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番外編③:地獄の自炊レシピと禁断の社員食堂

最終話にて出てきた「魔力補充精神安定剤入り乾パン」の存在から、サトシの地下倉庫での社食生活がどうだったのかを追加シナリオとして描いてみました。

「これが…今日の『社食』ですか?」

配属から1年半が経とうとしていたある日の昼下がり。

サトシは、ゼノス課長が地下の入り口から放り投げていった支給品の袋を、死んだ魚のような目で見つめていた。

中から出てきたのは、岩のように硬く無機質な灰色の塊。

そして、どぶ川の水を煮詰めたような異臭を放つドロドロの液体が入った瓶だ。

「ああ、それは王都魔導省直轄の栄養管理局が開発した『完全食』だよ。通称、魔力補充精神安定剤入り乾パンと栄養満点泥スープ。これ1つで一日に必要な栄養が摂れる優れものさ。味? そんなもの気にする暇があったら、午後の鑑定作業をさっさと終わらせてくれよ」

ゼノスはそう言い残すと、自分は王宮の高級レストランへ向かうべく、鼻歌まじりに去っていった。

サトシは無言でパンを一口齧ってみる。

「前世の深夜のオフィスで食べた『湿気った10円の駄菓子』や『賞味期限切れのコンビニ弁当』の方が、まだ人間らしい味がするな」

「サトシ、それ食べちゃダメよ! ここの呪物よりも不純物が混ざりすぎて、鏡の中にいる私でも吐き気がするわ!」

鏡の中のミラが叫ぶ。

横で棚卸しをしていたユリウスも、鼻をひくつかせて顔をしかめた。

「ふん、魔王軍の最下級のスケルトン兵ですら、もう少しマシな腐肉を食うぞ。こんなものを食わされるとは、貴様の国は我らよりも残酷なのだな」

「この国というか、この遺物整理課の環境が…だと思うけどね」

入社して数日は、まだある程度マシな社食が提供されていたが、この国の予算の都合なのか、日に日に社食のクオリティが下がり、今日の社食に至るようなお粗末なものへと成り下がっていた。

サトシは静かにパンを置き、立ち上がった。

「よし、会社が支援しないなら、自炊して飯を作るか!せめて食事くらいは人間らしくありたいからな」

その瞳には、かつて納期直前にサーバーが飛んだ時と同じく、静かな決意の光が宿っていた。


意を決したサトシが向かったのは、第一倉庫の最奥にある「危険物区域」に分類された棚だった。

そこには、かつて伝説の勇者が狩り取ったが、あまりの毒性の強さに誰も手が出せず「遺物」として放置されていた素材が眠っている。

サトシが取り出したのは、見た者を狂わせる極彩色の『千年毒キノコ』と、素手で触れれば細胞が壊死する『猛毒キメラの冷凍胸肉』だ。

「サトシ正気なの?それ、一口でも食べたら、大陸の生物が三回は絶滅するレベルの猛毒よ!」

「大丈夫ですよミラさん。前世のスーパーで安売りで買った『謎の輸入肉』だって、重曹とコーラで下処理すれば食えたんです。毒抜き(デバック)の手順さえ間違えなければ、食材なんてどれも同じですよ」

サトシは包丁の代わりに【魔力操作】を使い、キメラの肉に付着した「呪いの繊維」を、まるで神経外科医のような精密さで取り除いていく。

そして【毒耐性】をセンサーの代わりにして、キノコに含まれる猛毒成分を「揮発性(きはつせい)の高いスパイス」へと変質させた。

さらにユリウスを呼び寄せる。

「ユリウスさん、火をお願いしていいですか。最高純度の『業火(インフェルノ)』を一点に集中させて、このフライパンを熱してください」

「魔王の炎を煮炊きに使うと申すか? …まぁ、よかろう。貴様の奇行にも慣れたものだ」

ゴォッ! と音を立てて、魔王の炎が鉄鍋を包み込む。

その瞬間、地下倉庫に暴力的なまでに美味そうな香りが漂い始めた。


数分後、サトシが調理した食材によって『濃厚なキメラ肉の特製スパイスカレー』が完成した。

隠し味として、棚の隅で唸っていた「知恵を狂わせる甘い蜜」も少々加えた一品だった。

「完成だ。毒気は完全に消えて栄養価と魔力だけが濃縮されているはず…」

サトシは、ミラとユリウスの前にカレーを盛り付けた皿を並べた。

「さぁ、ミラさん、ユリウスさん、せっかくなので試食してみてください」

ユリウスが恐る恐る思念体の腕でスプーンを持ち、一口目を運ぶ。

「…なっ!?」

魔王の体が、バチバチと火花を散らすように激しく発光した。

「旨い! 旨すぎる!何だこのカレーは!! 魔王城の晩餐会で食べていたドラゴンの心臓よりも遥かに力が(みなぎ)る! 我の思念体も実体化しそうなほどに活性化しているのを感じるぞ!」

「私も…まだ口にしていないにも関わらず、このスパイスの刺激が魂に直接伝わってくるわ! 私、呪物なのに生きてるって実感が止まらない!」

先ほどまで危険物質だった食材が、サトシのスキルによって、ここまで完成度の高い料理へと変貌したことに、驚きを隠せないユリウスとミラだった。

サトシにとっては、ただの「時短・節約・高タンパク」と三拍子が揃った社畜飯だったが、それは図らずも、食べた者のステータスを恒久的に底上げする「神の(エリクサー)料理(フード)」へと昇華していた。

