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隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい  作者: 夕凪虚音
第4章 完璧な推しは壊れていく ――推し曇らせ編――
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第221話 泣き顔を隠す場所

俺は黒羽の膝枕から身体を起こした。


その瞬間――。


「……くっ」


ズキン、と。


頭の奥を抉られるような痛みが走った。


思わず。


こめかみを押さえる。


「神田っち?」


黒羽の声が。


さっきまでより少しだけ低くなる。


「まだ無理しちゃダメだよ」


「……大丈夫だって」


いつものように。


笑って誤魔化そうとした。


けれど――。


ぎゅっ。


「…………」


黒羽が。


俺の腕を掴んだ。


そして。


少しだけ目を見開く。


「……神田っち」


「ん?」


「手、震えてるよ?」


その一言で。


無理やり作っていた笑顔が。


固まった。


「……今日寒いからな」


「めちゃくちゃ暖かいけど?」


誤魔化せない。


どれだけいつもの俺を演じても。


どれだけ陽気に振る舞っても。


この震えだけは。


止められなかった。


ゆっくりと。


自分の右手を見る。


「…………」


まだ。


残っている。


羽衣雪音の頬を。


この拳で殴った感触が。


「……俺」


女の子を。


殴ったんだ。


ついさっきまで。


本気で思っていた。


女の子に手を上げる男なんて――クズだ。


理由なんて関係ない。


それだけは絶対にやっちゃいけない。


俺にとって。


それは揺るぎない正義だった。


なのに。


羽衣雪音が。


姫花を地獄に落とした元凶だと知った瞬間。


俺は――。


迷わなかった。


真っ先に。


拳を振るった。


右手を。


強く握り締める。


怖かった。


羽衣雪音が――じゃない。


自分が。


怒りに任せて。


憎しみに任せて。


自分の中にあったはずの正しさを。


あんなにも簡単に。


踏み越えた自分自身が。


怖かった。


あの時、蓮也には。


『両方救う』


誰かを犠牲にして。


誰かを救うんじゃない。


どっちも救ってみせる。


そう言った。


なのに――。


いざ。


自分の大切な妹が傷つけられたら。


そんな理想なんて。


一瞬だった。


理性と感情を乗せた天秤は。


笑ってしまうくらい簡単に――。


姫花の方へ傾いた。


(……俺も)


もし。


あのまま誰にも止められなかったら。


羽衣が倒れても。


俺は――。


(殴り続けてたのか……?)


また。


指先が震えた。


その時。


耳の奥で。


声が聞こえた気がした。


『女を殴るとか最低』


『クズだろ』


『ありえない』


羽衣雪音と殴り合っていた時。


周囲にいた人達が。


俺へ浴びせてきた言葉。


羽衣の能力によって。


増幅されていた言葉なのかもしれない。


それでも。


頭から離れない。


何度も。


何度も。


脳内で繰り返される。


――お前はクズだ。


「…………」


俺は。


震える右手を見つめた。


「……黒羽」


「ん?」


「俺……女の子に手、上げたんだよ」


「…………」


「どんな理由があったってさ」


自嘲するように。


笑った。


「最低の……クズ野郎だよ」


羽衣が何をしたとか。


姫花が何をされたとか。


そんな理由を並べたところで。


俺が。


自分の意思で拳を振るった事実は。


消えない。


「…………」


黒羽は。


しばらく何も言わなかった。


そして――。


「そうだね」


胸が。


ズキッと痛んだ。


「どんな理由があっても、女の子に手を上げる男は――」


黒羽は。


真っ直ぐ俺を見る。


「最低で、クズだね」


「…………っ」


分かっていた。


自分で言ったことだ。


なのに。


黒羽の口から聞くと。


思っていたより――。


痛かった。


無意識に。


右手を強く握り締める。


だけど――。


「でも」


「…………?」


黒羽が。


俺の握り締めた拳へ。


そっと。


自分の手を重ねた。


「私ね」


「神田っちが羽衣さんを殴った時――」


一瞬だけ。


黒羽の表情から笑顔が消えた。


「スッとしたの」


「…………え?」


「私をあんな目に遭わせた人を」


「神田っちが殴ってくれて」


そして。


少しだけ。


寂しそうに笑った。


「嬉しいって思っちゃった」


「…………黒羽」


「だからさ」


ぎゅっ。


俺の拳を包む手に。


少しだけ力が入る。


「神田っちが最低のクズ野郎なら――」


黒羽は。


いつものように笑った。


「それを見てスッとした私も………」


「最低のクズ野郎だね」


「だから」


「神田っちだけが最低なんじゃないよ」


そして。


俺の目を見て。


「一緒だね? 私達」


「…………」


なんだよ。


それ。


慰めになってねぇだろ。


普通は。


『神田っちは悪くないよ』


とか。


『仕方なかったよ』


とか。


そういうことを言うんじゃないのか。


なのに――。


「…………っ」


視界が。


滲んだ。


「あれ?」


「神田っち」


黒羽が。


俺の顔を覗き込む。


「泣いてるの?」


「…………」


俺は。


咄嗟に顔を逸らした。


「……いや」


鼻をすすって。


できるだけ平静を装う。


「泣いてないてねぇよ!!」


「いや、めっちゃ泣いてるじゃん」


「だから泣いてねぇって!」


黒羽が。


小さく笑った。


だけど。


それ以上。


俺をからかうことはなかった。


代わりに――。


とん。


とん。


自分の膝を。


軽く叩いた。


「ほら、神田っち」


「…………?」


「怪我、酷いんだから」


黒羽は。


優しく笑う。


「もう少し寝てていいんだよ」


「…………」


また。


胸の奥が。


ぎゅっと締めつけられた。


「……悪い」


俺は。


ゆっくりと身体を横たえた。


後頭部に。


柔らかな感触が伝わる。


黒羽の膝。


「…………」


本来なら。


こんな状況。


心臓が爆発するくらい緊張するはずなのに。


今は。


そんな余裕すらなかった。


黒羽の顔が。


視界に入る。


優しい顔で。


俺を見下ろしている。


「…………っ」


ダメだ。


また。


涙が出そうになる。


見られたくない。


こんな顔。


「…………」


俺は。


逃げるように身体をひねった。


そのまま――。


ぐりっ。


黒羽のスカートへ。


顔を伏せた。


「…………」


「…………」


数秒。


沈黙。


「あのね、神田っち」


「…………なんだよ」


「膝枕ってさ」


黒羽の。


少し呆れた声が降ってくる。


「普通、仰向けでするものだと思うんだけど」


「もしかして、また匂いでも嗅ぎたいの?」


「私の香水気に入った?」


知ってる。


そんなこと。


俺だって知ってる。


でも。


今だけは。


顔を見られたくなかった。


黒羽は。


何も言わなかった。


ただ。


俺の頭に。


そっと手を置いた。


「…………まぁ」


一拍。


「今日ぐらいなら、いっか」


そして――。


するり。


黒羽の指が。


俺の髪を優しく撫でた。


一度。


また一度。


子供をあやすみたいに。


ゆっくりと。


何度も。


「…………」


温かかった。


何も聞かない。


無理に励まさない。


俺が悪くないとも。


間違っていないとも。


言わない。


ただ。


ここにいてくれる。


それだけなのに――。


「…………っ」


黒羽のスカートを。


ほんの少しだけ握った。


止まりかけていた涙が。


また。


溢れた。


「…………情けねぇな」


それでも。


黒羽は何も言わなかった。


ただ。


俺の頭を。


優しく。


撫で続けてくれた。


その優しさが。


今の俺には――。


どうしようもなく。


温かかった。

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