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隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい  作者: 夕凪虚音
第4章 完璧な推しは壊れていく ――推し曇らせ編――
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第230話 黒羽冬花―― 窓の向こうの幼なじみ

 でっけぇ家だ。


 黒羽とのデートを終えた俺は、そのまま彼女の家で開かれる勉強会に参加することになった。


 今回の定期テストでは、何としてでも数学で一位を取る。


 そのためには、数学の成績が優秀な黒羽に教えを乞わなければならないのだ。


 やがて玄関先へ到着すると、黒羽がこちらを振り返って手招きした。


「神田っち、こっちこっち〜!」


 そのとき、黒羽が郵便受けに入っていた一通の封筒に気づいた。


 取り出した封筒を、じっと見つめる。


 一瞬だけ――その表情が険しくなったように見えた。


「黒羽?」


「……ううん。何でもないよ」


 黒羽はすぐにいつもの笑顔へ戻ると、何事もなかったかのように俺を家の中へ招き入れた。


 いや――。


(家の中、広すぎだろ……!)


 確か、黒羽の母親はアパレル会社の社長。


 父親も、物流会社を経営しているらしい。


 つまり黒羽は、紛うことなき本物のお嬢様というわけだ。


 そんなことを考えながら、俺たちは黒羽の部屋へ向かった。


 ガチャ――。


「いや、遅いって! 二人とも! 家主がいないのに勝手に部屋へ入って待つとか、こっちもさすがに恐怖なんだけど!」


 そう叫んだのは――黒羽のベッドに寝転び、漫画を読みながら足をパタパタさせている少女だった。


 金髪のボブヘア。


 絵に描いたような陽キャであり、いわゆる一軍女子。


 加賀夏美だ。


「恐怖してるやつの過ごし方じゃないだろ! ていうか、全然勉強してねぇじゃねぇか! 何しに来たんだよ、加賀!」


 俺がツッコむと、加賀はベッドから立ち上がり、読んでいた漫画で俺の胸をポンポンと叩いた。


「いい、神田?」


 なぜか諭すような口調で語り始める。


「私はね、赤点さえ回避できたら、それでいいんだよ?」


「…………」


「赤点回避以上の努力は、私にとって頑張らなくてもいい努力なの。必要以上に頑張ろうとするのは、身体に毒だからね」


「なんでこんなやつを勉強会に呼んだんだよ!」


「あははははっ! 神田、相変わらずいいツッコミするね!」


 加賀は腹を抱えて大爆笑する。


 なぜかは分からないが、俺はこいつに妙に気に入られていた。


 陽と陰。


 本来なら、住む世界が交わらないはずの人種なのに。


「……ど変態魔神」


 不意に横から、ぼそりと物騒なあだ名が飛んできた。


 声の主は、氷室麗花。


 黒羽冬花、加賀夏美と仲のいい、クラスの人気者三人組の一人だ。


 華奢な身体つきの黒髪美少女だが、陸上部ではエースを務めているらしい。


 しかも、全中優勝の経験まであるとか。


(安城といい、俺の周りにはすごいやつが多すぎるだろ……!)


「ていうか、ど変態魔神って何なんだよ! もうそのあだ名やめてくれよ! 事実無根のあだ名が広まったら、周りから大きな誤解を受けるだろ!」


 そう。


 俺はブランディングを気にする男なのだ。


 すると氷室は、黒羽へ後ろから抱きつきながら尋ねた。


「ねえ、冬花。神田にいやらしい水着を勧められたりしなかった?」


「勧められたよ。ヒョウ柄で、布地面積のすっごく狭いやつ」


「…………」


 氷室が、冷え切ったジト目を俺へ向ける。


「……事実無根?」


「すみませんでしたぁぁぁぁっ!」


 俺は床に額を擦りつけ、渾身の土下座を披露した。


 どうやら納得してくれたらしく、氷室は何事もなかったかのように机へ向かい、勉強を始める。


(こいつ、絶対にSだ……!)


