエはその鋭い切っ先をピュアホワイトに突きつけて、正々堂々と宣戦布告した。
「だって半数ということは、あと一人辱めればわたくしの勝利。つまり、ホワイトねえさまを打ち倒して辱めてこそ、わたくしの華々しい初陣を飾れるのですわ!」




