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隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい  作者: 夕凪虚音
第1章 心を読む少女 ― 推し爆誕編
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第41話 暗闇で手を繋いだら、女王様先生が甘々になった件

「男なんて全員豚っちゃん!」


「え? 豚?」


思わず聞き返していた。


体育倉庫に閉じ込められて、二人きり。

そして俺は足を滑らせて先生を覆いかぶさる。


そんな状況で――


あのクラス中の男子が憧れてる朝倉華恋先生が、

そんな言葉を口にするなんて、信じられなかった。


(いや……聞き間違いだろ)


そう思いたかった。


「……先生、今なんて?」


「すみません。なんか“豚”って聞こえちゃって」


「そんなわけないのに……」


自分でも苦しい言い訳だと思いながら、もう一度確認する。


その瞬間。


「は……!」


朝倉先生の瞳が、わずかに揺れた。


――明らかな動揺。


(やば……今、口に出た!?)


(嘘でしょ私!? なんとかごまかさないと……!)


一瞬の沈黙のあと、彼女はにこりと笑った。


「さぁ〜?♡ なにか聞き間違えたんじゃないかしら〜?♡♡」


完全に、しらばっくれている。


(いや……絶対言ったよな?)


(でも……あの朝倉先生がそんなこと言うわけ……)


俺は、自分の疑念を無理やり押し殺した。


「……てか、さっきの方言って博多弁ですか?」


空気を変えるため、強引に話題を切り替える。


朝倉先生はぱちりと瞬きをして――


「そうなの〜♡♡ 先生、博多出身だから〜。……あの〜、そろそろどいてもらえるかしら?♡」


「あっ、すみません!」


慌てて身を引く。


そして、俺は先生の隣に座り直した。


――距離、数センチ。


その瞬間。


ふわり、と甘い匂いが鼻先をかすめる。


(……っ)


ただのシャンプーのはずなのに。


それだけじゃない。


女の子の体温が混ざったような、柔らかくて危険な匂い。


脳が、じんわりと痺れていく。


(やべぇ……)


(このままじゃ、理性が死ぬ……)


どうやら恋愛経験ゼロに近い俺には、この状況はレベルが高すぎるらしい。


一方で――


(……さすが朝倉先生)


隣の本人は、まるで動じていない。


(こういうの、慣れてるんだろうな……)


俺が慌てて体勢を整えると、先生も静かに立ち上がり、制服の襟を整えた。


その仕草は、いつもの“完璧なアイドル教師”。


――さっきのドキドキが、嘘みたいに。


(……はぁ、もぉ……なんしよったと私……)


けれど。


顔をそむけたその瞬間、彼女の本音が零れる。


(男の子に、あんな体勢で……)


(顔、近すぎたっちゃろ!? 心臓バクバクやし……!)


(ほんっと、バカバカバカ……!)


(……男なんて、ただの豚なのに)


「困りましたね……」


俺はぽつりと呟いた。


「俺たち、閉じ込められたみたいですね」


ドアに手をかける。


ガチャッ――


開かない。


何度やっても、びくともしない。


鉄製のドア。小さな窓。外には声が届かない構造。


(……マジかよ)


(このまま、一晩……?)


(いやいやいや……落ち着け俺)


頭に浮かんだ最悪の展開を、慌てて振り払う。


そんな俺の隣で――


先生は、相変わらず落ち着いていた。


暗闇の中、俺は壁を手探りでなぞりながら動き出す。


出口を探すために。


そのときだった。


「…………っ」


背後で、気配が止まる。


「あれ? どうしました先生?」


振り返る。


――その瞬間。


フラッシュバック。


『ねぇ? 地味なあんたがセンターって、調子にのってるんじゃない?』


『譲りなさいよ。それ、あんたの“キャラ”じゃないでしょ?』


(……あの時と、同じ)


(閉じ込められて……)


(誰も、助けてくれなかった……)


朝倉先生は、その場で立ち尽くしていた。


身体が、わずかに震えている。


(やだ……)


(また……ひとりになるの……?)


(私はただ……誰かを笑顔にしたかっただけなのに……)


「……先生?」


俺の声で、彼女はハッと我に返る。


「ど、どうしたのかしら……?」


無理に作った笑顔。


でも、わずかに震えていた。


「俺、他に出口あるか探してきます」


「この体育倉庫、無駄に広いんで」


「先生は危ないんで、ここで待っててください」


俺はそう言って立ち上がる。


「……わかったわ」


静かに頷く先生を背に。


俺は、暗闇の奥へと進んだ。

――朝倉華恋視点


神田君が、私の前からいなくなった。


他の出口を探すために。


たったそれだけ。

頭では、わかっている。


けれど――


体育倉庫に、ぽつんと残された私は、もういつもの私ではいられなかった。


暗い。


狭い。


静か。


誰もいない。


その全部が、過去の記憶を引きずり出す。


アイドル時代。

仲間だと思っていた人たちに裏切られ、閉じ込められた、あの倉庫。


誰も来ない。

誰も助けてくれない。


永遠に続くみたいな暗闇。


「……こわか……」


唇から、かすれた声が漏れた。


「やだ……やだやだやだ……!」


胸が苦しい。


息がうまく吸えない。


「ウチをひとりにせんでよ……」


声が震える。


もう隠せない。


いつもの標準語も、先生としての余裕も、完璧な笑顔も。

全部、暗闇に剥がされていく。


「ねぇ、お願いやけん……ひとりにせんでぇ……!」


私は、神田君が消えていった暗闇の方へ手を伸ばした。


届くはずもないのに。


それでも、伸ばさずにはいられなかった。


「もう……お願い……」


「私を……ひとりにせんで……」


そう呟いて、力なく視線を落とした。


その瞬間――


温かい手が、そっと私の手を包み込んだ。


「……え?」


顔を上げる。


そこにいたのは――神田君だった。


「先生! 大丈夫ですか!?」


息を切らしながら、彼は真剣な顔で私を見つめていた。


「え……どうして……?」


「さっき、出口を探しに行ったんじゃ……」


私は反射的に、いつもの仮面を被ろうとした。


先生として。


大人として。


平気なふりをしようとした。


(ダメ……)


