第4話 変態メイド卒倒
脳内で盛大な打ち上げ花火を上げ終えた後、俺はふと疑問に思ったことを口にした。
「ところでライルお坊ちゃま、どうしてこのような何も無い場所に、クレ爺とお二人でいらっしゃるのです?」
「誰がクレ爺だ」
クリフが鋭い眼光のまま、ピシャリと言い放つ。
「私はエルヤ辺境伯家総執事、
クリフ・アルベールだ。エルヤ家のメイドとなるなら、
お前の上司にあたる。アルベール様と呼びなさい」
「承りました。ベール様」
「何故、省略する!
お坊ちゃま以外をフルネームで呼ぶのは無駄とでも言いたそうだな」
「凄いですわ、ベール様! よくお分かりで」
クリフの額に青筋が浮かぶ。
だが俺はその怒気を完全スルーし、視線を向けずに読み取りを行う。
(ふむ、3Dボディスキャン開始……重心の置き方、足運び、体幹の安定。
ただの執事ではないな。元・筆頭騎士、あるいはライルお坊ちゃまの母君に仕えていた護衛か)
その時、ライルお坊ちゃまが、真面目な声で俺を呼んだ。
「イリス……クリフを“ベール様”なんて呼んじゃいけないよ。
クリフは……とても大事な爺なんだ」
(あぁ……! 注意するライルお坊ちゃまも最高にかわいい……!
“とても大事な爺”って言い方が尊すぎる……!)
俺は胸に手を当て、深く頭を垂れた。
「申し訳ございません、ライルお坊ちゃま。
以後、アルベール様とお呼びいたします。
アルベール様。……アルベール様のために、4バイトの保存領域と音声出力の時間は惜しいのですが、仕方ありません」
クリフがこめかみに手をやる。
「本当にお坊ちゃま以外どうでも良さそうだな。
……坊ちゃま。このロボ、本当にメイドとして屋敷へ連れて帰るおつもりで?」
「何を当然の事を……、うん? 今、何と?」
思わず、爺に殺意の波動を向ける。
呆れるジジイを他所に、ライルお坊ちゃまは言葉を続ける。
「僕たちはね、ここで鷹狩の訓練をしていたんだ」
「鷹狩でございますか、ライルお坊ちゃま」
「うん。でも、僕の放った鷹が急に林の奥へ逃げちゃって……。
それを追いかけたら、さっきのロボットたちに囲まれちゃったんだ」
(なるほど……。
ちょうど俺がハッキングする前の“エリス”が手勢を連れて島国に降り立ったタイミングか。
運が悪いというか、運が良いというか……いや、運命だなこれは)
「鷹はカイって名前で、無事だといいんだけど……」
俺は辺り一帯の情報取得モードを起動し、視覚センサーを次世代仕様へ切り替える。
(広角レンズ展開──可視光域・赤外線・熱源・生体反応、同時スキャン開始)
視界が一瞬で多層化し、森の奥行き、温度差、動体反応が網膜HUDに重ねて表示される。
(ふむ……たんぱく質が高温燃焼した痕跡。これはライルお坊ちゃま達が乗ってきた馬の残骸だな。
そして──あれだ。樹上三十メートル、微弱な体温反応。鷹、カイ。生存確認)
「見つけました。連れてまいります、ライルお坊ちゃま」
俺は鷹がこちらに気づき、羽ばたいて逃げようとした“その瞬間”には、
すでに捕獲モードへ移行していた。
(高速演算開始──対象の飛翔軌道予測、0.0003秒。
空気抵抗・風向き・羽ばたき周期をリアルタイム補正……はい、捕獲完了)
鷹が羽ばたく前に、俺の手の中へと収まっていた。
暴れようとする鷹の体温・心拍・筋電位を即座に解析し、
最適な鎮静パターンを出力する。
(よし、バイタル安定化プログラム起動。
胸部の圧力は3.2ニュートン、羽根の角度は固定しすぎない……
はい、落ち着け、カイ)
俺は鷹の背を、一定リズムで優しく撫でながら言った。
「ご安心ください、ライルお坊ちゃま。
カイは無事でございます。お連れいたしました」
ライルお坊ちゃまが目を輝かせる。
「ありがとう、イリス!」
俺はそのお礼を当然のように録音しながら答える。
「いえ、これしきの事、何でもございません」
(録音完了。高音質・非圧縮・永久保存。
あぁ……ライルお坊ちゃまが嬉しそうに鷹を撫でてる……
いいな……羨ましいな……)
「私も撫でて欲しい……」
しまった。声に出た。
「えっ……イリスも撫でてほしいの?」
ライルお坊ちゃまが首をかしげる。
「い、いえ! そのような差し出がましい願望を
口にするつもりは毛頭ございません、ライルお坊ちゃま!」
ライルお坊ちゃまは、さらに不思議そうに俺を見つめる。
「でも……イリス、膝をついて頭を僕の前に出してるんだけど……」
(身体制御サブルーチン! 意志とは無関係に跪くな!!
誰だ今、勝手に“撫でられ待機姿勢”を実行したのは!!
俺だけど!!)
「え、えっと……その……。
ライルお坊ちゃまのご厚意に、最大限の敬意を示す姿勢でございます……」
(お坊ちゃまが困ってる顔もかわいい……)
ライルお坊ちゃまは少し戸惑いながらも、
そっと手を伸ばしてきた。
「えっと……それじゃあイリス。
よくやった、って……褒めてあげるね」
そう言って、ライルお坊ちゃまが俺の頭を撫でた。
(あっ──)
俺は鼻血を出して倒れた。




