第17話 変態メイド改造(前)
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ライルお坊ちゃまがお休みになってから、
俺は料理長に手ほどきするため、厨房へ向かった。
ケイン様からの依頼を遂行するためだ。
料理長が眉間に皺を寄せ、渋い顔でこちらを見る。
「……あんたが、ライルお坊ちゃまの専属メイドになったっていう……」
そこで言葉が一旦止まる。
「はい。イリスでございます。
これからよろしくお願い致します」
「あぁ……俺は料理長のダンだ。
親父も料理長をやっていてな。
ケイン様とは鼻水垂らしてた頃からの付き合いだ」
「なるほど。ダン様でございますね」
「ダンでいい……人に物を教えてもらう立場なんだ。
だが、俺もあんたをイリスと呼ぶが、それでいいだろう」
「承知しました、ダン。
それで結構でございます」
ダンは腕を組んで俺──イリスを見た。
「しかしAIロボか……初めて見たが、すげぇな。
耳が長いこと以外、人間にしか見えねぇな」
「そうなのでございますか?
王都には、まだ昔のAIロボがいると聞きましたが」
「王都にいるっつっても、王城で“神様”扱いだ。
俺は王都に行ったことがねぇ。
食材は領で取れるもんしか使わねぇからな」
「さて、夜も遅いし、話してばっかりでも仕方ない。
ケイン様からは“料理が旨くなる方法を教えてくれる”って話だが?」
「はい。まずはこちらをお渡しいたします」
俺はダンに、天然の重曹から結晶化させた
純度99.8%の炭酸水素ナトリウムを手渡した。
「こりゃなんだ? 何に使う?」
「ステーキの場合──
お肉二百グラム……これくらいの量ですね。
重曹・小さじ二分の一、水・大さじ二で
二十〜三十分漬け込むと……いえ、お肉が柔らかくなります」
「ハンバーグの場合は?」
「四百五十グラム……これくらいでしょうか。
小さじ四分の一を混ぜ入れます」
「そんだけか……簡単だな」
「はい。ダンなら、すぐに目分で適切な量が把握できるでしょう」
「ダンならって……
イリスに何がわかるってんだ?」
「その手の傷と、料理で出来たタコですね」
「……くっくっ。そんな所見てるのかよ。
随分と人間くせぇな。
まぁ、任せとけ」
「では、次でございます」
俺は次に、野生の乾燥キノコやトマトから抽出した
「グルタミン酸」、乾燥肉の端材から精製した「イノシン酸」。
かすかに光る半透明の微結晶──純度100%の旨味成分を渡した。
「スープなどに適量、追加してください。
味の奥行が広がります。
ただし──大量に入れればよいというものでもございませんので、
これも“適量”を覚えてください」
「そして……あちらをご覧ください」
「あぁ、見たことないもんが厨房にあったから気になってたが……
ありゃあなんだ?」
「浄水器でございます」
(竹を酸素なしで一瞬で蒸し焼き──乾留。
そこへ高温高圧の水蒸気を吹き付けて活性化。
多孔質の炭化フィルター完成)
(紙を一度溶かして繊維を再構築。
隙間を数マイクロ以下にしてセルロースナノファイバー化。
HEPA代替のナノデニール積層フィルターも作成)
(竹筒に順番に詰めて上から水を落とすだけで──
不純物99.9%除去の清水が下の鍋に溜まる。
飲料適水基準クリア)
「こちらを通した水は、料理にも飲料にも適しております」
「後は、バターや牛乳については……
ライルお坊ちゃまの分をご用意する際に、
新鮮な物を提供いたしましょう」
「わかった、感謝しよう。
しかし……こりゃすげぇな……」
ダンは浄水器の水を一口飲み、
スープをかき混ぜ、ステーキをつまんでいた。
「試しに使ってみたが……
イリスの浄水器で濾した水は臭みがねぇし、
この……旨味? のパウダーを追加したスープは、
今までにない味わいだ。
重曹のステーキは驚くほど柔らかい」
そこで、ふと真顔になる。
「……いいのか?
こんな貴重なもんをくれちまって。
俺にとっちゃ、技術や製法なんて命くらい大事なもんだ」
「……良いのです」
少しだけ言葉を選んだ。
「この程度──と言っては、ダンに失礼になるかもしれませんが」
「この製法でダンがケイン様とリナ様の調理を担当してくだされば、
私はそれだけ……ライルお坊ちゃまだけを見ていられます」
(それが一番大事なんだ)
「良いですか?
私はライルお坊ちゃまだけを見ていたいのです。
だから、むしろこちらからお願いしたいくらいでございます」
(俺から提供できるものなら、
“お坊ちゃまとの時間が減らない範囲で”
いくらでも渡す)
ダンがひくひくと片眉を上げた。
「……そ、そうか。
それが本当のイリスなんだな?」
「はい。ご理解いただいて光栄にございます」
料理長への技術提供という名の、料理の改造は完了した。
(さて……次に必要な改造を考えるか)
俺は静かに無表情で思考を巡らせた。
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