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隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい  作者: 夕凪虚音
第4章 完璧な推しは壊れていく ――推し曇らせ編――
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第223話 なんで私も上がってるのよ【黒羽冬花視点】

私と神田っちは。


無事――プリクラを撮り終えた。


「…………」


手元には。


さっき撮ったばかりの、小さな写真。


私と。


神田っち。


二人並んで写っている。


神田っちは相変わらず変な顔をしてるけど。


それでも――。


(…………えへへ)


なんだか。


見ているだけで頬が緩んでしまう。


私はプリクラを大事にしまって。


神田っちより少し前を歩いていた。


ショッピングモールの中は。


相変わらず人で溢れている。


買い物袋を持った家族。


楽しそうに話すカップル。


友達同士ではしゃぐ女の子達。


そんな人混みの中を。


私は少しだけ浮かれた気分で歩いていた。


その時だった。


「おい、黒羽」


後ろから。


神田っちの声が聞こえた。


「…………?」


けれど。


周囲の話し声や。


店内に流れる音楽に掻き消されて。


よく聞こえない。


「なんか落としたぞ」


「…………?」


何?


振り返ろうとした。


その時――。


「ははっ……」


「…………?」


突然。


後ろから笑い声が聞こえた。


神田っちの声だ。


何?


なんで笑ってるの?


私は足を止めた。


(やっぱり男の子って不思議よね)


(急に笑い出すなんて)


さっきまで。


プリクラで変な顔をしていたくせに。


今度は何を一人で笑ってるんだろう。


そんなことを思いながら。


私は振り返る。


「神田っち?」


「ははははは!!」


「…………!?」


神田っちは。


お腹を抱えて。


思いっきり笑っていた。


「ちょっ!?」


何!?


本当に何!?


「何!? 急にどうしたの!?」


思わず。


眉を寄せる。


すると神田っちは。


笑いを堪えるようにしながら。


「いや、お前……!」


「?」


私?


「めちゃくちゃ考えてくれてたんだな」


「すげぇ慣れてると思ったけどさ!」


「…………え?」


一瞬。


何を言われているのか。


分からなかった。


考えてた?


慣れてる?


何の話?


「…………?」


私は首を傾げながら。


神田っちを見る。


そして――。


気づいた。


「…………え」


神田っちの右手。


そこに。


一枚の紙が握られていた。


何度も折り畳んだから。


少しだけ皺のついた。


白い紙。


「…………」


見覚えが。


ある。


いや。


見覚えがあるどころじゃない。


(…………嘘)


心臓が。


ドクンッ――!!


大きく跳ねた。


(まさか)


私は慌てて。


自分のポケットへ手を突っ込む。


右。


ない。


「…………」


左。


ない。


「…………」


もう一度。


探す。


ない。


どこにも。


ない。


「…………」


私は。


その場で固まった。


頭の中が。


真っ白になる。


違う。


待って。


嘘。


なんで?


さっきまであったはずなのに。


あれは――。


あれだけは。


絶対に。


神田っちに見られたくなかったのに。


少しずつ。


少しずつ。


今起きている状況を。


頭が理解していく。


そして。


理解するたびに。


顔から血の気が引いていくような。


逆に。


頬だけが熱くなっていくような。


訳の分からない感覚に襲われる。


「…………神田っち」


どうにか。


声を絞り出した。


「ん?」


「それ……」


神田っちは。


何でもないことみたいに。


紙を持ち上げた。


「落としたぞ」


「…………」


終わった。


その瞬間。


ぼっ――!!


顔が。


一気に熱くなった。


「――ッ!!」


考えるより。


身体が先に動いた。


ダッ!!


「うおっ!?」


一気に神田っちとの距離を詰める。


そして――。


バッ!!


神田っちの手から。


紙を奪い取った。


「み、見た!?」


「見た」


即答。


「どこまで!?」


「全部」


「全部!?」


嘘でしょ!?


私は。


思わず頭を抱えた。


「最悪ぅぅぅぅ!!」


それは。


心の底から出た声だった。


恥ずかしい。


恥ずかしい。


恥ずかしい!!


よりによって。


全部!?


予定を書いてたところも!?


お店を予約してたところも!?


水着屋を下見してたことも!?


最後にプリクラを撮りたいって書いたところまで!?


全部!?