その時、地下倉庫の外の階段から、聞き覚えのあるヒールの音が聞こえてきた。

「おい、サトシ! 騎士団から預けていた遺物の管理状況を…って、なんだこの匂いは!?」

バンと音を立てて倉庫の扉が開き、現れたのは近衛騎士団のリナだった。

彼女はここ数日、魔王軍の残党狩りで満足に食事も睡眠も取れておらず、胃の中は空っぽの状態だった。

彼女の鼻腔を暴力的なスパイスの効いたカレーの香りが突き抜ける。

「あ、リナさん。お疲れ様です。これ試作の(まかない)ですけど食べますか? ちょうど一皿余ってるので」

「な、何を言う! 王宮の騎士が、そのような地下の埃にまみれた得体のしれないものを…」

リナが拒絶しようとした瞬間、「ぐぅ…」とリナの腹が地下全体に響くような音を立てて鳴った。

彼女は真っ赤になりながらも、差し出された皿を受け取ってしまった。

「…言っておくがこれは毒見だ。貴様が変なものを食べていないか、騎士として確認するだけだからな」

そう言って、リナはスプーンを口に運んだ。

その瞬間。

「…っ!!」

リナの瞳が限界まで見開かれ、いつも聖剣を握っている手が、ガタガタと震え出した。

彼女の視界の中で、世界が黄金色に輝き、脳内に天使の合唱が聞こえる。

身体中の細胞が「これだ! これを待っていたんだ!」と歓喜の産声を上げ、彼女の体内魔力が急速に膨れ上がっていく。

「サ、サトシ…貴様、何を盛ったのだ!? 脳が…脳が多幸感で震える…。こんな美味しいものを食べたら、もう普通の食事に戻れないではないか!」

リナは脳を支配する多幸感に気絶寸前になりながらも、涙を流しながらカレーをかき込み続けた。

その姿は高潔な騎士というよりは、空腹に耐えかねた小動物が、久々の食事に必死にありつくような姿だった。


翌日から遺物整理課の地下では、妙な現象が起き始めていた。

「サトシ君…。最近、他の部署の連中が用もないのに地下をうろついてるんだけど、心当たりない?」

ゼノス課長が不審そうに地下に顔を出した。

「あ、ゼノス課長。栄養管理局が開発した社食に飽きてきたので、自炊を試みたところ、これが案外評判のいい料理だったので、隣の空いている第二倉庫を使って『社員食堂』を始めました。材料費は在庫(遺物)の廃棄品なのでゼロ、調理スタッフも僕たち(呪物たち)で回してますから、追加の人件費も諸経費もかかりませんので、ご安心ください」

サトシに案内されたゼノスが、第一倉庫の隣にある第二倉庫の空き部屋を覗き込む。

その視線の先では、魔王ユリウスがコックコートを纏ってフライパンを猛烈な勢いで振り、ミラが「3番テーブルにカトラリーの補充を急ぐわ! あ、騎士団の皆さん、おかわりはセルフよ!」とテキパキと司令を出していた。

そして、かつて予備の物置だった一角では、近衛騎士団の精鋭たちが数名訪れ、恍惚(こうこつ)とした表情で「遺物カレー」を頬張っていた。

「これ、課長の分です。どうぞ」

サトシがゼノスの分のカレーを盛り付けた皿を差し出す。

差し出された皿を受け取り、ゼノスは恐る恐る一口運んだ。

その瞬間、彼の全身を未知の衝撃が駆け抜ける。

「なんだこれは…旨すぎる! 疲れた胃袋に魔力が染み渡るようだ。これを食べるだけで、明日も仕事を頑張れる気がするよ!」

ゼノスはなりふり構わず、カレーをかき込んだ。

だが、その喉を飲み下す快感の裏側で、ゼノスの背筋には冷たい汗が伝っていた。

(…待て。私は今、何を食べているんだ?)

ゼノスは、一心不乱にフライパンを操る「魔王(ユリウス)」とテーブルを完璧に管理する「特級呪物(ミラ)」を見る

(この材料は、王都を滅ぼしかねない猛毒の遺物だったはずだ。それを『下処理』だけで無害化し、あまつさえ、食べた者の魔力を底上げするような『聖遺物』へと作り変えてしまったのか? 騎士団の精鋭たちが一介の事務員の飯に釣られて列を作っている。ありえない…こんなこと…伝説の勇者や賢者、あるいは神の化身にしか不可能なはずだ)

ゼノスは、スプーンを持つ手の震えを止められなかった。

(サトシ君…君は一体、何者なんだ? ブラック企業だか何だか知らないが、前世で君がいたという場所は、魔王や呪物すら『有能な労働力』として飼い慣らす、この遺物整理課よりも恐ろしい場所だったというのかい…?)

目の前の光景を目の当たりにして、改めてサトシという現実離れした存在に疑問の念と恐怖を抱くゼノス課長だった。

こうして不遇の部署だった遺物整理課の片隅では、サトシの手によって、王都で密かに人気で行列の絶えない「禁断の社員食堂」が誕生したのだった。

今回は、社員食堂編という発想で描いてみました。


社食があまりにもお粗末なものであるが故に、自炊を試みるも、食材として使えるものは、この環境では呪物しかないですよね…(笑)


サトシの取得した毒耐性のスキルを使えば、どんなに危険な毒を持った呪物でも、おいしい料理に早変わりといった形で、ストーリー構成を考えてみましたので、最後まで読んでもらえたら幸いです。


番外編を書いているうちに、ところどころ本篇のストーリーとパラドックスが起き始めてるかもしれませんが、そこは悪しからず、ご容赦ください…

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