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第8話 変態メイド戦闘

アルベール様が、一瞬で距離を詰める。


人間の脚力では不可能な加速……ではない。

具足の関節補助が、踏み込みの瞬間だけトルクを上乗せしている。

人間の可動域の範囲内で、最大効率の踏み込みだ。


俺はレンズでとらえた映像を解析しながら、

脳内でスロー再生させる。


重心のわずかな沈み。

視線の誘導。

肩の筋束の収縮。


──肩を狙った突き。

だが、前脚の膝角度が深すぎる。

これは“突きの姿勢”ではない。


(……フェイク。実際の軌道は──)


膝への斬り下げ。


人間の関節構造上、

肩突きの姿勢から膝へ切り下げるには

股関節の内旋と膝の屈曲が同時に起こる。

その“同時性”が、わずかに動きに滲んでいた。


分析完了。


(斬り下げを弾き、

 そのまま首元で刀を寸止め……で終わりですね)


俺は刀をわずかに傾け、

アルベール様のレイピアの軌道を“外側へ滑らせる”角度を取った。


衝突ではなく、逸らす。

非致死性の制圧として最適な選択だ。


これで俺とライルお坊ちゃまとの甘美な生活が始まる──


そう思った瞬間だった。


アルベール様の踏み込み速度が、ほんの一瞬だけさらに跳ね上がった。


人間の筋力では不可能な加速。

だが、具足の関節補助が“体重移動の瞬間”だけトルクを上乗せし、

重心が滑るように前へ移動する。


(……重心が変わった。狙いは──)


俺の剣の“持ち手”。


驚きと同時に、俺も軌道を修正する。


通常の受けでは衝撃が大きすぎる。

だから、刃をわずかに傾けて“力を逃がす角度”を取った。


だが──その瞬間、予想外の事態が起こる。


金属同士がぶつかる乾いた音。

そして、手に伝わる微細な振動。


(……罅?)


視線を落とすと、俺の最新世代の刀の表面に

髪の毛ほどの細い亀裂が走っていた。


第三世代の超合金が、

最新世代の超合金に罅を入れるなど、本来ありえない。


だが──アルベール様のレイピアは

補助機構による加速と、人間の最適角度が重なり、

一点に過剰な応力を集中させていた。


俺は一瞬だけ、アルベール様を見た。


兜の奥の瞳が、静かに笑っていた。


俺は刀を引き、深く頭を下げる。


「アルベール様。

 今の御技、恐れ入りました。


 私ごときが軽々しく口にすべきではなかったと痛感しております。

 どうか、先の無礼をお許しくださいませ」


武人としての技量を正しく評価したうえでの礼だった。


アルベール様は、わずかに顎を上げる。


その仕草は、

「よい。今度はお前から攻めてこい」

と無言で告げる武人のそれだった。


俺は先ほどのアルベール様の動きを学習し、

関節角度、重心移動、踏み込みのタイミング──

すべてを最適化して再現した。


それがアルベール様の言いたかったことなのだろうと察したからだ。


アルベール様はその一撃を受け流し、

わずかに目を細めて告げる。


「……気付いたか?」


「はい。今の動きにございます。

 アルベール様の攻勢を防いだ技は、

 私が自ら研磨したものではなく、あくまで“学習した型”にすぎません。


 もちろん、今の技術ならば複数の流派を複合し、

 さらに進化させることも可能です。


 ですが──それすらも、きっと“綺麗すぎる”のでしょう」


「そうだな」


アルベール様は静かに頷く。


「それこそが、AIと人間……武人との差だ。

 とはいえ、こうも容易く真似されては……

 儂としても思うところがある。

 すぐに差が埋まってしまいそうでな」


そう言って、かっかと笑った。


俺は刀を胸の前で立て、深く礼を取る。


「御冗談を。

 まだまだ手の内がおありのご様子。

 このイリスに──ぜひ、その深奥をご教授くださいませ」


そこまでだ!


ケイン様の声が鍛錬場に響いた。


「……え?」


思わず振り返る。


「試合はここまでとする」


「ですが、まだアルベール様を病院送りにしておりません。

 ユニーク・メイド、お坊ちゃま専属の立場は……?」


「お待ちください。今すぐにアルベール様を寝かしつけますので!」


慌てて前に出ようとした俺を、ケイン様が手で制した。


「いや、その必要はないよ」


落ち着いた声だった。


「護衛としては、クリフの剣を防げるだけで十分だ。

 それに……他に見たかったところも確認できたしね」


ケイン様は意味深に目を細める。


「むしろイリス。

 もし君が“手段を択ばず”クリフと戦っていたら──その時点で失格にしていた」


「倒すだけなら、色々手はあっただろう?」


「はい、そうですね」


俺は素直に頷く。


「ただ命を奪うとまではいかなくても、

 クリフ様の身体に重大な問題が発生するものばかりでございますが」


「……今後のため、参考程度に聞いておこうか。

 それを使っていたら、クリフはどうなっていた?」


「そうですね。

 身体の一部が塵になるか、バラバラになるか、蒸発するか……でしょうか」


ケイン様は額に手を当て、深く息を吐いた。


「……使わないでいてくれてよかったよ」


「イリス、君をライルの専属──ユニーク・メイドとして認めよう。

 息子をよろしく頼むよ」


「ケイン様、ありがとうございます。

 このイリスに、ライルお坊ちゃまのすべてをお任せくださいませ」


「ライル。イリスの扱いはお前に任せる。

 領主の跡継ぎとして、手綱を握って見せよ」


「はい、父上。承知いたしました」


ライルお坊ちゃまが、こちらへ歩み寄ってくる。

その顔には、年相応の柔らかな笑みが浮かんでいた。


「イリス、これからよろしくね」


差し出された小さな手。


「はい、ライルお坊ちゃま。

 このイリス、身命をとしてお坊ちゃまのために働いてみせます」


俺は両手でその手を包み込む。

同時に、掌の内部構造を極小のマッサージユニットへと変化させ、

疲労を和らげるように優しく揉みほぐした。


「……あっ、気持ちいい……

 でも、イリス……今はその……手を離してくれないかな」


「承知しました、ライルお坊ちゃま」


名残惜しくも、そっと手を離した。


「イリスの部屋は、ライルの寝室に隣接する前室──控えの間としようか。

 護衛としての役割もあるしね」


「そんな……!

 完全同室、ベッドの横に簡易ベッドではないのですか……?」


思わず声が出た。


ケイン様は苦笑しながら首を振る。


「いや、ほら……ライルも年頃だしね」


ライルお坊ちゃまも、頬を赤らめて視線を逸らした。


「ごめん、イリス。

 ちょっとそれは……僕も困るんだ」


「……はい。承りました」


俺は残念そうに、しかし従順に頭を下げた。


「実際の業務は明日からでよい。

 今日はゆっくり休むといい」


ケイン様の言葉に、俺は静かに礼をする。


こうして──

俺の、ライルお坊ちゃまの部屋付き専属メイドとしての

甘美な生活が幕を開ける……いや、開けさせてみせるのだった。

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