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第39話 俺と学級委員と、凍りつく眼差し

「お、おいおい……どうしてこうなったんだよっ!?」


焦りを押し殺しながら、俺は体育倉庫のドアノブに手をかける。

けれど――ガチャガチャ。


開かない。まったく、びくともしない。


(まさか、鍵をかけられたのか?)


冷や汗が背中を伝う。状況はすでに最悪だというのに――


(……なんだこのラブコメみたいな展開は?

もしこれがラブコメ展開なら推しの安城と閉じ込められる展開だろうな。ふむ、それはそれで悪くはないな。)


そんなふざけたことを考えていると、

俺の背後から、ため息まじりの息遣いが聞こえてくる。


そう、そこにいたのは――


サラサラの茶髪を軽やかに揺らしながら、白のシフォンブラウスに、タイトめのスカート、そしてサンダルヒールという、春の陽気にぴったりなモテコーデを完璧に着こなした――英語教師・朝倉華恋先生だった。


体育倉庫の片隅。

積み上げられたマットの上に、朝倉華恋先生は静かに腰を下ろしていた。

いつもならピンと背筋を伸ばし、全方位に全ての男を魅了するような“ピンクのオーラ”を撒き散らしてるはずのあの女王様が――


今は、静かに俯いている。


よく見ると頬がほんのり赤く染まっていた。

きっと、倉庫内の暑さのせいだろう。

けれど、それを隠すように伏せた視線と、結ばれた唇は――どこか、いつもの彼女らしくなかった。


時間は遡り、朝のホームルーム。

担任の遠坂が、プリントを配り終えたあと――唐突に思い出したように言った。


「――あ、そうだ!学級委員長!今週、保護者会を体育館で開くから、その準備、放課後お願いな!!」


その言葉を聞いた瞬間、俺は机に突っ伏した。

ズーン……という効果音がつきそうなくらい、魂が抜けて口から出ていきそうな勢いだ


(マジかよ……めんどくさすぎる……いっそこのまま昇天して魂だけでも家に帰りたい)


心の声はもはや絶叫。

何を隠そうと俺は放課後で"何か準備する系"の行為が大嫌いだ。勤務時間外労働ってやつだ。


(安城はどんな反応してるんだろう?)


横目でチラリと視線を送ったのは、斜め前の――安城恵梨香。


(さすがに安城も、これは嫌そうな顔してるよな……?)


そう思ってバレないように慎重に覗いてみたが――


……その表情は、微動だにせず。

整った横顔に、凛とした静けさが宿っていた。どうやら何も感じてないようだ


(……おいおい、嘘やろ?)


体育館の準備というワードに、眉一つ動かさないだと?この人間、動揺という感情がそもそも搭載されてるのか、疑わしくなるレベルだった。


(いや、てか……)


俺はうつ伏せのまま、チラチラと視線を送る。そしてある事を考える。

この角度――つまり、下からのアングル。


(人間って、下から見ると不細工に見えるって言うじゃん? 自撮りとかもさ、みんな上から撮るじゃん? なのに……)


安城の下から見た顔は、なぜか女神補正でもかかってるのかってくらい、可愛い。


(……え、なにこれ、普通に癒されるんですけど? なんかもう、放課後の準備とかどうでもよくなってきたんですけど? はい???)


――そのとき。

安城が、ぴくりとまぶたを動かした気がした。

そして、ごくわずかに、頬が赤く染まった……ような、気がした。そして俺は続ける


(下からのアングルでもはやここまで可愛いとか……もはや化粧とかいらないだろ。

すっぴんでこのレベルって、どんな遺伝子構成してんの!?ちょっとサインくださいのテンションでちょっと遺伝子情報見してくださいって言いたくなるわ)


(毎朝、何時間もかけてメイクしてる女の子たちが、むしろ可哀想すぎるんだけど!?軽く挫折するわ。この人、寝起きから神じゃん!?)


――などと、うつ伏せの体勢で俺の心の声が大暴走していた、そのとき。


ちら、と視界の端に映る安城の頬が、わずかに――ほんのわずかに、色づいていくのが見えた。


まるで、晴天がゆっくりと夕日に染まるように。

静かで、けれど確実に温度を帯びていく横顔。


(……ん? 今、ちょっと赤くなってた?)


(はは〜ん……さては安城も、放課後の準備が嫌だったんだな?なんだちゃんと嫌そうで良かったぜ、まったく)


そう思った矢先。


ギロッ――視線が、合った。


目が、凍った。

その視線には変なこと考えないでといわんばかり

鋭い眼光――さすが"心眼の剣姫"だ

それはもう、“凛”とか“可愛い”とかいう感情をすべて吹き飛ばすほどの――圧倒的冷気を孕んだ眼差し。一撃必殺技のようだ


(……えっ、なにこの目……どうしたの?)


