勇者様への尋問
ディルーグと出会ってから数日後。
私は迷っていた。
婚約を受け入れて、ディルーグの妻となり、この国に残るか……あるいはゲームの通り聖女となり、ユリウスたちと旅に出るべきか。
私はユリウスのおかげで、リオンを救うことができたのだ。
本来、フィリアは弟のリオンを失い、その悲しみと怒りから、魔物を生み出す魔王を倒そうと決意する。いわばこれは、聖女フィリアの最初のきっかけになるはずだった。
しかしリオンは幸い生きていて、今も私が見守る裏庭で、ボールを蹴って遊んでいる。
だとすれば、いいのだろうか?
魔王でさえも、ユリウスやディルーグに任せて、私は待っているだけで、危機は去ってくれるのだろうか。
「はぁ……」
私が紅茶のカップをガーデンテーブルに置くと、その水面に何か妙なものが映った気がした。
私は思わず、カップを覗き込んだ。
「ん?」
「浮かない顔だね。悩みでもあるのかい?」
「わっ!?」
気づけば、ガーデンテーブルの向かいに、ユリウスが座っていた。
「本……物?」
ただでさえ絵みたいに綺麗な容姿なのに、いきなり目の前に現れたら現実かどうか疑ってしまう。
私は思わず立ち上がって、ユリウスの顔に触れた。
確かな張りのある肌の感触。
……やばい、本物だった。
頬に触れた私の手の上から、ユリウスはそっと手を重ねた。
ユリウスは目を閉じて、そのまま心地よさそうにしていて……自分から触った手前、私は手を引っ込めることはできなかった。
しばらくすると、満足したのか、ユリウスはようやく目を開けて笑った。
「ご、ごめん。幻とか、魔法かと思っちゃった!」
「そういうのは、魔術師の仕事だね。僕は勇者だよ。人々の憂いを振り払うのが仕事だ」
「そうよね。いや、そうじゃなくて。どうしてこんなところにいるわけ?」
「聞いてないの? お父上に、裏の森の魔物討伐を依頼されたんだよ。またあんなことになったら危ないからね。当然だ」
「確かに、そうね。あの時はありがとう」
またリオンが危険に晒されないとは限らない。
というか、魔物が野放しになっていたら、リオンに限らず私達だって危険だ。誰かに依頼するのは当然だけど、まさかユリウスにだったなんて。
「どういたしまして。森の魔物はほとんど倒したから、しばらくは安心だよ」
だからって、今日来るなら教えておいてくれてもいいのに。
お父様ったら……いや本当に、お父様ったら!
「でも、ちょうどよかった。あなたに聞きたいことがあったの」
「何、何!? 何でも聞いて!」
ミステリアスな感じかと思いきや、そんなに何でも答えるよって感じなんだ。
何を聞くんだっけ? 考えを整理しておけばよかった。こんなに急に来るなんて、聞いてない。
「えーと、まず、そうよ……強すぎ! 魔物をあんなに簡単に倒すなんて。何でそんなに強いの?」
「鍛錬してるから?」
そんなの当たり前じゃないか、とばかりにユリウスは答えた。そうなんだけど、そうじゃないのよ。
私の知っているユリウスは、今の年齢でそんなに強くないんだから。
「そういうレベルじゃないでしょう? どんな鍛錬をしたらそうなるのよ」
「物心ついた時から鍛錬してるよ。特別、他に時間を割く必要もないしね。父の師匠に師事して、剣を振って、勇気の使い方を覚えて、若い頃から魔物を狩って歩いたんだ」
「そんなのって……おかしいでしょ。だって、子供の頃は、小さな村に住んでいた、普通の子供だったんじゃないの?」
「うーん、一つ付け加えさせて。魔王を倒すために生まれた、努力家の……普通の子供だよ。今もね」
とにかく、何か特別な力を使ったとか、そういうわけではなくて、ただひたすら真っすぐに努力を重ねて、ユリウスは強くなったらしい。
どうしてゲームの設定と違うの? なんて聞くわけにもいかないし、私は他の聞き方をすることにした。
「まあ、じゃあ、それはいいわ。次の質問」
「これは何? 尋問? 尋問の訓練はまだ受けていないから、助かるなぁ」
「いいから答えて! あの日、リオンが襲われた日。どうして偶然にも、私の家を訪ねて来たの?」
「偶然といえば、あの日リオン君が襲われたことの方が、不幸中の幸いだったんじゃない? 僕はその日に聖女候補の君と会いたいと、元々手紙を送っていたし……僕からすれば、君の家に行ったら、たまたまあんな事件が起きたって感じだよ」
「そう……そうよね」
ユリウスは少しも言葉に詰まることはなく、すらすらと答えてみせた。これじゃあ、変なことを言っているのは私の方だ。
中途半端な聞き方では、望む答えは得られないのだろう。核心を突かなくては。
「じゃあ……他の世界について知ってる? こことは全然違う景色が広がっていて、全く違う技術や文化が発展しているの。そこには魔法は無いけど、代わりに科学が発展してる」
「へえ……それは面白いね。絵本みたいな話? 好きな本ならあるよ。古代文明の話なんだ。暗黒時代より昔のその世界では、魔法が今よりはるかに発展していて、本当に何だってできたんだってさ。古代魔法があれば、魔王なんて楽勝なんだ」
違う、聞きたいことは、そういうことじゃない。
でも、ユリウスは楽し気に古代文明のことを語った。
ユリウスは……私と同じような転生者ではないのかもしれない。
他の世界のことを聞いて、肯定したり、否定したり、はぐらかしたりすれば、まだ疑いは残る。けど彼は、質問の意図さえよく理解していないようだった。
「尋問は終わりかな、探偵さん」
「まだ! まだあるわ。最後に一つだけ」
「そう来なくちゃね。僕は絶対、仲間の居所は吐かないぞ。なんたって勇者だから」
「何の話よ? 私が聞きたいのは……」
少し躊躇ったけど、やっぱり気になる。聞かなくちゃ。
「どうして私と初めて会った時、あんなに哀しそうな顔をして、抱きしめたの?」
今までの質問とは、明らかに反応が違った。
ユリウスは一瞬、固まって、口元に手を当てて考え込んだ。
「どうして? どうして……そうか。それはそうだね。君がそう思うのは当然だ」
「そうよ。紳士としてあるまじき行為だわ。私には聞く権利がある」
「君が……」
「私が?」
「か、可愛かったから」
ユリウスはそう言って、頬を染めて目を逸らした。




