第48話 その日、俺は“推し”の味方になると決めた
俺は、食卓の椅子に腰を下ろし、
目の前で肉じゃがを盛りつける安城に問いかけた。
「なあ、安城……さっき俺のこと“可愛い”って言わなかったか? いや、もしかしたら聞き間違いかもしれんけど」
すると安城は、箸を止めることなく、まるで何もなかったかのようにこちらを見た。
「――言ってないわよ」
即答だった。なんの感情も乗ってない、完璧なツッコミ不可能回答。
だが俺は見逃さなかった。
可愛いと言った直後、安城の顔が――ほんの一瞬、“きゃっ”って表情で真っ赤になったことを。
(いやいやいや、言ってただろ!? しかもあの顔 "きゃっ"て顔可愛すぎだろ!?)
心の中で俺は叫びながら、全力でニヤけた。
(くっそ……あの顔、写真に収めて待ち受けにしたいレベルだわ……!)
そのニヤけが顔面から漏れていたのか、
次の瞬間――
「っ……」
テーブルの下から、不意にグリッと俺の足が踏まれた。もちろん、安城の足によってである。
(いってぇぇぇっ!! お、俺、何も悪いことしてないのに……!)
そんなこんなで、俺と推しの、
ややスリル多めな夕食タイムが進行していく。
でも、せっかくの機会だ。
「推しのことをもっと知るチャンス」として、俺は思いきって切り込んでみることにした。
「安城の父さんって、どんな人なんだ?」
何気なくそう尋ねた俺の言葉に、
安城の手が、スッと止まった。
箸を持ったまま、小さく瞬きをする彼女。
その横顔は、いつもよりほんの少しだけ影が差して見えた。
「……父は、政治家だったわ」
安城は再びこちらを見て、淡く微笑む。
「今はね――」
「意識のない状態で入院してるの。もう、ずっと……母がそばで看病してるわ。
“私たち”は、それぞれ別の場所で暮らしてるの。家族だけど、一緒にはいないの」
“私たち”という言葉に込められた距離感と、
その奥にある孤独を、俺は無意識に感じ取っていた。
何気ない質問が、思いがけず安城の心の奥に触れてしまった。そんな静かな余韻が、俺の胸を締めつける。
静かに口を開いた安城の声は、いつものようなキレ味とは違っていた。どこか淡々と――けれど、思い出を確かめるように、ゆっくりと続ける。
「とても厳しい人だった。家の道場も経営してて……剣道は父から直接教わったの」
そこまで言って、ふと視線が宙に泳いだ。
まるで過去の景色を見ているかのように。
「最後まで……何を考えてる人なのか、よくわからなかったけど」
その表情は、どこか寂しげで――
それは俺の胸の奥に、そっと入り込んできた。
言葉じゃなく、“沈黙”で語るものが、確かにそこにあった。
「……私は、そんな父を尊敬してるわ」
ふいに、安城がぽつりと呟いた。
「父はね、本当にこの国を良くしたいって、心の底から思ってるような――そんな、真っ直ぐな人だったの。」
その時の彼女の表情は、どこか遠くを見ていた。
強くて、凛としていて、でも……少しだけ、寂しそうで。
(……ああ、そうか)
俺は胸の奥で小さく息を呑む。
この一言に、安城がどれほど父親の背中を追ってきたのか、
どれほど複雑な想いを抱えてきたのか――そんな気がして。
……けど、これ以上踏み込むのは、今じゃない。
(俺は……どうやら“推し”が寂しい思いをしてるのが、耐えられないらしい)
ぽつんと見せた寂しそうな表情。
それを見た瞬間、胸の奥がぐっと締めつけられた。
だから、俺は言った。
「なぁ……安城」
ぐっと顔を上げ、彼女の瞳をまっすぐ見据える。
一呼吸おいて、しっかりと言葉を届けるように。
「寂しくなったら――いつでも来ていいからな!!」
(俺は、ずっと……推しの、安城の味方だから)
その心の声は安城にも届いた。
そして不思議と彼女の表情が少しだけやわらいだ気がした。
(ほんと…あんたってまっすぐな人ね)
胸の奥にこびりついていた寂しさ。
それが今、すうっと晴れていくのを感じる。
まるで、暗闇の荒野に朝日が差し込んだような……そんな、あたたかな光。
「……ふん。大丈夫よ?」
安城は少しだけ視線をそらしながらも、すぐにいつものクールな表情に戻っていた。
「私、見ての通り強いのよ?」
そう言って、スッと席を立ち、バッグを手に取る。
「そろそろ帰るわ。遅くならないうちに」
「危ないし、俺家まで送っていくぜ!」
俺は反射的に立ち上がり、少しだけ前に出る。
だけど――
「近いから大丈夫よ?」
そう言って、俺の横をすり抜けるように玄関へ向かっていった。
その背中に手を伸ばしかけて、結局なにも言えず、ただ小さくつぶやいた。
「……じゃあ、また明日。学校で」
玄関のドアが静かに閉まる音がした。
余韻の残る空間の中、俺はぎゅっと拳を握りしめる。
(よし……俺はもっと“推し活”頑張る!)
今日よりも、もっと。
明日、安城がもう少しだけ笑えるように――俺は、全力で“味方”になるって決めたんだ。
その日、俺は心の中で"安城を寂しくさせない委員会"を設立した。