 俺もSだから分かる。


 氷室には、どこか俺と似た感性がある。


 相手を辱め、そのうえで完膚なきまでに論破する――そんな悪魔的な嗜好が。


 いつか絶対に、こいつを逆に辱めてやる。


 そう固く誓い、俺は脳内に『氷室麗花を恥ずかしめる委員会』を設立した。


「おい、神田ぁぁぁっ!」


 突然、怒鳴り声が部屋に響き渡った。


 振り返れば、甲斐谷が鬼のような形相で俺を指さしている。


「てめぇ! 俺の宇宙一かわいい冬花たんに膝枕してもらいやがって! ぶん殴ってやる! 場所なんて関係ねぇ! 血祭りに上げてやるからな!」


「いや、場所は選べよ! ここ、お前が大好きな黒羽の部屋だぞ!」


「ちっ……!」


 甲斐谷は今にも殴りかかりそうだった拳を下ろした。


「今日のところは勘弁してやる。罰として、冬花たんの膝の弾力について一万字のレポートにまとめてこい。あと、怪我は大丈夫か?」


「いや、論文かよ! でも、結構いい弾力だったぜ。あと、匂いが――」


 その瞬間。


 背後から、凄まじい殺気を感じた。


「神田っち?」


「…………あっ」


 振り返ると、黒羽が笑顔で立っていた。


 目だけは、まったく笑っていない。


(しまった。また本音が漏れた……!)


 俺と甲斐谷は同時に姿勢を正すと、何事もなかったかのように参考書を開いた。


 勉強会が始まってしばらくした頃。


 俺は隣に座る甲斐谷へ、こっそり耳打ちした。


「なあ。お前、羽衣に何を言われたんだ?」


 デート中、羽衣雪音が甲斐谷とすれ違った際、何かを囁いていたのを俺は見逃していない。


「羽衣って誰だ?」


「あ〜、灰色の髪した女の子か……確か……」


 甲斐谷は少し考えるように首を傾げてから、何でもないことのように答えた。


「『このことを話したら、ぶち殺すから』って言われた」


「…………」


「すっげぇ優しくて、かわいらしい声で」


 甲斐谷の身体がぶるりと震える。


「くっそ怖かった。あれはもうトラウマだ……」


(なんだ。ただの口封じの脅しか)


 こいつは忘れっぽいやつだ。


 だから、何か洗脳まがいのことをされていないか少し不安だったが――どうやら、その心配はなさそうだ。


 それから勉強会は何事もなく進み、時計の針が午後七時五十五分を指した頃。


 黒羽が、まるでその時刻を待っていたかのように席を立った。


「ごめん! みんな、ちょっとだけ席外すね。お母さんに電話してくるから」


 明るい声でそう告げると、黒羽は一人で部屋を出ていった。


     ◇◇◇


 ――黒羽冬花視点。


 私は勉強会をしている部屋を抜け出すと、静かな廊下を歩き、ある部屋の前で足を止めた。


 今はもう、誰も使っていない部屋。


 かつて――私が使っていた部屋だ。


 あの日から、私は無意識のうちに、この場所を避け続けていた。


 ドアノブに手をかける。


 ガチャ――。


 扉を開いた瞬間、懐かしい匂いが鼻先をかすめた。


 何も変わっていない。


 机も、椅子も、窓から見える景色も。


 まるで、この部屋だけがあの日に取り残されているみたいだった。


 私は机の引き出しを開け、奥にしまっていた一冊のアルバムを取り出す。


 蒼真と一緒に作っていた、未完成のアルバム。


 ゆっくりとページをめくり、何も貼られていない最後の一枚で手を止めた。


 真っ白なページを、じっと見つめる。


 ここに何を残すのか。


 それとも――何も残さないまま、すべてを終わらせるのか。


 私は覚悟を決めるように椅子へ腰を下ろした。


     ◇◇◇


 やがて、時計の針が午後八時を指した。


 玄関の郵便受けに入っていた手紙。


 そこに記されていた、約束の時間だ。


 私はアルバムを机の上に置き、ゆっくりと窓を開いた。


 夜の冷たい風が吹き込み、私の髪を揺らす。


 隣の家の窓は、すでに開いていた。


(相変わらず、約束の時間より前から待ってるんだ)


 そういうところだけは、昔から何も変わっていない。


 生真面目で。


 不器用で。


 そして――私を捨てた男。


「久しぶり……でもないね」


 一度、言葉を切る。


 胸の奥で渦巻く感情を押し殺し、私は隣の窓辺に立つ幼なじみの名を呼んだ。


「――蒼真」


 そこにいたのは、かつて私にとって誰よりも大切だった男。


 羽衣雪音に奪われ、私を置き去りにした幼なじみ――阿崎蒼真だった。

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