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第46話 マセガキ共に敗北した俺に推しが降臨した

(……さて、今日の晩飯、どうしようかな)


俺は授業中、ふと手を頬につけてぼんやり考える。なぜなら――今日から、妹の姫花は林間学校なのだ。


(姫花いないし、カップ麺にでもするか……)


だが――その瞬間だった。

俺の脳内に、別の選択肢が浮上する。


(……いや待てよ?)

(俺の"推し"に晩飯作ってってお願いすればよくね?)


脳内に稲妻が走った。その稲妻は俺の脳天に直撃推しの姿が脳内に爆誕した。エプロン姿で料理してる安城恵梨香の姿が。


(前に安城が家に来たときは、姫花と俺のために料理作ってくれたよな?

でも今日は違う。今日は――俺だけのために、料理を作ってもらうんだ!)


ドクン、と心臓が跳ねる。


(そんな夢みたいな体験……

過去、いったいどれだけのオタクが実現できた?

答えはひとつ。ゼロだ。)


(なぜなら、ほとんどの推しとファンは、話すことすらできないのが現実だ。それが“推し活”ってもんだろ?)


だが、俺は違う。


なぜなら――


(俺の推しは、隣の席にいる。)


そう確信した俺は、

意を決して、ゆっくりと横を向く。


そこにいたのは――

金髪をなびかせ、真っ直ぐ前を見つめる、クールで完璧な少女。

安城恵梨香。


(ふむ……俺の推しは――今日も可愛い)


まるで審査員でもやってるかのように、俺は斜め横の席に座る金髪オッドアイのギャルをじっと見つめた。


(長く艶やかな金髪、毛先がくるんと自然に揺れてて、まじで天使の造形。

視線の奥に潜む静かな意志。凛とした横顔。完璧な輪郭。くるりと上がったまつ毛。

そして……ふと風が吹いた時に香る、柔軟剤のふわっとした香り――あかん尊すぎるやろ)


一瞬で全細胞が“推し活モード”に突入する。


(てかこれ、マジで三次元の最高到達点なんじゃないか?)

(いや、むしろ“現実”にこんな存在がいるってことが奇跡だろ)


心の声のボルテージは最高潮。


(この圧倒的ビジュアルとオーラと才能のかたまり……そんな彼女に、「晩ごはん作ってください」って頼む俺、正気?)


(でも、もし――もし俺が、ここで行動を起こせば……)

(俺の行動次第では――

その理想を、現実に変えることだってできる。)


一呼吸、置いて。


(俺は安城に――俺のために、晩飯を作ってもらいたいんだ!!)


全力で心の中に叫ぶ。

いやもう、叫んでるというか……念を飛ばしてるレベル。


そんな俺の熱弁という名の心の声は、当然のように――


隣の席の、安城恵梨香に届いていた。


(……こいつ、さっきからうるさいわね)


ペンを走らせながら、黒板の内容をノートに淡々と書き写す。

が、その内心では――


涼しい顔でノートを取りつつ、

脳内では全力のツッコミが飛び交っていた。


(今は授業中だからダメだ。晩メシ作ってくれって、そんなデリカシーのないお願い、今言ったら台無しだろ……)


(……休み時間までだ。待つんだ、俺。ここで焦ってはダメだ。落ち着け……落ち着くんだ、俺の鼓動……!)


――チャイムが鳴る。


一日の終わりを告げる、乾いた音。

それは、同時に俺にとっての“敗北の鐘”でもあった。


(くっそ……くっそぉ……俺はなんてヘタレなんだ……!)


“今日の晩飯、作ってくれませんか”

その一言が、どうしても言えなかった。

言おうとしたくせに、胸がぎゅっと苦しくなって、喉が詰まって、結局――何も言えなかった。


俺は哀愁を纏いながら、しょんぼりと鞄を持ち、教室を出る。


その背中を、安城は涼しい顔で見送っていた。……ように見えた。


だが、心の中では。


(……なによ、あの顔。思いっきり落ち込んでるじゃない。でもなんだろう?ちょっと"可愛い"?)


こんなにも自分を求めてるあいつに少しだけ可愛いかもと思った自分もいた。


その瞬間だった。


――ブルッ。


ポケットの中でスマホが震える。

画面には、見覚えのある名前が浮かんでいた。


「……姫花ちゃん?」


小さく、安城が呟いた。


教室の窓からは、茜色の夕陽が差し込んでいた。

そして、少女の表情が、わずかに――優しく揺れた。


その頃、俺――神田ゆういちは、

ひとり、とぼとぼと下校していた。


夕焼けが街を染める、静かな帰り道。

アスファルトに伸びる影が、なんだかやけに長く見える。


(……言えなかったな)


“晩飯、作ってくれないか”

それだけのことが、どうしても口に出せなかった。あれほど意気込んでいたくせに、結果はこのザマだ。


そんなことを考えていると、交差点の向こうで制服姿の2人組が笑っていた。


男子ふたりがじゃれ合い、その隣で、笑顔を浮かべる女の子。


「ねぇ!ねぇ!今日ウチ親いないから、久しぶりにご飯作ってよ!!」


「え〜、仕方ないなぁ〜ほんとアンタってさ」


何気ない日常のひとコマ。

――でも、それが俺の胸を突いた。


(けっ……マセガキ共め)


そう毒づいて道端の足を蹴飛ばした。

本当はちょっとだけ、羨ましかったのかもしれない。


俺が一日かけて言えなかったことを、

あの男子は、冗談みたいに軽く口にしていた。

そして女の子は、当然のようにそれを受け入れていた。


……格の違い、だな。


そんなことを思いながら、俺はようやく自宅の前にたどり着いた。


玄関の鍵を回し、扉を開ける。


「……ただいま〜」


誰もいない家に、俺の声だけが響く。

返事は、もちろんない。


空っぽのリビング。

静まり返ったキッチン。

ただ、薄明かりだけが部屋を照らしていた。


姫花がいない家は、いつもより少し広く感じた。

テレビの音も、炊飯器の蒸気も、何もない。


静かで、何もない――けれど、

何かがぽっかりと抜け落ちているような、

そんな夜が始まろうとしていた。


「……ふぅ」


人気のないリビングで、俺はソファに沈み込んでいた。カップ麺のお湯すら沸かす気になれず、スマホをだらだら眺めて時間を潰していると――


ピンポーン。


家のチャイムが鳴った。


「……宅配便か?」


誰かに何か頼んだ覚えもないが、とりあえず玄関に向かう。


何の気なしにドアを開けた、その瞬間。


「……え?」


そこに立っていたのは――


買い物袋をぶら下げた、

金髪のオッドアイギャル――安城恵梨香だった。


「…………えっ?安城?どうして?」


俺の思考が一瞬、止まる。


西日が差し込む夕暮れの玄関先。

その柔らかな光が、彼女の髪を黄金色に染めていた。ふわりと揺れる長い髪。

左右で色の異なる瞳――どちらも、やさしい光を湛えていて。


その表情は、どこか恥ずかしそうで。


「……あの、ほら。姫花ちゃんいないんでしょ?」


目を逸らしながら、彼女は小さく買い物袋を持ち上げた。


「か、勘違いしないで!!私は姫花ちゃんから頼まれたから来たのよ!!」


(やべぇ…推しが俺のために晩飯作りに来たなんて嬉しすぎる)


「で? 何見てるのよ。早く入れてくれない?」


ぷいっと顔を逸らしながら、安城は呟いた。

俺は慌てて玄関を開ける。


彼女が一歩踏み出すたびに、

俺の世界が、少しずつ――

“理想”から“現実”に変わっていく気がした。


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