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隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい  作者: 夕凪虚音
第1章 心を読む少女 ― 推し爆誕編
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第43話 傷だらけのシンデレラ【朝倉華恋過去編】

「……なんで」


震える声が、

暗闇の倉庫に響く。


「なんで、こんなこと……」


両手を縛られたまま、

私は冷たい床に座り込んでいた。


もうすぐ――ライブが始まる。


なのに。


私は、

誰もいない倉庫に閉じ込められていた。


♢♢♢


ライブ当日の朝。


もう二度と会えないと思っていた彼から、

一通のメッセージが届いた。


『華恋ちゃん久しぶり!! 本当に夢が叶ってすごいね!!』


『こんなすごい人のファン1号になれて、僕は幸せ者だよ!』


『どうしても伝えたいことあるから、ライブ当日、会えたりするかな??』


「――っ」


スマホを握る手が、震えた。


胸が、苦しいくらい高鳴る。


(久しぶりに……連絡、きたっちゃ……!)


それも。


今日という、

人生で一番大切な日に。


(……嬉しすぎる)


(今日、絶対に――)


(今までの感謝も、想いも、全部伝えるけん……!)


私は鏡の前に立つ。


クローゼットを何度も開け閉めして、

悩みに悩んで。


結局、

一番お気に入りの服を選んだ。


淡い桜色のスカート。


白を基調にした、

柔らかなトップス。


派手じゃない。


でも――

好きな人に“可愛い”って思ってほしくて選んだ服だった。


今日だけは。


誰よりも、

“可愛い”って思われたかったから。


♢♢♢


指定された場所は、

ライブ会場の裏手。


今は使われていない、

小道具倉庫の近くだった。


人目につかない、

薄暗い通路。


「ちょっと早く着いちゃったかも……」


私は小さく笑う。


「……でも、しょうがないよね」


「楽しみなんだから」


胸が、ふわふわしていた。


夢みたいだった。


昔、

誰にも見向きされなかった私を。


ずっと応援してくれた人。


ライブハウス時代から、

たった一人でも声を上げ続けてくれた人。


その人に、

やっと恩返しできる。


そう思っていた。


――その時だった。


ザッ。


背後の茂みが揺れる。


「……っ!」


私は反射的に振り返った。


だけど。


そこにいたのは、

彼じゃなかった。


「……え?」


現れたのは――


Honey Elarisのメンバーたち。


「どうして……みんな、こんなところに……?」


私は無理やり笑顔を作る。


だけど。


返ってきたのは、

冷たい視線だった。


「はっ」


次の瞬間。


ガシッ!!


「っ……!?」


腕を乱暴に掴まれる。


そのまま――


ドンッ!!


「きゃっ……!!」


私は倉庫の中へ突き飛ばされた。


床に転がる。


埃が舞う。


痛みより先に、

頭が真っ白になった。


「ねぇ?」


ヒールの音を響かせながら、

一人が近づいてくる。


「地味なあんたがセンターって、調子乗ってるんじゃない?」


「……っ」


「譲りなさいよ」


別のメンバーが、

鼻で笑う。


「センターなんて……あんたの“キャラ”じゃないでしょ?」


「どうせ色目でも使ったんじゃないの?」


冷たい言葉が、

刃物みたいに胸へ刺さる。


違う。


違う。


私は――


ただ、

必死だっただけだ。


誰よりも練習して。


誰よりも泣いて。


泥だらけになっても、

這いつくばって。


ここまで来た。


ギリ……ッ。


拳に力が入る。


爪が掌に食い込む。


でも――


(ダメ……!)


(今ここで怒ったら……ライブが……!)


(私の、今までが全部……!)


脳裏に浮かぶ。


ペンライトを振ってくれた人たち。


名前を呼んでくれた人たち。


笑ってくれた人たち。


(……それに)


(こんな私を応援してくれとるファンの子たちに……顔向けできんやん……!)


私は下唇を噛み締めた。


血の味が広がる。


すると。


別のメンバーが、

吐き捨てるように言った。


「……あんたなんか推してるファン、可哀想」


「はっきり言って、“センス”ないわよね」


――その瞬間だった。


周囲の笑い声が、

耳の奥でぐにゃりと歪む。


ゴンッ!!!


「っ……!」


握り締めた拳が、

床を叩いた。


震える。


視界が揺れる。


息が苦しい。


(――アンタたち)


(絶対に……許さんけん)


拳が、

紫色に染まっていく。


溢れ出す感情。


怒り。


憎しみ。


殺意。


でも。


(ダメ……!!)


(ここで壊れたら――)


(全部、終わる……!!)


私は奥歯を噛み締めながら、

睨み返す。


怒りも。


悲しみも。


全部、

その目に込めた。


その瞬間。


メンバーたちの顔が、

一瞬だけ強張った。


「……何よ、その目」


「本当に気に入らない」


次の瞬間。


ドンッ!!


