腕輪
トン、と目の前に置かれた腕輪に首を傾げた。装飾はなく、酷くシンプルなデザインだ。それをくれた人は不思議に思っている私を見て楽しそうな笑みを浮かべた。
「これは……?」
「これはここに出入りしてもいいっていう証明書みたいなものですねぇ。主人の情報と本人の情報が書き込まれてるんですよねぇ。高級奴隷専用の特別性ですよ」
「これがあると、どうなるのですか?」
「一人でも施設を利用する事が出来るようになりますねぇ」
「そうですか……」
しげしげと腕輪を見てから、後ろを振り向いた。
「あの、これ……貴方のよ。私が触ってしまったのだけれど、どうぞ」
数メートル離れた場所にいる彼は差し出した腕輪と後ろにいるナタリアさんに視線をやって「投げろ」と一言。
そっけない返事に落ち込みながら、希望通り私は彼に腕輪を投げた。放物線を描き、彼の手に治まったそれは腕に嵌められる。それを確認して、私は書いていた書類を渡した。奴隷くんは名前を教えてくれなかった。
「これで、彼は学園の生徒という扱いになるのでしょうか」
「というよりも、テリセン伯爵家のチュベローズ・テリセンの持ち物という形になるといった方がいいでしょうかねぇ。別に人権が認められていない訳ではないんですけれど、どちらかというとそういう感覚ですねぇ。生徒ではなく、労働力というか」
頷きながらも、奴隷くんの扱いはもう決めているので若干聞き流していた。
「……テリセンさん」
「は、はい」
「私もクラリスちゃんも知っていますからねぇ」
何を?
突然真剣な表情でそんなことを言われて戸惑う。
「だからまぁ、何かあったらクラリスちゃんに相談する事ですよ」
わかりましたね、と念を押される。自分に相談、とは言わないのか。
はぁ、と間の抜けた返事を返した。
「それじゃあ、あの、失礼致します」
奴隷くんは私の後ろを静かに歩き出す。彼は一般男性よりも背が高いので私にとってはすごーくでかい。やってみないと分からないけれど、恐らく私が手を伸ばしてぴょんぴょんしても頭に届かない。
「……」
空を見上げる。高く高く広がっている。
それなのに後ろから威圧されていて、なんだか、物凄く急かされている気分になってくる。更にいえば、後ろから視線がそそがれていて居心地が悪い。追われる獣と追う狩人の図のような。
そろりと後ろを見上げた。
「あの、前を歩いてくれないかしら」
「道が分からない」
「あ、そ、そうよね。ごめんなさい……」
撃沈した。
それはそうだった。彼は学園を全く知らないのだ。そして学園内を案内する役目は主人である私が負っている。前を歩かせてどうするのよ、私。
寮は最後でいいと思う。道すがら、他のところを色々と教えておいたほうがいいわよね。最後に寮へ帰れば、寮を案内した後に出掛けなくてすむ。
よし、と振り返った。笑顔は強張ったかもしれないけれど、笑顔で振り向いた。
奴隷くんは、きょろきょろともの珍しげに周りを見ていた。その様子を見ると、彼は悪い人じゃないんだわ、と思える。私が見ている事にすぐに気づいて眉間に皺が寄って睨みつけられるけれども。
図書館から学園の教室、それから食堂や塔を案内していく。
奴隷くんに質問があるか尋ねたけれど、彼は黙って私を見下ろしただけだった。
背が低いのは元々だから、見下ろされるのは慣れている。
けれど、これほどの美形に無表情で見下ろされる事は初めてなので物凄く気まずいし落ち着かない。
彼の美貌は並外れている。
別に女顔ではないのだけれど『綺麗』という言葉が良く似合う。
保健室での騒動の時も思ったけれど、彼は動いている時など何故か目が惹きつけられる。
私が先導して歩いて行く中で、いつもなら私に気づく生徒の皆さんは初めに奴隷くんに目をやって見惚れて、そしてその横にいる私に気づいて露骨に顔を顰めるというのがワンパターン化している。
「―――ここが寮よ。貴方がこれから暮らすところ」
返事はもう期待していない。
私はそのまま彼を後ろに寮へと入った。ちょっとずつ、この綺麗な内装に慣れてきている。部屋の綺麗さにはまだなれないけれど、この寮の内装はあまり気にならなくなってきていた。
「綺麗でしょう? この間改装したの」
ちょっと我が事のように自慢してみた。
私に自慢できるような事はないので、比喩的な意味だけれど。
奴隷くんは無感情の視線を私に向けるだけで、なんの反応も示してくれなかった。気まずくなり、何処に視線を向けようかと空中へ視線を彷徨わせて、結局下に落ち着いた。
「……えっと、女子側はこちらよ」
彼を伴って女子の部屋に行くのは少しばかり抵抗があった。私が一緒にいるのは別に何も思わないけれど、ここに住むクラスメイト達には彼のことを全く説明していないのだから急に異性が住み始めたら嫌だろう―――あ、そうだった。
……私のせいでこの一階に住んでいる同クラスの人はいない。
そう言えば鉢合わせをしたことが終ぞない。避けられているのだ。今更気づいた。お風呂で鉢合わせたら、少しお話でも出来るかもしれないなんて考えていた自分が恥ずかしい。
―――カチリ
ちょうど、女子寮へ入る直前だった。機械の歯車が合った様な音だ。
「チ……ッ!」
後ろから舌打ちが聞え、そのすぐ後に空気の裂ける様な音。なんだろうと振り向いた光景に唖然とする。
「ええええ……!?」
ついさっき私がいた場所にぽっかりと穴が開いている。ちょうど直径一メートル程の穴。壁の四方に小さな穴が開いている。さっきまで空いてなかったのに。
奴隷くんがいない、と思っていたら、上からまた何かが降ってきた。
「奴隷くん……?!」
奴隷くんが床に着地していた。
上を見上げると天井に靴跡が残っている。
何が起こったのか分からないけれど、彼はこの落とし穴から逃れたのは確かだった。
「な、何が」
学園に入学して以来、初めての出来事にどうしたら良いのかと困っていると、突然近くからビー!と思わず身が強張るような音がし始めた。
「今度はなに?!」
「———警戒音よ。侵入者ありっていうね」
来た方向から声がした。
落とし穴の向こう側に、ツインテールの美少女が警戒心を露わに私と奴隷くんを睨みつけた。




