もっと知りたい
ユリウスは初対面で私に抱き着いた理由を、可愛かったから、とだけ説明した。
「は、はぁ?」
「……うん、結局、そういうことだよね」
それで納得できるわけがない。
「何を勝手に納得しているのよ。全然おかしいわ。可愛いって……可愛いからって、目についた女に手当たり次第、勝手に抱き着いたら、駄目に決まってるじゃない!」
「おい、誤解だよ! 僕は誰にだってそんなことする変態だと思ってるの? まさかだよ。君以外にそんなこと、するわけないじゃないか!」
「だから、私だったらやっていいなんてことにはならないでしょ!」
「それは、その通りだね」
予想外にすんなり引き下がったかと思えば、ユリウスはゆっくりと席を立った。
さすがに変態扱いされて、気分を害したのかしら。でも、私、別に、間違ったこと言ってないし。
「無礼を詫びます、フィリア嬢」
ユリウスは座っている私のそばに跪くと、女王にでもするかのように、深く頭を垂れた。
「一時の気の迷いで、あなたの尊厳を傷つけてしまいました。初対面の男に抱き着かれ、あなたの心を傷つけた罪、贖っても贖い切れません。このユリウス、どんな沙汰でも受け入れましょう……」
「別に、そこまでしろとは……言ってないけど」
「寛大なお心遣いに、感謝いたします」
形式ばった謝罪を終えると、ユリウスは立ち上がって、改めて言った。
「本当に悪かった。もう二度と会えない古い知り合いに、君がよく……似ていたんだ。それで、つい。許して欲しい」
「そういうことだったの? なら、最初からそう言ってくれればよかったのに」
「まだ自分でも、心の整理がついていないんだ」
ユリウスは胸に手を当てて、苦しそうに笑った。
この若さで、既に誰か大切な人を失ったのだろうか。
さっきの話を聞いている限り、そんな経験を積んでいてもおかしくはなさそうだ。だとしたら、悪いことを聞いちゃったかな。
「別に、謝らせたかったわけじゃないわ。ただ知りたかっただけよ」
「それじゃあ、僕は合格?」
「何によ?」
「わからないけど、聖女の試練?」
「じゃあ、合格でいいわ」
「やったね。それじゃあ、次は僕の番だ」
そう言うとユリウスは、こちらに気づいたリオンに手を振り返してから、再び席に着いた。
「何を悩んでいるの?」
「そんなに悩んでいるように見えた?」
「すっごい大きいため息を漏らしていたね。僕も吹き飛ばされるかと思った」
「そんなに大きいわけないでしょう!?」
「とにかく、それくらい悩んで見えたってこと」
ここまできたら仕方ない。私も散々ユリウスを質問攻めにしたことだし、素直に答えることにしよう。
「婚約が決まったのよ。それで、聖女を目指すべきかどうか、決められないの」
「婚約……? 君が?」
「何よ、私に婚約者がいることが、そんなに意外?」
「いや……逆だよ。度胸のある奴もいるものだなって」
なんか凄く失礼なことを言われた気がしたけど。
反論しなかったのは、ユリウスの声色が妙に怒りを含んだものだったからだ。
「相手は誰?」
「それはまだ……正式な発表の前だから」
私ははぐらかしたけど、ユリウスは引き下がらなかった。
「ディルーグ?」
「ど、どうしてそう思ったの?」
「……の野郎」
ユリウスは声を低くして、小さく呟いた。
その言葉は勇者と思えないほど、殺気を含んだものだった。
少なくとも、将来ともに冒険する仲間に向けたものではない。
「ユリウス……?」
「ごめんごめん、こっちの話。つまり、君は結婚してこの地に残るか、聖女になって魔王を倒す旅に出るか、迷ってるってことだね」
「そういうことよ」
「君は、君自身は、どうしたいの?」
「私は……」
本当は、答えなんて出ているのかもしれない。私は記憶を取り戻してからずっと、聖女になるために努力してきた。
ディルーグやユリウスを信じていないわけではない。だけどこの目で、物語の行く末を見届けたい。
だって、もし、ユリウスとディルーグを見送って、彼らが殺されてしまったら?
