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番外編②:魔王の抜け殻と最強の棚卸

第2話:狂気の業務習慣より、リナが遺物整理課を立ち去った後の物語です。

リナが嵐のように去っていった後、地下倉庫には再び静寂が訪れるはずだった。

しかし、彼女が去った後、荷台に積み上げて廃棄予定としていた『魔王の抜け殻』が、不気味に脈動を始めた。

「ククク、ハハハハ! ついに、ついにこの時が来た!我こそは魔王ユリウス! 破壊と絶望の化身なり!」

深淵よりも暗い漆黒の魔力が溢れだし、魔王の抜け殻から実体なき思念体が姿を現す。

それは巨大な角と漆黒の翼を持つ、威風堂々たる魔王ユリウスの姿を形作っていた。

「 脆弱なる人間よ、我が復活の贄となる光栄を…」

ユリウスは勝利を確信した笑みを浮かべ、眼下の「獲物(サトシ)」を見下ろした。

しかしサトシは、魔王の放つ絶望的なプレッシャーなど、露ほどにも感じていない様子で、台車に乗った『魔王の抜け殻』に、おもむろに『可燃ごみ』と書かれた付箋(ラベル)を貼ろうとしていた。

「…えっ?」

魔王の宣言が、拍子抜けしたような声で止まる。

「あ、すみません。今、ミラさんと在庫の照合中で手が離せないんですよ。ユリウスさんでしたっけ? そこに居られると台車が通れなくて邪魔なので、少し透けてもらえますか?」

サトシは帳簿と棚を見比べながら、目の前に現れた魔王ユリウスを「ハエ」でも追い払うように手でシッシッとやる。

「…は?」

ユリウスの思考が停止する。

かつてその名を口にするだけで、一国の誰もが恐怖すると言われていた魔王に向かって、この青年は今、「邪魔だから透けろ」と言ったのか。

「無視するな! 我は魔王だぞ! 貴様の魂を今すぐ恐怖で八つ裂きにしてやる!」

ユリウスは憤慨し、サトシの視界を遮るように割り込んだ。

魔王の特技である「恐怖の幻影」を無理やりサトシの脳内に流し込む。

「どうだ! 貴様がもっとも恐れる光景を見せてやったぞ! 震えろ、絶望しろ!」

サトシは、目の前で繰り広げられる地獄の映像をじっと見つめた。

数秒の沈黙の後、彼は感心したように頷いた。

「…なるほど。この火の色、いいですね」

「そうだろう!?貴様の 魂を焼く地獄の業火…」

「いや、そうじゃなくて。最近この地下倉庫、湿気がひどくて帳簿がカビそうだったんですよ。この火の幻影、熱量だけ物理現象として固定することできませんか? 除湿機代わりにちょうど良さそうなんですよね。あ、ミラさん、この位置で除湿したら、奥の棚の書類、乾燥しすぎないかな?」

「そうね、その角度なら完璧よ。ユリウスさん、もう少し左に寄って熱を出すことはできないかしら?」

鏡の中から、ミラが事務的なトーンで指示を出す。

「貴様ら正気か!? 我は破壊の魔王だぞ! 除湿機ではない!」

ユリウスは、自分の誇りそのものである攻撃を「ライフハック」として利用されようとしている現実に、かつてない屈辱と混乱を味わっていた。


ユリウスがどれほど威圧しても、どれほどの呪いを振りまいても、サトシの持つ【感情殺し】のスキルが発動し、「エアコンの不調」程度のトラブルにしか認識されなかった。

その後もユリウスは、あの手この手でサトシの気を引こうとした。

サトシの耳元で呪いの呪文を唱え、机の上のペンを念動力で宙に浮かせ、不気味な高笑いを響かせた。

しかしサトシは、「あ、ペンが勝手に…磁場が乱れてるのかな」と呟き、ペンを掴んで何事もなかったかのように仕事に戻るだけだった。

数時間が経過した頃、全力で「魔王」を演じきり、エネルギーを使い果たしたユリウスは、ついにガックリと床に膝をついた。

「なぜだ…なぜこれほどまでに響かんのだ。我が軍が人間界に侵攻した時、どんな大聖女だって泣いて許しを請うたぞ…。我のこの時間は、一体何だったのだ…」

その姿は、かつての魔王の面影すら見られない、あまりにも哀れだった。

ユリウスは膝を抱えながら、思わず心の奥底に溜まっていた毒を吐き出し始めた。

「…そもそもだ。魔王なんて、外面がいいだけの過重労働者(雇われ店長)なのだ。勇者は三日おきに攻めてくるし、幹部の四天王どもは『給料を上げろ』だの『有給が足りない』だの、個人の我儘ばかり押し付けてくる。侵攻作戦の予算案を作れば、経理担当の魔導師に『このドラゴンの維持費は何ですか?財源が足りません』と却下される。貴様に、貴様にわかるか!? 作戦会議で威厳(メンツ)を保ちつつ、実利を確保するために駆け引きをするあの胃の痛む日々が!」