背後から押し倒される。


「っぁ……!!」


冷たい床へ叩きつけられた。


すぐ近くにあったロープを掴まれ、

両手と足を無理やり縛られる。


「ライブが終わるまで、ここで大人しくしてなさい」


吐き捨てるような声。


そして――


バタン。


重い扉が閉まった。


静寂。


暗闇。


閉ざされた世界。


「…………っ」


私は震える身体を、

必死に起こそうとする。


だけど、

ロープはびくともしない。


その時。


ぽたり、と。


頬に、

雫が落ちた。


「……なんで」


声が震える。


「なんで、こんなこと……」


誰もいない倉庫に、

か細い声だけが響いた。


暗闇の倉庫。


冷たい床。


埃の匂い。


そして――

ひとりぼっちの私。


「…………っ」


胸が苦しい。


怖い。


悔しい。


涙が止まりそうになる。


だけど――


ほんの少しだけ、

希望があった。


だって。


ここは、

彼が指定した“待ち合わせ場所”。


(……きっと)


(彼なら、来てくれる)


そう信じたかった。


私は身体を引きずるようにして、

ゆっくりドアの近くまで移動する。


ロープが皮膚に食い込む。


痛い。


でも、

そんなことどうでもよかった。


私は耳を澄ませた。


彼の足音を。


ドアが開く音を。


ただ、

それだけを信じて。


だけど――


時間だけが、

無慈悲に過ぎていく。


ライブ開始まで、

残された時間はどんどん減っていく。


なのに。


誰も来ない。


「……っ」


喉が震える。


(こない……)


(どうして……?)


胸の奥に、

黒い疑念が生まれる。


考えたくもない、

最悪の可能性。


だけど。


私は必死に首を振った。


(……違う)


(そんなわけなか)


唇を噛む。


涙を飲み込む。


そして私は、

膝を抱えたまま小さく息を吐いた。


(……きっと)


(あの人は集合場所まで来とったっちゃろうね)


そう。


きっと彼は来た。


でも。


(うちのこと、見つけられんかっただけやろ……)


ここは、

ライブ会場の裏手。


誰も使っていない、

小道具倉庫。


まさか、

その中に閉じ込められているなんて。


普通、

想像できるはずがない。


(……仕方ないっちゃ)


(彼を責めるなんて……できるわけなか)


胸の奥の希望が、

ゆっくり苦しみに変わっていく。


だけど。


その時だった。


私は、

ふと笑った。


「……ふふ」


弱々しく。


だけど、

どこか吹っ切れたみたいに。


(……待っとるだけなんて)


(うちらしくなか)


そうだ。


今までだって、

私はずっとそうだった。


誰かに救われたわけじゃない。


泥だらけになって。


傷ついて。


泣きながら。


それでも、

自分の足で這い上がってきた。


(うちは――)


(自分の行動で、自分の世界ば変えてきたっちゃけん)


私はゆっくり顔を上げる。


その時。


倉庫の高い位置に、

小さな窓が見えた。


そこから、

かすかに光が差し込んでいる。


「……っ」


胸が高鳴る。


(あそこから……脱出できるかもしれん)


私は必死に周囲を見渡した。


そして。


見つける。


床に落ちた、

鋭く割れたガラスの破片を。


「……よし」


もう、

迷いはなかった。


私は地面に顎を擦りつけるようにして、

少しずつ前へ進み始める。


「っ……!」


床の小さな棘が、

容赦なく顎へ突き刺さる。


痛い。


熱い。


涙が滲む。


でも。


止まれない。


(ここで諦めたら――)


(全部、終わってしまうけん……!)


私は必死に進む。


制服が擦れる。


腕が痛い。


呼吸が苦しい。


それでも。


ようやく、

ガラスの前まで辿り着いた。


私は壁に背中を預ける。


そして、

縛られた手首をガラスへ押し当てた。


ギリ……。


細かな振動が、

皮膚へ伝わる。


だけど、

ロープは固い。


なかなか切れない。


それでも私は、

何度も擦りつけた。


ギリ……ギリ……ギリ……!!


「っぁ……!」


皮膚が裂ける。


血が滲む。


ガラスへ、

赤い雫がぽたりと落ちた。


それでも。


止めなかった。


止められなかった。


(お願い……!)


(もうちょっと……!!)


呼吸が荒くなる。


涙で視界が滲む。


痛い。


怖い。


苦しい。


でも――


(負けたくなか……!!)


(こんなとこで、終わりたくなか!!)


何度も。


何度も。


何度も擦る。


そして――


プツン。


「……っ!!」


ロープが切れた。


自由になった両手を見て、

私は荒く息を吐く。


震える指で、

足の拘束も外していく。


冷たい床。


血で汚れた手。


痛みで震える身体。


それでも。


胸の奥には、

確かな熱が残っていた。


(……よか)


(これなら……まだ間に合う)


私はゆっくり立ち上がる。


膝が震える。


でも、

倒れるわけにはいかない。


(うちは――)


(ステージに立つまで)


(どげん障害があっても、乗り越えてみせるけん)


私は窓を見上げた。


その向こうには、

光がある。


夢がある。


そして――


私を待ってくれている人たちがいる。


「……絶対、行くけん」


私は小さく呟く。


――この手で。


私自身のステージを、

掴み取るために。

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