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花子さんを見ている人たち  作者: れいる
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第2話 金井先輩の恋

花子との出会いで、心の中でのツッコミが増えた先輩。出会った日からじんわりと花子ワールドに浸透されていきます。

高校2年の4月、俺は新入生部活勧誘の歓迎劇に出るために、体育館の舞台袖で死にそうになっていた。

緊張しているからじゃない。

いや、緊張もしている。

だがそれ以上に問題なのは衣装だった。

なぜ陸上部の俺が、こんなヒラヒラした服を着なければならないのか。

陸上部の連中は大笑いしているし、女子マネは「似合ってるじゃん」と適当なことを言う。

全然似合っていない。

俺は鏡を見るたびに帰りたくなった。

出番まではまだ少し時間があった。

衣装のまま体育館の廊下へ出る。

すると、すれ違った女子生徒の声が聞こえてきた。

「あ、今の先輩、ちょー可愛いね」

思わず足が止まる。

誰のことだ。

周りには俺しかいない。

「ねー。あの衣装もなんか可愛い」

友達も笑っている。

可愛い。

可愛いか。

……いや、男に対する褒め言葉としてはどうなんだ。

だが、悪くない。

俺は体育館に戻り、プリンセスをやり遂げた。


それから数日後の昼休み。

売店でパンを物色していると、

「金井颯太選手だ」

という声が耳に入った。

誰だ?

そう思って振り向くと、あの時の後輩だった。

俺と目が合うなり、彼女は何かを察したらしい。

「あ、校内新聞見ました!」

そう言って、人差し指を立てる。

「金井颯太選手。400メートル走の代表!」

なるほど。

だから選手か。

納得していると、彼女はついでのように言った。

「1年の高瀬花子です」

その日を境に、売店や廊下で会うたびに、

「こんにちは、金井選手先輩!」

と声をかけてくる。

何度か、

「選手って‥いらんだろ。」

と返事をしても

「尊敬してますから」と一向に直る気配はない。

もう、好きに呼ばせることにした。


その頃の俺には彼女がいた。

同級生の美咲。

修学旅行前の慌ただしい時期に付き合い始めた相手だった。

とはいえ、陸上部の寮生活は忙しい。

休日のデートなんてほとんどなく、会話の大半は学校の中で済んでいた。

だから花子と話していても、特に気にすることはない。

むしろ美咲がいる時は、美咲への絡みが多く、花子の友人と美咲と花子とケラケラ笑っていた。

ただの後輩。


「金井選手先輩!」

昼休み、売店へ向かう途中で呼び止められた。

「だから選手はやめろって」

「もう定着しました」

してない。

絶対してない。

花子はそんな俺を無視して続けた。

「私、足遅いんですよ」

「知るか」

「今度、体力測定で50メートル走があるんです」

だから何だ。

嫌な予感しかしない。

「10秒切れなかったらどうしましょう」

思わず立ち止まった。

「いや、10秒って」

「はい」

「あり得るのか?」

「わかりません」

真顔だった。

こいつ、本気で言っている。

俺は小さくため息をついた。

「走る時は、自分より速い奴と一緒の組になれ」

「え?」

「前にいる奴を追いかけるつもりで走ると、少しはタイムが上がる」

花子は目を丸くした。

それから、

「なるほど!」

と妙に感心した顔をした。

翌日。

グラウンドの向こうから、

「金井選手先輩ー!」

と手を振っている。

嫌な予感がした。

「9秒8でした!」

「嘘つけ」


3年になってからだった。

グラウンドで花子を見かけることが増えたのは。

最初は偶然だと思っていた。

昼休み。

放課後。

校舎の窓際。

気がつくと花子がいる。

そのたびに、

「あ、金井選手先輩」

と笑うものだから、俺も特に気にしていなかった。

だが、ある日。

俺はようやく気づいた。

グラウンドで花子が見ていたのは、俺じゃなかった。

そして、グラウンド以外でも花子に気づくのは俺の方が早かった事に。

その時になって初めて気づいた。

花子はいつもそこにいると思っていた。

売店でも。

廊下でも。

グラウンドでも。

「金井選手先輩!」

そう呼ばれるのが当たり前になっていた。

だからだろうか。

花子の視線の先に別の誰かがいることが、少しだけ面白くなかった。


卒業式の日。

校舎を出ようとした時だった。

少し離れた場所に花子を見つける。

相変わらず友達に囲まれて笑っていた。

俺は少しだけ迷ってから声をかけた。

「おーい、花子」

花子が振り向く。

「あ、金井選手先輩!」

「花子ー。俺のボタンいるー?」

すると花子は一瞬きょとんとして、

「セーラー服だから要らないですよ」

と言った。

そして自分で言っておかしくなったのか、

ケラケラ笑い出す。

俺もつられて笑った。

「違ぇよ」


最後までそうだった。

こいつは最後まで花子だった。

卒業したら、もうこんな風に呼ばれることもない。

そう思ったはずなのに。

もしもう一度会ったとしても、あいつはきっと笑いながら言うのだ。

『こんにちは、金井選手先輩!』

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