第46話 クソガキ共に敗北した俺に推しが降臨した
(……さて、今日の晩飯、どうしようかな)
授業中。
俺――神田ゆういちは、頬杖をつきながらぼんやりと考えていた。
今日から妹の姫花は林間学校。
つまり、今夜は家に俺しかいない。
(姫花いないしなぁ……)
(カップ麺で済ますか)
そんな結論にたどり着きかけた、その時だった。
ふと、別の選択肢が頭をよぎる。
(……いや、待てよ?)
(俺の推しに晩飯作ってもらったり出来ないか?)
――稲妻。
本当に脳天へ雷が落ちたような衝撃だった。
脳内に浮かぶのは――。
エプロン姿。
台所。
フライパンを握る安城恵梨香。
(いやいや!さすがに贅沢すぎるか!!)
(俺は推しとの距離感をしっかり測れる男だ)
(恋人でもない俺が推しにご飯を作ってもらうなんて難易度高すぎだろ!)
(そもそも女の子とまともに話せない俺が推しに晩御飯作ってなんて頼めるわけねぇだろ!!現実を見ろよ!!俺)
ドクン。
心臓が大きく跳ねる。
だが妄想は止まらない。
(けど、もしそんな夢みたいな体験が実現出来たら?)
(初めての推しとの共同作業とか)
(安城が作った肉じゃがを俺が味見して)
(他にも安城が作った味噌汁を俺が味見したりとか?)
(しまいには、あ〜ん♡とかされたりして?)
(ちくしょう!考えただけで幸せすぎるだろ!)
俺はちらりと隣の席を見る。
そこには、いつも通り真面目に授業を受ける安城恵梨香の姿があった。
(ああ……今日も俺の推しは可愛い)
何を考えているのかわからない。
そんなミステリアスな雰囲気もまた魅力だった。
(………一体何考えてるんだろ?)
(さっきからうるさいわねこの男)
(全部聞こえてるわよ)
(てかあんたさっきから味見しかしてないんだけど?)
(初めての推しとの共同作業とかいう割にあんた何もしないのかよ)
安城は表情ひとつ変えず、淡々とノートを取る。
だが、ふとペン先が止まった。
(まぁ……)
そして。
(……頼まれたら作ってあげなくもないけど)
(……今日たまたま暇だし)
そんな安城の内心など知る由もなく。
俺は一人、覚悟を決める。
(よし、勇気だして頼もう)
だが次の瞬間。
(だが今は授業中だからダメだ)
(俺は推しとの距離感をしっかり取れる男だ)
(大丈夫。幸いまだ一時間目だ、チャンスならいくらでもある)
そう自分に言い聞かせた。
◇
放課後。
終業のチャイムが鳴る。
そして――。
(ちくしょう!俺のいくじなし!)
俺は席を立った。
結局、言えなかった。
「晩飯作ってくれないか」
その一言が、どうしても言えなかった。
あれだけ脳内で暴れておいて。
いざ本人を前にすると何も言えない。
(俺はなんてヘタレなんだ……)
肩を落としながら教室を出る。
そんな背中を見送りながら、安城は小さく息を吐いた。
(……なによ)
(思いっきり落ち込んでるじゃない)
(でもちょっと可愛いかも)
(あれ?携帯にメッセージ?)
画面を確認した安城は、わずかに目を見開いた。
「……姫花ちゃん?」
◇
その頃。
俺は一人で帰宅していた。
夕焼けに染まる帰り道。
(……俺って本当にヘタレだな)
結局。
何も言えなかった。
交差点へ差しかかった時だった。
(……まぁでも?女の子に飯作ってなんて普通言えないよな?多分俺だけじゃないし!)
(逆に言えるほうが少ない的な?)
そんな風に自分を慰めた、その瞬間。
「今日、親いないから久しぶりにご飯作ってよ!」
「しょうがないなぁ」
同年代くらいの中学生男女が笑い合っていた。
仲の良いカップルだろうか。
その光景が妙に胸へ刺さる。
(ふん)
(馬鹿馬鹿しい)
(俺が総理大臣になったら女の子が男にご飯作るの禁止にしてやる)
(せいぜい今だけは楽しんでおくんだな?)
(クソガキども)
歳下に論破された俺は小石を蹴飛ばした。
本当は少し羨ましかった。
素直になれない自分が情けない。
俺が一日かけても言えなかった言葉を。
あいつらは冗談みたいに口にしていた。
(これが格の違い、か……)
(カップ麺買って帰ろう)
そんなことを考えながら帰宅する。
「ただいまー」
返事はない。
静まり返ったリビング。
姫花のいない家は、やけに広く感じた。
テレビの音もない。
笑い声もない。
炊飯器の蒸気もない。
ただ静寂だけがあった。
俺はソファへ倒れ込み、スマホを眺めながら時間を潰す。
その時だった。
――ピンポーン。
インターホンが鳴った。
「宅配便か?」
誰かに何か頼んだ覚えはない。
不思議に思いながら玄関へ向かう。
ドアを開けた。
そして――固まった。
「……え?」
そこに立っていたのは。
買い物袋を抱えた金髪オッドアイの少女。
俺の推し。安城恵梨香だった。
夕陽が彼女の髪を黄金色に染めている。
思わず見惚れてしまう。
「え?嘘?」
「……安城?」
「ど、どうして?」
安城は少しだけ視線を逸らした。
そして買い物袋を持ち上げる。
「……姫花ちゃんに頼まれたのよ」
「今日は一人だから心配だって」
ぷいっと顔を背ける。
「勘違いしないで」
「私は姫花ちゃんに頼まれたから来ただけなんだから」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の思考は完全に停止した。
(おお)
(まさか推しが晩御飯を作ってくれるなんて)
(俺が総理大臣になったら)
(カップルがこの先仲良くいれるように女の子が男の子に必ず手料理を振る舞う日をつくろう)
(そうだ)
(今日のこの日は”安城可愛い記念日”として祝日にしよう)
(晩御飯関係ないのかよ)
(本当に……この男は馬鹿ね)
(てか私達カップルじゃないし)
安城は呆れたようにため息を吐いた。
「で?」
「何突っ立ってるのよ」
「早く入れてくれないかしら?」
その言葉でようやく我に返る。
慌てて身体をずらし、玄関を開けた。
彼女が家の中へ入ってくる。
たったそれだけなのに。
俺には。
何かが変わる音が聞こえた気がした。
理想だったはずの光景が。
少しずつ。
現実へ変わっていく音が。