安城の眉がぴくりと動き、目だけで俺の心を黙らせようとする。

そう、その目はまるで、腐った魚を見るかのような――いや、餌にも値しない小動物を見るような目だった。


――ふんっ。


鼻で、笑われた。同時にその視線は前を向く


(……え、俺なにも喋ってないよな!? 心の中で褒め称えてただけだよな!?)

 

――そして、放課後がやってきた。


俺は朝のHRで命じられた“保護者会の準備”に向かっていた。

目的地は体育館。もちろん、安城と一緒に。


体育館にはすでに各クラス・各学年の学級委員長たちが集まっていた。

空気は……そう、あれだ。言葉にしなくてもわかる。


(全員、めんどくさそうだ)


もちろん、俺は人の心の声なんか聞こえない

でも、気配だけでこれだけ伝わってくるあたり、人間ってやっぱ怠惰な生き物なんだな。


(……正解ね)


人の心が聞こえる安城はゆういちの心の声の呟きに静かに同意する

前方では、先生の声がマイク越しに響いていた。

どうやら今回の指揮を取る担当の先生らしい。


「それでは、今日の進行は朝倉先生にお任せします」


マジか――と、ほんの一瞬だけ思考が止まった。

次の瞬間、俺の脳裏に蘇るのは、階段での――あの、“抱きかかえ事件”。


(なんだ……あの変わった先生かよ)


目の前に現れたのは――


サラサラの茶髪を軽やかに揺らしながら、白のシフォンブラウスに、フレアスカート、そしてサンダルヒールという夏の王道モテコーデを身にまとった女性。


日差しの下でキラキラと輝くその笑顔は、まるでビーチの女神――

……いや、男子生徒にとっては完全に**“推しの降臨”**だった。


「はーい♡今回指揮する事になった朝倉華恋で〜す♡♡みんな今日はよろしくね〜♡」

 

そして俺と目が合った。


――は?


その瞬間――なぜか彼女の表情が、微妙に歪む。

怒ってるような……いや、呆れてるような……むしろ、若干照れてるような……?

なんとも形容しがたい“複雑な顔”を浮かべていた。


(げっ……あの豚、まさか――神田ゆういち!?

なんであんたがこんなとこにおると!?)



思わず身を引いた俺の前で、朝倉先生は鼻で笑うように視線を逸らした。


その態度が“嫌そう”なのか、それとも“照れ隠し”なのか――

判断がつかない。けれど確かなのは、そのオーラの強さ。


壇上に立つのは、茶色のふわっとした巻き髪に、ピンクのリップが映える――アイドル教師・朝倉華恋先生。


手にはマイク、足元はヒール。

くるっとターンでもしたら「ファンミーティングですか?」って聞きたくなるレベルの完璧アイドル感。


なのに、華恋先生はそんな雰囲気をこれっぽっちも気にすることなく、

あくまで“自分”として堂々とこう言い放った。


「はぁ〜いっ♡ それじゃあ〜……男の子たちぃ〜?」

マイクを口元に添えて、華恋先生がクルッとターン。

巻き髪がふわっと踊るたびに、数名の男子が鼻血寸前で倒れそうになってる。


「パイプ椅子、ぜ〜んぶ運んできてね?それからカーペット敷いて、あと保護者会で使う機材もお願いっ♡」


まるでアイドルの煽りMCだ。


「で、女の子たちは〜……お掃除でもしてもらおっかな〜ん?♡」


(……いやいやいやいや、役割分担の偏りがすぎるだろ)

(どこの昭和だよ!?普通に労基署が動くレベルだっての)


俺は思わず心の中でツッコミを連打していた。

だけど――


(……何が一番怖いって、あの可愛さで命令されたら、苦役すら“イベント”になるってことなんだよ)

(「華恋先生のお願いなら♡」って、お前ら朝倉華恋教にでも入信してのかよ!?)


そう、可愛いは最強だ。

可愛いがすぎると、ブラックな環境すら“ご褒美”に見える。


俺がそう心の中でツッコミを入れている横で――

男子たちは、まるで推しのライブ会場で発狂するオタクのように燃え上がっていた。


「わかりましたァァァ!! 華恋先生のためなら全力でやります!!」


「オレ、このためだけに生まれてきたって言っても過言じゃないです!!」


「華恋先生! 好きダァァァ!!」


……どうしてこうなった。


体育館の片隅で、俺はただ一人、冷静にそのカオスを見つめていた。

まさか、この日の“閉じ込め事件”が、全ての始まりになるなんて、このときの俺は知る由もなかった。

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