第12話 変態メイド改善(中)
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【09:00】座学
俺はお坊ちゃまの隣に静かに腰を下ろした。
「……何で、イリスが?」
「ふふ。今日は私も、ライルお坊ちゃまと一緒に
“生徒”になるのです。
許可は頂いております。よろしくお願いしますね──
先生」
家庭教師を務める男が、露骨に狼狽した。
「あ、あぁ……ケイン様の執り成しだからな。
仕方あるまい。
だが……妙な真似をするなよ」
(ふふ……妙な真似はしませんよ)
俺は口角をわずかに上げた。
いつも通り、家庭教師が年表を広げる。
その瞬間、俺は静かに挙手した。
「先生。何故、年表を学ぶのですか?」
「それは……過去を知ることは大事だからだ」
「何故、大事なのですか?」
家庭教師が言葉に詰まる。
俺は隣のお坊ちゃまへ、
穏やかな声で問いかけた。
「ライルお坊ちゃまは、何故だかお分かりになりますか?」
「うーん……ごめん、考えたことなかった」
「素直でよろしいかと思います」
俺は年表に視線を落とし、淡々と続けた。
「歴史とは“過去のデータ”です。
どのような行いが失敗で、どのような行いが成功だったのか。
それらを網羅することで──
お坊ちゃまが将来、同じ罠を踏まないようにするためです」
そして、家庭教師へ向き直る。
「……ですよね? 先生」
「あ……あぁ、そうだ」
続いて、社交と王都の複雑なマナー、
そして楽器の基礎の授業へ移る。
「ライルお坊ちゃま。
これらは何故学ぶか、お分かりになりますか?」
「えっと……恥をかかないためかな?」
「はい。それも一つの正解でございます。
流石です、ライルお坊ちゃま」
俺は一拍置いて、静かに続けた。
「今から申し上げる答えが、必ずしも正解とは限りませんが……
データとして申し上げますと──」
坊ちゃまの横顔を見つめながら。
「マナーとは、礼儀・思いやりに通じています。
相手に不快感を与えないための“気遣い”です。
つまり、相手と同等の品位を示すことで、
信頼と評価を獲得する行為なのです」
「楽器などの文化は、
“私はこういった教養を嗜んでいます”という
自己紹介の役割を果たします」
家庭教師が息を呑む。
「極端な例ではございますが──」
俺は軽く手を上げ、例示する。
「お坊ちゃまの目の前に現れた人間が、
『俺は優しい!』『俺は礼儀正しい!』『俺は賢い!』
と口で言ったとして……
お坊ちゃまは、そう思えますか?」
「うーん、難しいかも?」
「それらを“示すこと”。
また、それらを“示す努力ができる人間”であることを
証明するために必要なのです」
ライルお坊ちゃまが、こくりと頷いた。
「さて、次は──他国の言語や状況を学ぶ理由ですね。
こちらも、何故だかわかりますか?」
「仲良くするためじゃないの?」
「はい。それも正しいです」
俺は静かに続けた。
「敵視するためだけではなく、
戦争を避け、対等な貿易や交渉を行うためです」
「ライルお坊ちゃま。暗記も大事ですが──」
お坊ちゃまの瞳をまっすぐ見つめる。
「将来の辺境伯として“ビジョン”を持ち、
生き抜くための戦略思考として、
何故学ぶのか。
自分が何を学ぶべきかを考えてください」
「今日学んだことが、未来を創造します。
そうすれば──いつか人類はまた、
私のような存在を生み出せる日が来るはずです」
「その時は……今度は人類に敵対しないようにしないとだね……」
「そうです! お坊ちゃま!
それが“歴史に学ぶ”ということです!」
俺は賞賛の気持ちを抑えきれず、
ライルお坊ちゃまを胸に抱き寄せた。
「イリス! 離れて! 先生が見てる!」
その後も授業は続いた。
脳をフル回転させたライルお坊ちゃまは、
次第に限界を迎え、
こくり、こくりと舟をこぎ始める。
そのたびに俺は、
お坊ちゃまの“顔の周辺だけ”を
そっと冷気で包み、気温を数度下げた。
頬に触れるひんやりとした空気が、
お坊ちゃまの眠気を奪っていく。
お坊ちゃまは一瞬びくりとし、
また姿勢を正す。
(……ふふ、目が覚めましたね)
【13:00】昼食
「本日はこちらをご用意いたしました。
ミディアムレアステーキ・特製オニオンソースがけ、
もちもち食感の白パン、
人参とジャガイモのグラッセでございます」
料理長が熟成させた野生牛は工夫されているが、
それでも筋繊維の結合が強く、
ライルお坊ちゃまの消化効率には不適正。
そこで俺は、山から採掘した「天然重曹」の
ナノミストを肉へ浸透させ、
タンパク質をさらにアルカリ化。
保水力を極限まで高め、
柔らかさを最大化してある。
特製オニオンソースは、
トマトやキノコから抽出したグルタミン酸をブレンドし、
うま味を底上げした。
白パンはソースにつける前提で
バターを控えめにし、
食感をさらにふわふわに。
人参とジャガイモは、
臭み成分をピンポイントで除去してある。
タンパク質、脂質、ビタミン、食物繊維、
そして適度な炭水化物──
お坊ちゃまの成長に最適化した構成だ。
ライルお坊ちゃまがナイフを入れると、
ステーキは力を入れずともすっと切れた。
そして恐る恐る口に運び、目を丸くする。
「何これ……柔らかい。美味しい!
パンも朝よりふかふかだし、
人参とジャガイモも甘くておいしいよ。
イリス、これ昨日と同じお肉なの?」
「はい。私が“加工”しておりますが、
素材は同じものを使用しています。
お肉も、お野菜も、小麦も──
すべて領内で採れたものです」
そう言いながら、俺は飲み物をサーブする。
「ライルお坊ちゃま。お飲み物はこちらを」
海水から電気分解で抽出した
“純粋な二酸化炭素”を、
完全ろ過した純水へ超高圧で瞬間注入。
パチパチと泡が弾ける、
喉越し最高の“強炭酸水”をノータイムで生成する。
「これは何?」
「炭酸水でございます。
以前、天然のものを飲まれたと伺っております。
その時よりも強く弾けますので、ご注意ください」
「うん、ありがとう!
すごい、口の中がシュワシュワする……
面白いし、美味しい!」
ライルお坊ちゃまの幸せそうな笑顔に、
胸が温かくなり、目じりが下がる。
(きゅんきゅんするぅ……)
リナ様が俺に声をかけられた。
「イリス、明日から“私には”ライルと同じものをお願いね」
「はい、承りました」
ケイン様が何か言いたげにリナ様を見つめる。
しかし、リナ様がにっこりと微笑み返すと──
その無言の抗議は、そこで終わった。
(改めて……ご愁傷様です、ケイン様)
まだまだ改善──
ライルお坊ちゃまへのメイド愛は終わりませんよ。
俺は脳内で、そっと袖をまくった。
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