一緒に行くこともできたのに初めから行かず、ただ訃報を受け取って喪服を着て、未亡人になれっていうの?
そんなの、ありえないでしょう。でもそれを選択したなら、あり得ることだ。
「聖女になりたい」
「そうか。それなら、そうすればいい。何を迷うことがあるの?」
「ディルーグは、私を守りたいんだと思う。多分。どうしてかは、わからないけど……それだけは確か。ものすごく鍛錬して、強くなっているみたいだし、足を引っ張りたくはないわ」
「やってみて、駄目なら、またやり直せばいい。生きてさえいれば機会はいくらでもあるさ。大丈夫、君が僕と旅立つにしても、彼と旅立つにしても……絶対に君を死なせやしない。必ず」
「でも、そんな保証はないでしょう?」
「いいや、ある。僕たちを信じて欲しい。でも、僕と彼は、根本的に考えが違うようだ。一度、徹底的に話し合わないとね」
「やっぱり二人は知り合いなの?」
「まあね。その話はまたにしよう。とにかく……」
「僕の考えでは、冒険は……かけがいのないものだ。そこで出会う人、物、景色、経験。奪われて戻らないもの、そして、奪わなくてはならないもの。全部全部、覚えて、心に留めて僕という人間の一部になるんだ」
「そういうものかしら。私にはわからない……言っている意味はわかるけど、実際に命の危険がある冒険をしたことなんてないんだから」
「確かに冒険には危険が伴う。だけど、危険を冒してでも、前に進む価値がある。魔王を倒すって結果が、全てじゃない。もし魔王を倒すだけで済むのなら、僕は本当の意味での勇者になんて、永遠になれないだろう」
本当の意味での勇者、か。そんなの、王家に認められた時に、なれるものではないの?
よくわからないけど、ユリウスにとっては違うのだろう。
でも、なんとなくわかった。
わからないから、知りたい。危険を冒してでも、解き明かしたい。
たった今、ユリウスの言葉を聞いて抱いたその気持ちこそ……冒険と言うものの原動力なのかもしれない。
私は……もっと知りたい。深く。
ユリウスのことも、ディルーグのことも、この世界のことも。
ただ遠くから眺めて、奥深くに触れられないまま、一生を終えていくなんて、嫌だ。
「ありがとう、勇者候補さん。私も、心が決まったわ」
「その顔は……決まったようだね」
「ええ」
「聖女になるのを諦めて、結婚することにしたんだろう?」
「は? いや、違うわよ! そういう顔じゃなかったでしょ!?」
「そうかなぁ。難しい顔をしていたけど。どんな顔していたっけ? もう一回やってみて」
「こうよ!」
私は精一杯、凛々しく、誇り高い顔をしてみた。
「変顔?」
「おい!」
「冗談だよ。でも、その選択をしてくれて、僕も嬉しいよ」
「あんたってさぁ……」
冗談を言ったと思えば、急に真面目になったり、達観したことを言ってみたり……
掴みどころのない性格だ。ユリウスって、そんな設定だったっけ。
私のことをからかって、遊んでいることだけは確かだ。
「悩みも解けたみたいだし、僕は行くよ」
「もう行くの? また鍛錬?」
「いいや、少し野暮用ができた。話をつけてくる」
「そう。また会える?」
「当然。聖女になるんだろう?」
「でも、なれると決まったわけじゃないから……」
ユリウスは、私が聖女になれるとも、なれないとも言わなかった。
「その時は、迎えにいくよ」
ただそうとだけ言って、また、私の元を去っていった。
こうして、私はディルーグと婚約したまま、聖女を目指すことを決意したのだが……
聖女になる為に住み込んだ修道院で、ユリウスの言葉を疑ってしまうほどの、命の危機に瀕することになるのだった。