(男に、弱いところなんて見せちゃダメ……)


(私は先生なんだから……冷静に対応しないと……)


そう思った。


思った、はずなのに。


「も、もう……寂しかったっちゃけん!」


「ひとりにせんでよ! バカ! アホ! 豚っ!!」


――え?


自分の口から飛び出した言葉に、私自身が固まった。


今のは、違う。


いつもの私じゃない。


誰にも見せないと決めた、“素の私”だった。


「えっ!? す、すみません!!」


神田君が慌てる。


「あれ? やっぱり豚って言いましたよね?」


「そうよ! 豚っちゃん!」


「もう出口なんか探さんでいいから、私の隣におってよ!」


「私、暗闇怖いけん……ずっとそばにいてよ!」


止まらない。


本音が、勝手に口から溢れていく。


(なに、これ……)


(なんで……?)


まるで、心で思ったことが、そのまま言葉に変換されているみたいだった。


さっきから、おかしかった。


神田君といると、私の本音が漏れる。


しかも今は、さっきよりずっと強い。


(……もしかして)


私は、握られた自分の手を見る。


神田君の温かい手。


(神田君の手を握っている間……)


(私は、本音を隠せない……?)


普通なら、あり得ないと笑い飛ばすところだ。


でも私は、そういう不可思議な現象を、過去に知っている。


だからこそ――

否定できなかった。


「す、すみません!」


神田君は困惑しながらも、必死に言葉を探していた。


「なんか上手く言えないんですけど……先生の“寂しい”って気持ちが、俺に流れてきたんです」


「暗い部屋で、ひとり閉じ込められてるみたいな……そんな気持ちが」


彼は、私の手を握ったまま、まっすぐ言う。


「……まるで、俺と先生の感情がリンクしたみたいに」


その言葉は、不思議なくらい温かかった。


私の中で暴れていた寂しさが、少しずつ溶けていく。


「あ、あっ……すみません! じゃあ、手、離しますね!」


神田君が慌てて手を離そうとした、その瞬間。


「ま、まだ離さんで!」


私は叫んでいた。


「怖かけん! 絶対離したらいかんとよ!?」


「はっ……!?」


まただ。


また、素の私が出た。


「ち、違うけん! これは……その……!」


怖いから、離さないでほしい。


でも、手を繋いでいると、本音が漏れる。


手を離せば、隠せる。


それはわかっているのに。


(もう……どうしたらよかと……)


顔が熱い。


恥ずかしくて、視線を落とす。


けれど神田君は、笑わなかった。


「いや、俺はいいですよ」


「こんな暗い中で一人は、確かに怖いですもんね」


「ふっ……」


彼が小さく笑った。


「……何よ。馬鹿にしとると?」


「いや、違います」


神田君は少し照れくさそうに頬をかく。


「いつも先生って、完璧なイメージだったから」


「こういうところ見ると……なんか人間味があって、嬉しくて」


そして。


彼は、少しだけ視線を逸らして言った。


「……なんか、可愛いです」


「……あっ、やべ。またやっちまった」


今度は、神田君の本音が漏れたみたいだった。


その瞬間。


心臓が、跳ねた。


(か、可愛い……?)


年下の男の子にそう言われただけ。


たったそれだけなのに。


胸が熱くなる。


顔まで熱くなる。


情けない。


先生なのに。


大人なのに。


こんなことで動揺するなんて――


だから私は、いつもの完璧な笑顔で返そうとした。


そのはずだった。


「すっごい嬉しかってば!」


「ねぇ、もっと言ってよ〜っ♡」


「ウチのこと、可愛いって……ずーっと言い続けてほしか!」


――だめ。


本音が、止まらない。


たぶん、手を離せば終わる。


この恥ずかしい本音も、全部止まる。


頭ではわかっていた。


だから離そうとした。


けれど――


(……やだ)


(まだ、離さんで……)


(ほんとは、離したくなかとよ……)


理性が下した判断を、感情が邪魔する。


そして本音は、私をいじめるように口から零れた。


「ね、ねぇ……」


「もっと強く握って……」


「お願い……離さんでほしか……」


私はまるで、迷子になった少女みたいに。


上目遣いで、彼に甘えていた。


(恥ずかしい……)


(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……!)


「え、えぇっ!? す、すみません!!」


神田君は慌てながらも、私の手をぎゅっと握り返した。


大きくて。


温かくて。


不器用な手。


……ああ、もう。


こんなの、離せるわけがない。


でも。


離したくないと思っている自分がいる。


(……なんで、こんなに……)


(嬉しいんやろ……)


胸の奥から込み上げてくる熱を、私はもう誤魔化せなかった。


私たちは、まだ手を繋いだまま。


そのぬくもりだけが、暗い体育倉庫の中で、

私の心の奥まで、ゆっくりと満ちていった。

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