第43話 ステージに立つまで、私は何度だって這い上がる
ライブ当日の朝、一通のメッセージが届いた。
「華恋ちゃん久しぶり!! 本当に夢が叶ってすごいね!!こんなすごい人のファン1号になれて僕は幸せものだよ!どうしても伝えたいことあるから、ライブ当日、会えたりするかな??」
スマホの画面を見た瞬間、胸が跳ねた。
(久しぶりに……連絡、きたっちゃ!それも、今日という最高の舞台に……っ。……嬉しすぎる。今日、絶対に、彼に今までの感謝と想いば伝えよう)
私はとびきり可愛いスカートに、ふわりと揺れるひらひらのトップスを選んだ。今日だけは、誰よりも可愛いって思われたかったから。
指定された場所は、ライブ会場の裏手にある、今は使われていない小道具倉庫。人目につかない、秘密の場所。
「ちょっと早く着いちゃったかも……でも、しょうがないよね。楽しみなんだから」
ウキウキと心が弾んでいたそのときだった。
――ザッ、と足音。茂みの奥から誰かが現れる。
「……っ!」
でも、そこにいたのは彼じゃなかった。
姿を現したのは、Honey Elarisのメンバーたちだった。
「どうして、みんなこんなところに……?」
私は微笑みながらそう問いかけた。だけど――
「はっ!」
ガシッ!
次の瞬間、ひとりが私の腕を乱暴に掴み、そのまま倉庫の中へ突き飛ばした。
「っきゃ……!」
身体が転がる。埃まみれの床に手をついた。
「ねぇ? 地味なあんたがセンターって、調子に乗ってるんじゃない?」
ひとりが、ヒールを鳴らして近づいてくる。
「譲りなさいよ。センターなんて……あんたの“キャラ”じゃないんだから」
別の子が現れて、鼻で笑った。
「……どうせ、色目でも使ったんでしょ?」
冷たい視線が、ナイフみたいに突き刺さる。
……違う。
確かに私は地味だったかもしれない。でも、どんなに苦しくても這いつくばって泥まみれでも這い上がってきた。
努力して、私は夢を掴んだんだ
ギリ……と拳に力が入る。指が食い込み、血の気が引いていく。
でも――
(ダメ……いま怒ったら、ライブが……私の今までの努力が台無しになる)
(それに……こんな私ば応援してくれとるファンの子たちに、顔向けできんやん……!)
私は下唇を噛みしめ堪えた。
メンバーのもう1人が続ける
「……あんたなんかを推してるファンが、可哀想だわ。はっきり言って"センス"ないわね」
周りのメンバーも一斉に笑いだす。
その言葉が、私の堪えていたすべてを壊した。
ゴンッ!
握りしめた拳が、鈍い音を立てて床を叩く。
震える手。唇を噛み締め、血がにじむ。
(――アンタたち……絶対に、許さんけん)
紫に染まる拳が、感情の暴走を物語っていた。
だけど――
ここで反撃すれば、それこそ彼女たちの思うツボだ。私は奥歯を噛み締めながら、ありったけの殺意を飛ばす。
怒りも悲しみも、全部――その眼差しに込めて。
どうやら、その目の色に一瞬怯んだらしい。
だが彼女たちはすぐに顔を歪め、言葉を吐き捨てる。
「……何よ、その目。」
「本当に気に入らないわね」
次の瞬間――
私は背後から押し倒され、冷たい床に叩きつけられた。そして近くにあったロープで、両手と足を無理やり縛られる。
「ライブが終わるまで、ここで大人しくしてなさい」
捨てゼリフとともに、彼女たちはドアを閉めて出ていった。
バタン。
扉の向こうの世界が、閉ざされた。
⸻
暗闇の倉庫。
ひとりぼっちの私。
でも――
ほんのわずかに、希望があった。
だってここは、彼が指定した“待ち合わせ場所”。
きっと彼なら来て助けてくれる。
私はドアの近くまでにじり寄り、耳を澄ませた。
彼が来る気配を――足音を――ただ、それだけを信じて。
……だけど、時間だけが無慈悲に過ぎていく。
(こない……どうして?)
胸の奥に、ひとつの疑念が生まれる。
想像したくもない、最悪の可能性。
でも、そんなの考えたくない。
私は――ぐっと唇を噛み締め、涙を飲み込んだ。
ライブまで――残された時間は、もうわずか。
私は膝を抱えたまま、小さく息を吐いた。
(……きっと、あの人は集合場所まで来とったっちゃろうね。でも、うちのこと見つけられんかったんやろう)
そうよ、ここは倉庫。
ライブの裏手にある、誰も使っていない小道具倉庫。そんな場所に私が閉じ込められているなんて、想像もできないはず。
(仕方ない……彼を責めるなんて、できるはずない)
自分の中の希望が、じわじわと苦しみに変わっていく。
でも――私はそこで、心を決めた。
(……待っとるだけなんて、うちらしくなか。今までだって、うちは自分の行動で、自分の世界ば変えてきたっちゃけん)
顔を上げた視線の先。
倉庫の高い位置に、小さな窓があった。
そこから微かに、外の光が差し込んでいる。
(あそこから……脱出できるかもしれない)
私は必死に周囲を見渡した。
そして――見つけた。
床に落ちた、鋭く割れたガラスの破片。
手も足も縛られたまま、もはや選択肢なんてなかった。
私は地面に顎を擦りつけるようにして前進を始める。
「っ……!」
乾いた床の棘が、容赦なく顎に突き刺さる。
痛みが脳を揺らす。それでも止まらなかった。
(……ここで諦めたら、全部、終わってしまうけん……!)
ようやくガラスの破片の前まで辿り着き、私は反転して背中を壁に預け、縛られた手首をガラスに押し当てる。
ギリ……ギリ……
ガラスの細かな振動が伝わる。
だけど、ロープは固く、なかなか切れない。
それでも私は何度も、何度も擦りつけた。
ギリ……ギリ……ギリ……!
「痛っ……!」
皮膚が裂け、血がにじむ。
それでも――止めなかった。止められなかった。
(お願い……もうちょっと……!)
涙が滲む。
呼吸は荒く、視界が滲む。
何度も擦るたび、血がガラスに滴っていく。
だけど私は、腕を動かすのを止めなかった。
(負けたくなか……! こんなとこで、終わりたくなか……!)
そう――この手で、自分を解き放つまでは
そして――
プツン。
自由になった。
私は荒い息をつきながら、震える手でロープを外す。冷たい床の感触。震える指先。
だけど今は、逃げることだけを考えた。
(……よか。これなら、きっと間に合う。うちは――ステージに立ち上がるまで、どげん障害があっても乗り越えてみせるけん)
私は窓を見上げた。
――この手で掴む、私自身のステージのために。