「いや何がだよ!」


「だって!」


私は。


奪い返した紙を。


隠すように胸元へ押しつける。


もう遅い。


分かってる。


とっくに全部見られてる。


それでも。


隠さずにはいられなかった。


「こういうのは見せないからいいの!」


「何が?」


「裏でめちゃくちゃ準備してるのとか!」


「…………」


「こういうのは!」


自分でも。


何を必死になっているのか分からない。


でも。


止まらない。


「もっと余裕ある感じで!」


顔が熱い。


絶対。


真っ赤になってる。


誤魔化すように。


私は髪を指先で弄った。


「『あ、なんとなくここ行こっか〜』みたいな!」


「…………」


「そういう感じにしたかったの!」


本当は。


なんとなくなんかじゃない。


今日。


神田っちと二人で出かけられるって決まってから。


何度も考えた。


どこへ行こう。


何を食べよう。


どうすれば神田っちは楽しんでくれるだろう。


水着屋だって。


事前に場所を確認した。


ご飯を食べる店だって。


待たなくて済むように予約した。


移動時間だって考えた。


最後には――。


神田っちと。


二人でプリクラを撮りたかった。


だから。


全部。


考えた。


楽しみにしていたから。


それだけ。


ただ――。


それだけのはずなのに。


「…………」


急に。


身体の奥が。


冷たくなった。


さっきまで。


あんなに熱かったはずなのに。


指先から。


少しずつ。


体温が奪われていく。


そして。


脳裏に。


聞きたくない声が蘇った。


――『重たいんだよ』


「…………っ」


息が。


止まった。


蒼真。


あの時の顔。


あの時の声。


私を見る。


あの目。


忘れたつもりだった。


もう。


過去に進むって。


さっき神田っちにも言ったばかりなのに。


たった一言。


頭の中に蘇っただけで。


身体は。


あの頃の私に戻ってしまう。


――重たい。


――面倒くさい。


――そこまでする?


そんな言葉まで。


勝手に頭の中で膨らんでいく。


「…………」


紙を持つ手が。


微かに震えた。


(神田っちも……)


胸が。


ぎゅっと締めつけられる。


(神田っちも、そう思った?)


だから。


笑ったの?


私が。


たった一回のデートのために。


こんな紙まで作って。


下見までして。


お店を予約して。


プリクラを撮るところまで考えて。


そんな私を見て。


おかしいって。


重たいって。


そう思って――。


笑ったの?


「…………っ」


怖い。


聞きたくない。


もし。


神田っちの口から。


同じ言葉を聞いたら。


私は――。


「…………ねぇ」


それでも。


聞かずにはいられなかった。


「ん?」


私は。


神田っちの顔を見ることができない。


視線を逸らしたまま。


手元の紙を。


ぎゅっ――。


強く握り締める。


そして。


確かめるように。


ぽつり、と。


聞いた。


「……重たいよね?」


「…………」


返事がない。


その一瞬が。


たまらなく怖かった。


「私……」


喉が。


僅かに震える。


「別に……その」


言い訳するみたいに。


言葉が零れていく。


「デート一回するだけなのに」


「こんな予定とか作って」


紙へ視線を落とす。


びっしり書き込んだ。


今日一日の予定。


昨日までは。


見るだけで楽しみだったのに。


今は。


それが全部。


自分の恥ずかしい部分を並べたものみたいに見えた。


「お店まで下見して……」


声が。


どんどん小さくなる。


「予約して……」


そして。


私は。


恐る恐る――。


神田っちを見上げた。


すると。


神田っちは笑顔で答えた。


「俺――」


「やっぱり黒羽のこと、嫌いじゃねぇわ!!」


「…………」


数秒。


沈黙。


「…………は?」


私の顔が。


さらに赤くなった。


「な、なによそれ!!」


「いや、そのまんまだけど」


「意味わかんない!」


「なんでだよ!」


「もっと他に言い方あるでしょ!?」


「じゃあ何て言えばいいんだよ!」


「知らないわよ!!」


私は。


真っ赤になった顔を隠すように。


くるりと背を向けた。


「わ、忘れなさい!」


「は?」


「今すぐ!」


「いや無理だろ」


「忘れて!!」


「お前が予定表落としたんだろ!」


「で? 完璧なハイパーデートプランナーさん、次の予定は?」


「うるさい!!」


もう。


本当に。


これ以上ここにいたら――。


顔から火が出る。


「私ちょっとお手洗い!!」


私は。


逃げるように神田っちへ背を向けた。


そして。


ずんずんと。


人混みの中を歩いていく。


「…………」


顔が熱い。


耳まで。


絶対に真っ赤になってる。


最悪。


本当に最悪。


よりによって。


あの予定表を全部見られるなんて。


(…………重たいよね)


また。


さっきの不安が。


胸の奥から顔を出す。


あんなに予定を立てて。


お店まで下見して。


予約までして。


最後にプリクラを撮ることまで決めて。


たった一回のデートに。


あそこまで必死になっていた私を――。


神田っちは。


どう思ったんだろう。


呆れた?


引いた?


それとも――。


(…………重たい女って、思った?)


「…………」


足が。


止まった。


私は。


ゆっくりと。


後ろを振り返る。


人混みの向こう。


少し離れたところに。


神田っちがいる。


「…………」


見たい。


怖い。


でも。


確かめたい。


どうしても。


知りたかった。


私は。


神田っちをじっと見つめる。


すると――。


視界の中に。


見慣れたウィンドウが浮かび上がった。


【神田ゆういち】


好感度[友情]:56→70

好感度[恋愛]:48→65


「…………え?」


一瞬。


意味が分からなかった。


私は。


瞬きをする。


もう一度。


見る。


【神田ゆういち】


好感度[友情]:56→70

好感度[恋愛]:48→65


「…………」


上がってる。


友情だけじゃない。


恋愛も。


「…………なんで?」


思わず。


声が漏れた。


今日。


私は何度も。


神田っちの好感度を確認していた。


水着屋でも。


一緒にご飯を食べている時も。


他愛もない話をしている時も。


そして。


プリクラを撮る前だって。


神田っちに気づかれないように。


こっそり。


何度も。


何度も。


確認していた。


(…………どうしたら)


どうしたら。


この人は。


私のことを好きになってくれるんだろう。


どんなことを言えばいい?