ユリウスの悲痛な叫びを聞いて、サトシが初めて仕事の手を止めた。

彼は椅子をくるりと回転させ、床で丸まっている魔王をどこか優しい目で見つめた。

四天王(中間管理職)の調整…ですか。わかります。部署間の対立を収めるために、どっちの顔も立てながら、誰も得をしない妥協案を深夜まで練り上げる。…地獄ですよね」

サトシはゆっくりと歩み寄り、魔王の透けた肩に手を置いた。

スキル【環境適応】により、思念体にも触れられるようになっていた。

「ユリウスさん。あなたが求めていたのは、世界征服なんて大層なものじゃなかったはずだ。ただ、組織が円滑に回り、朝起きた時に不具合報告が一件も届いていない…そんな『平和な朝』が欲しかっただけなんじゃないですか?」

ユリウスは顔を上げた。

自身が魔王であるということも忘れ、自身の境遇に共感してくれるサトシを前に、自然と目から涙が零れ始める。

その濡れた瞳がサトシの瞳と重なる。

「…左様だ。我が欲しかったのは、無敵の軍団ではない。反乱の起きない、個人(プライベート)の時間が確保された定時で閉まる魔王城だったのだ…」

「わかります。僕も安定を求めて、ここでの日々を良くしようと働いていますから」

サトシはユリウスに手を差し出した。

「ユリウスさん。これも何かの縁かもしれないです。心機一転ここで働いてみませんか? ここには反乱を起こす部下も予算を削る経理もいません。敵は、この整理の追いつかない『在庫の山』だけです。あなたのその屈強な力、誰かを傷つけるためじゃなく、この遺物整理課のために使いませんか?」

ユリウスは、サトシの差し出した手を見つめた。

そこには、自分を魔王として崇める畏怖も、討伐すべき敵と見なす憎悪もない。

ただ、「同じような組織で苦労した戦友」としての深い信頼と敬意がそこにはあった。

「ふん。致し方ない。そこまで請うのであれば、我が力を貸してやらんでもない。…あー、その、これからよろしく頼む、サトシ」


翌朝、ゼノス課長が鼻歌混じりに地下の入り口を覗き込んだ。

「おーいサトシ君、昨日の『魔王の抜け殻』だけど、やっぱり危険だから業者に頼んで…」

声をかけようとした瞬間、ゼノスはそのまま石像のように固まった。

倉庫の中では、昨日の『魔王の抜け殻』が、自律行動するかのように活発に動いていた。

いや、正確にはユリウスの思念体が宿り、数トンはある巨大な書架(しょか)を、まるで段ボール箱でも扱うかのように軽々と片手で持ち上げていた。

「おい、サトシ! この『巨人の足枷』とかいう鉄クズは、西の壁際でよいか!?」

「あ、いいですね。その横に『呪いの石像』を置きたいので、スペース空けといてください。助かります、ユリウスさん。人力だと、まる1日はかかる作業なので」

「ふん、魔王軍の兵站(へいたん)管理に比べれば児戯に等しいことよ! それよりミラよ。この棚に貼るラベルのスペルが間違っておるぞ! 貴様、それでも特級呪物(先輩社員)か!」

「うるさいわね、この脳筋魔王(後輩社員)! 私は今、同時並行で三つの帳簿を付けてるのよ!」

鏡の中からミラが応戦し、魔王が重い遺物を軽々と運ぶ。

そしてその中央では、サトシが淡々と全体の進捗を管理している。

地獄のような地下倉庫で、仕事を完璧な効率で回す「最強の業務ユニット」が誕生していた。

ゼノスは、ユリウスが「ふんぬっ!」と気合を入れて、王宮の柱と同じ太さの呪印石を積み上げるのを見て、静かに音を立てないように扉を閉めた。

「…見なかった。私は何も見ていない。あれは、そう、ただの重機だ。優秀な重機が入っただけなんだ」

ゼノスは、今しがた見た光景を拒絶し、現実逃避のために酒を買いに走った。

サトシの地下労働環境は、最強の事務担当と最強のフィジカルを加え、異世界で最もブラックで、最もホワイトな職場へと、さらなる進化を遂げるのだった。

気づいたら番外編②も書き終えていました。

本当に書きたいのは別作品の方なのに、こっちの方が現実世界の社畜経験がフィーリングして書きやすいという何とも言えないジレンマ…(笑)

今回は、魔王の苦悩を現実世界に置き換えたら、こんな感じなのだろうという気持ちで描いてみました。

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