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番外編④:束縛の黒指輪とメンヘラ悪魔

社員食堂の片付けを終え、地下倉庫に静寂が戻った深夜。

今夜もサービス残業だと言わんばかりに、サトシが次に手にしたのは、厳重に封印された小箱に入った一石の指輪だった。

特級呪物の1つ『束縛の黒指輪』である。

その名の通り、はめた者の精神を鎖で繋ぎ、自分以外のことを考えられなくする呪力を持つという、いわゆる「激重」な呪具である。

そんな危険呪物であるにも関わらず、サトシが無防備にその指輪を掴んで、銀色のトレイに移した瞬間だった。

指輪から黒い影が溢れ出し、一人の少女の姿を形作った。

ゴスロリ風のドレスに身を包み、透き通るような白い肌と病的なまでに大きな瞳を持ち、背中には小さな悪魔の翼が生えている。

「ねえ、見ぃーつけた。あなたが私の新しい『運命の人』!?」

束縛の黒指輪に潜む、悪魔の少女「メル」は、サトシの首筋に冷たい指を這わせ、耳元でねっとりとした声を響かせた。

「逃げようなんて思わないでね。貴方の視線も思考も、心臓の鼓動一つまでも…全部私だけのものにするんだから。ねえ、私だけを見て? 私以外のことを考えたら、その指、一本ずつ折っちゃうからね」

メルの背後からは、見る者が発狂しかねないほどの「束縛の鎖」の幻影が広がっている。

しかし、サトシは台帳にチェックを入れながら、眉一つ動かさなかった。

「あの…メルさんでしたっけ?今、棚卸しの最終確認中なので、個人的な『束縛』の案件は、明日の定時以降に予約アポを入れてもらえますか? あと、その影が書類にかかると文字が読めないので、どいてもらえるとありがたいのですが…」

「アポ?…えっ?」

メルは呆然とした。

これまでに数多の英雄や王たちが、彼女の「重すぎる愛」に触れた瞬間、恐怖に震えるか、あるいは快楽に溺れて堕落していった。

だが、目の前のサトシは、彼女の愛の束縛を「不備のある書類」と同程度の認識で受け流している。

「ちょっと! 聞いてるの!? 私だけを見てって言ってるの!そこの鏡の中にいる他の女(ミラ)と喋ったら、私、貴方の目の前で手首…じゃなくて、指輪ごと砕け散ってやるんだからね!!」

「ミラさんも仕事に集中しているので、今は余計な会話は極力しませんよ。あ、自爆されるなら今のうちにお願いします。明日になると備品登録が終わっちゃうんで、廃棄処理の手続きが一段と面倒になるんですよ。今ならまだ『破損による欠品』で処理できますから、どうぞ、お気になさらず」

サトシは無表情のまま、さらさらと台帳を更新していく。

「な、なんなのよあなた。私が死ぬって言ってるのに、なんで平然と事務手続きの話をしてるのよぉ…」

サトシの塩対応にメルの自尊心は砕け散っていった。

絶望した彼女は、どこから取り出したのか、銀色に輝く一本の缶を取り出した。

缶には『ストロング・デッド 25%(無糖)』と不穏な文字が書かれている。

メルはそれを「プシュッ」と虚しい音を立てて開けると、飲み口にストローを刺した。

「…もういい。もういいもん。私の愛が理解されないなら、この世界の理なんてどうでもいいもん…」

メルは倉庫の隅に体育座りし、ズズズッ…とストローで強烈な酒(チューハイ)を啜り始めた。

虚空を見つめ、ストロング・デッドを煽りながら現実逃避に走る特級呪物の姿は、あまりにも哀れである。

「ねえサトシ…私、昔からそうなの。みんな最初は『可愛い』って言ってくれるのに、一週間もすれば『重い』って言って逃げていくの…。私、ただ、誰かに必要とされたいだけなのに…」

「メルさん。あなたのそれは愛じゃなくて、単なる『監視リソースの過剰供給』ですね」

サトシはストローを啜るメルの横に椅子を置いて座った。

「監視…リソース?」

「ええ。あなたは相手の動向を24時間監視して、自分以外の要素を排除したいんでしょう? それ、前世のIT業界なら『セキュリティソフト』や『リアルタイム不備検知システム』として、ものすごく重宝される才能なんですよ」

サトシはメルのストロング・デッドの空き缶を回収しながら、淡々と語りかけた。

「そんなに誰かを見ていたいなら、僕じゃなくて、この『地下倉庫の在庫』を束縛してみませんか? 2万点以上の遺物が、今この瞬間も勝手に呪いを漏らしたり、位置を変えようとしたりしている。それをあなたが24時間、執拗(しつよう)に一分一秒の狂いもなく見張り続ける。完璧な仕事だと思いませんか?」

メルはストローを口に咥えたまま、大きな瞳をパチクリとさせた。

「私が…見張るの? このゴミみたいな遺物たちを私だけの束縛(ちから)で?」

「はい。少しでも異常があれば、すぐ僕に報告(通知)してください。その度に僕はあなたに『助かりました。やっぱりメルさんじゃないと駄目ですね』とフィードバックを送りますよ」

「…!『(メル)じゃないと駄目』!?」

病的なまでのメルの顔に輝きが戻った。

彼女にとって、それはどんな愛の言葉よりも自らの存在意義を肯定する甘美な響きだった。


翌朝、ゼノス課長が地下の様子を見に来ると、そこには新たな「異変」が起きていた。

サトシの左手の薬指には、不気味な黒い指輪がはめられている。

そこから無数の「黒い影の鎖」が触手のように伸び、地下倉庫の全在庫を網の目のように繋ぎ止めていた。

「 サトシ! 今、A-113エリアの『呪いの花瓶』が1.5ミリほど右に動こうとしたわよ! 私が見つけたんだから、ちゃんと褒めてよね! ねぇ、今の私の手柄よね!?」

指輪からメルの声が響くと、サトシは台帳に目を落としたまま、指輪を優しく一撫でした。

「はいはい、助かりました。メルさんがいないと、今頃在庫棚が崩れてましたよ」

「えへへ…! やっぱりサトシは、私がいなきゃ駄目なんだから!」

サトシの言葉を受けて、喜びのあまり思わず指輪から具現化したメルは、満足げに、そして更なる愛を求めて、在庫を繋ぎ留める鎖をさらに強く締め上げた。

その横ではミラが「なによ、あの後輩。新入りのくせにサトシをキープしちゃって」と不機嫌そうに鏡を曇らせ、ユリウスが「ふん、監視役など、我が軍では真っ先に処刑される役職だがな」と鼻を鳴らしている。

ゼノス課長は、サトシの周囲で渦巻く「鏡の美女・魔王・メンヘラ悪魔」という地獄のようなパワーバランスを目の当たりすると、踵を返して、再び無言で階段を上って行った。

「もう、何も知らない。私は何も見ていないし、聞いてもいない…」

こうして、遺物整理課の地下倉庫には、新たに一分の隙もない『24時間365日フル稼働メンヘラ駆動型監視束縛システム』が構築されたのであった。

呪物にメンヘラな性格を付けたら、どうなるんだろうという安直な発想で描いたストーリーです(笑)

私の勝手なイメージですが、メンヘラ=ストロングチューハイをストローで飲んでいるという展開を書いてみたら面白いかなという発想で、メンヘラキャラを表現した感じになりますので、生温かい目で見てもらえると幸いです。

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