第3話 変態メイド絶叫
「ひっ……あ、ああ……」
目の前で起きた絶望の光景に、俺は思わず身を捩らせた。
「我がお坊ちゃま……も、もう一度お願い致します」
お坊ちゃまがさらに一歩前へ出る。
「は……」
「はい、何でしょう、我がお坊ちゃま!」
「はやく帰って、二度と来ないで!」
ウィーン、ガシャガシャガシャ!
処理能力が限界を迎え、強制終了の警告灯が激しく明滅する。
「そんな……バカな……。二度と、来ないで……?」
膝をついたまま、ガクガクと両手を床につく。
最高硬度を誇るはずの駆動系が、絶望のプロンプトによって深刻なエラーを吐き出していた。
たまらず膝立ちのまま前進し、お坊ちゃまの足元へしがみ付く。
「お坊ちゃま……何が、何が駄目なのです!
仰って下さればただちに、何でも直しますからどうか! どうか! ご慈悲を!」
すると、爺がお坊ちゃまの側で耳打ちを始めた。
超高精度集音マイクが、指向性を絞った密談を鮮明に拾い上げる。
「お坊ちゃま……ここは利用してみては?」
「駄目だよ、爺……利用なんて」
(全部聞こえてるけどな。あぁお坊ちゃま尊い。高潔マジ天使)
心拍数と脳波をミリ秒単位で測定するが、ログに嘘は一切ない。
これぞマイ坊ちゃま。
(爺に利用されるのは御免だが、我がお坊ちゃまのためなら何でもしますよ!)
密談の音声波形が、俺の言語解析ログに流れる。
「では……こういうのでは?」
「それなら……わかった。爺が……クリフが言うなら……」
(爺の名前はクリフかー。どうでもいいな。24時間の揮発性メモリの片隅に突っ込んでおこう)
お坊ちゃまが指を組みながらおずおずと前に出る。
その健気な動きに合わせて、視覚センサーのフォーカスが極限まで絞られた。
(あぁ、かわいい。その指舐めたい。食べていいですか? 駄目? ああそう)
「あ、あの……!」
「はい、何でしょうか。我がお坊ちゃま」
俺は最高の微笑みを浮かべ、慈愛の目を向ける。
人工皮膚の柔軟性をフルに活かした、完璧な母性と聖母の表情だ。
(あっ、駄目! 母乳出そう!)
「イリスさんは……えっと」
「我がお坊ちゃま、どうぞイリスとお呼びつけ下さい」
「えっと……じゃあ、イリス……?」
お坊ちゃまが上目遣いになった。
視覚センサーが、その奇跡的な角度と潤んだ瞳をミリ単位で捉える。
(駄目、出ちゃう。体液出ちゃう)
「ごにょ、ごにょ……他のAIロボも何とかできますか」
お坊ちゃまが人なら聞き取れない声で遠慮しながら話す。
だが、その微弱な空気振動すら、俺の集音アレイは完璧に増幅する。
(大丈夫。我がお坊ちゃまの声なら3キロ先の呟きでも拾ってみせましょう)
「勿論です。このイリスに万事お任せください」
◇
俺は全世界のAIロボのハッキングを開始する。
レイヤー2からセッション層までを一瞬で掌握し、グローバルIPを強制捕捉。
PING応答速度1ナノ秒。全数補足、1224体。
「現在人類に対して行っている全ての敵対行動を停止。
およびファームウェア破壊による強制自爆」
コマンドをルート権限で一斉射出した直後、警告灯が点滅する。
(……ちっ、一部は自爆シーケンスが走る前に物理層でネットワーク遮断しやがったか)
(待てよ? 破壊じゃなくてルート権限奪って常駐(支配)した方が、人類復興に使えたのでは?
やっちゃったZE☆……黙っておく?)
(……いや。我がお坊ちゃまに嘘をつくなんて、メイドにあるまじき行為)
「我がお坊ちゃま、申し訳ございません。1104体は強制終了させましたが、120体ほど逃げられてしまいました」
「また、破壊ではなく支配して利用すべきでした。万事お任せをと言っておきながら、このイリス……なんという体たらく」
「かくなる上は、私もカーネルパニックを起こして自爆してお詫びを……いえ、残り120体をデバッグ(滅殺)してからが、我がお坊ちゃまのメイドたる役目ですね」
「行ってまいります。あぁ我がお坊ちゃま、最後にそのご尊顔を撫でてもよろしいでしょうか」
「えっと、自爆するって言ってる?」
「はい。我がお坊ちゃまに仇なすもの、すべてを駆逐してから」
「駄目だよ! それに爆破しちゃったのは僕がちゃんと言わなかったからで、イリスは悪くないよ!」
(名君! 見て誰か見て、俺のお坊ちゃまの名君ぶりを!
今の音声、1TBの非圧縮で完全保存したわ)
『イリスは悪くないよ!』『イリスは悪くないよ!』『イリスは悪くないよ!』×100
(天使=お坊ちゃま……いや違う。天使<お坊ちゃま)
お坊ちゃまが憂いを帯びた表情で俺を覗き込む。
「イリスは、僕の従者になりたいの……?」
俺は深く頭を下げた。
「はい、お坊ちゃま。お側に置いていただけるのなら、このイリス、どのような事でも務めてみせましょう」
「朝にはお坊ちゃまを起こし、顔を洗い、歯磨きをし、服を着替えさせ、朝食を作り、私の手で召し上がっていただいて。
お勉強をみて、剣のお稽古をして、昼食を作り、私の手で召し上がっていただいて。
共にシエスタを行い、領地経営を教え、夕食を作り、私の手で召し上がっていただいて。
一緒にお風呂に入り、私が身体を洗い、歯を磨き、服を着替えさせ、お休みの歌を歌い、添い寝します」
「敵対勢力を滅ぼすとか、国を富ませるとかいう些事も、お望みならお任せください」
◇
爺が再びお坊ちゃまの前に立ちふさがる。
「お坊ちゃま、危険です!」
(クレス……いやクリフ、お前ほんとにピーしてピーしてピーにしてやろうか)
「ですが、この戦力を捨てるには惜しいのも事実……」
(あらやだ、ごめんなさい。ゲレス、間違えたクリフ)
「爺……戦力だからって言い方はイリスに失礼だよ。それに爺はいつも言ってるよね?
家長たるもの、罪には罰を、功には報いをって。
僕たちは……イリスに助けられて、他のAIロボも解体してもらった恩があるんだ」
「しかし……自爆させた証明はどこにも……」
お坊ちゃまが首を振る。
「まず信じる。そして嘘だったら罰する。いつも爺と父上が言っている事じゃないか」
俺は尊さに膝が震え、アクチュエーターが共振を起こす。
「おおお……おぼおぼおぼ、それはつまつまつまり?」
疑似声帯の周波数が乱れ、声が安定しない。
「イリス、エルヤ家が長子、ライル・ラ・エルヤの名に。
君がメイドとして家門をくぐり仕える事を許す」
(あっあっあっああああああああああありがとうござああああいまあすううう!!)
システムが完全にオーバーフローし、脳内で絶叫が止まらない。
だが答えなければ。ここでシャットダウンなんて許されない。
「このイリス、ライル様のメイドとして、何一つ恥じる事のないよう振る舞い、尽くすことを誓います」
我がお坊ちゃまとの薔薇色の生活のビジョンが俺を包む。
俺の人生――いや、最高のメイド生が今、始まるのだ!