どんな仕草をすればいい?


どういう女の子なら。


神田っちは。


私を見てくれる?


だから。


考えた。


余裕のある女。


大人っぽくて。


男の子とのデートくらい慣れていて。


何でもさらっとこなせて。


ちょっとからかうくらいの余裕まである。


そんな。


魅力的な女の子。


そう見えるように。


私は今日。


ずっと演じていた。


もちろん。


全部が嘘だったわけじゃない。


楽しかった。


神田っちをからかうのも。


一緒に歩くのも。


本当に楽しかった。


でも。


少しだけ。


背伸びしていた。


『私、こういうの慣れてるから』


そんな顔をしていたかった。


だって――。


その方が。


魅力的に見えると思ったから。


「…………」


だけど。


数字は。


残酷なくらい正直だった。


友情は上がった。


一緒にいれば。


話せば。


笑えば。


少しずつ上がっていった。


なのに。


[恋愛]だけは。


頑なに。


動かなかった。


「…………」


どれだけ。


大人っぽい女性を演じても。


どれだけ。


余裕のある女を演じても。


神田っちの恋愛好感度は――。


上がらなかった。


だから。


少しだけ。


諦めかけていた。


(…………やっぱり)


(私じゃ、ダメなのかな)


そんなことまで。


思っていた。


なのに――。


「…………」


私は。


もう一度。


目の前の数字を見る。


好感度[恋愛]:48→65


上がってる。


しかも。


こんなに。


今日。


何度やっても。


動かなかった数字が。


今になって。


一気に。


上がっている。


「…………なんでよ」


だって。


今の私。


全然。


格好よくなかった。


余裕なんてなかった。


予定表を見られただけで。


顔を真っ赤にして。


必死になって奪い返して。


デート一回のために。


お店を下見して。


予約して。


移動時間まで考えて。


プリクラを撮ることまで予定に書いて。


挙げ句の果てに。


『重たいよね?』


なんて。


怯えながら聞いた。


一番。


見られたくなかった私。


蒼真に。


重たいと言われた。


あの私。


それを――。


神田っちに見られた。


なのに。


「…………」


恋愛好感度が。


上がっている。


(…………そっか)


胸の奥が。


じんわりと。


温かくなる。


作った私じゃない。


余裕のある私でもない。


大人っぽい私でもない。


必死で。


不器用で。


一回のデートを楽しみにしすぎて。


予定表まで作ってしまう。


そんな――。


私を。


「…………」


嫌じゃないって。


言ってくれた。


そして。


数字まで。


それが嘘じゃないって。


教えてくれている。


「…………っ」


ダメ。


嬉しい。


これは。


ダメ。


今。


神田っちの前に戻ったら。


絶対。


顔に出る。


私は。


慌てて前を向いた。


そして――。


「…………っ!」


逃げるように。


お手洗いへ向かった。


    ◇


「はぁ……っ」


お手洗いへ入った瞬間。


洗面台へ。


両手をついた。


「はぁ……はぁ……」


呼吸が。


おかしい。


別に。


走ったわけでもないのに。


心臓だけが。


ドクン。


ドクン。


うるさいくらい。


鳴っている。


「…………」


私は。


ゆっくり。


顔を上げた。


鏡。


そこには。


顔を真っ赤にした。


私が映っている。


「…………何よ、この顔」


髪も。


少し乱れてる。


全然。


余裕なんてない。


今日。


神田っちに見せたかった。


大人っぽい黒羽冬花とは。


似ても似つかない。


「…………」


でも。


不思議と。


今は。


そんな自分が。


少しだけ――。


嫌じゃなかった。


私は。


鏡の中の自分を。


じっと見つめる。


そして。


ほんの少しだけ。


意識を集中させた。


ゆっくりと。


視界に。


もう一つのウィンドウが浮かび上がる。


【黒羽冬花→神田ゆういち】


好感度[友情]:78

好感度[恋愛]:85


「…………」


私は。


固まった。


「…………え?」


恋愛。


85。


「…………」


もう一度見る。


変わらない。


85。


「…………いや」


待って。


おかしい。


だって。


さっきまで。


こんな数字じゃ――。


「…………」


そこで。


ようやく気づいた。


上がったのは。


神田っちだけじゃない。


私も。


あの瞬間。


神田っちが。


私の一番見られたくなかったところを見て。


それでも。


笑って。


『嫌いじゃない』


そう言ってくれた瞬間。


私の中でも――。


何かが。


変わっていた。


「…………」


鏡の中の私は。


まだ。


真っ赤な顔をしている。


私は。


そんな自分を見つめながら。


小さく。


本当に小さく。


呟いた。


「なんで私も上がってるのよ」


誰もいないお手洗いに。


私の声だけが。


ぽつりと。


響いた。

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