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隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい  作者: 夕凪虚音
第4章 完璧な推しは壊れていく ――推し曇らせ編――
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第215話 恋心は隠せても、歩く速さは隠せない【安城恵梨香視点】

私は、桜間さんと二人でショッピングモールを出て、家へと向かっていた。


手には、ショッピングモールで買ったばかりの水着が入った手提げ袋。


昼の風に吹かれながら歩いているのに。


私の頭の中に浮かんでいるのは――。


やっぱり、神田君のことだった。


今日。


神田君は、黒羽さんとデートしていた。


二人で歩いて。


二人で話して。


二人で水着まで選んで。


正直――。


面白くなかった。


胸の奥がずっとモヤモヤしていたし。


黒羽さんの隣にいる神田君を見るたびに、落ち着かない気持ちになった。


けれど。


そんなデートの最中でも。


神田君は――。


私のことを考えてくれていた。


黒羽さんと一緒にいる時間の中に。


ちゃんと、私がいた。


それが――。


何よりも嬉しかった。


「…………ふふ」


思い出すだけで。


胸の奥が、じんわりと温かくなる。


私は手に持った水着の袋を――。


ぎゅっ。


無意識に、強く握りしめた。


その時だった。


「安城さん!」


「…………」


私は気づかない。


完全に、自分の世界へ入り込んでいた。


だから――。


むぎゅっ。


「きゃっ!?」


突然。


後ろから伸びてきた両手が、私の胸を鷲掴みにした。


一瞬。


思考が止まった。


私はゆっくりと振り返る。


「……何してるの? 桜間さん」


そこには。


なぜか不満そうな顔をした桜間さんがいた。


「安城さんが悪いんだよ!」


「どうして私が悪いのよ」


「だって!」


桜間さんは頬を膨らませる。


「私が隣にいるのに、ずーっと自分の世界に入ってるんだもん!」


「だからって、人の胸を触っていい理由にはならないでしょう?」


「むぅ……あとちょっとだけ」


そう言いながらも。


桜間さんの手は、まだ離れない。


それどころかまだ。


モミモミ。


すると。


いつものように。


彼女の心の声が聞こえてきた。


(安城さん、胸デカすぎでしょ)


(この爆⚪︎をこれから独り占めできる神田君……)


(前世でどれだけ徳を積んだのよ!)


彼女の不意の言葉に、私は思わず反射的に答えてしまった。


「………まだ……ダメよ」


「そういうのはちゃんと順序を踏まないと」


「…………あっ」


――しまった。


言った直後。


私は自分の失言に気づいた。


反射的に。


あまりにも自然に。


桜間さんの心の声へ返事をしてしまった。


私は慌てて彼女の手を払いのける。


心臓が、どくんと跳ねる。


(やばい。怪しまれた?)


どう誤魔化す?


そんなことを考えていると――。


「え……?」


桜間さんが、驚いたように目を丸くした。


「じゃあ、ちゃんと順序を踏んで許可とったら私はいつでも触っていいの?モミ放題なの?」


「食べ放題みたいに言わないで」


「大丈夫!モミ残しなんかして追加料金取られないから!」


「食べ残しみたいに言わないでもらえる?」


私は淡々とツッコミを入れた。


桜間さんは、悪びれる様子もなく笑っている。


(……よかった)


(一ミリも怪しまれてない)


(良かった勘が鋭いタイプじゃなくて)


桜間さんのこういうところに助けられる日が来るなんて。


「それで?」


私は気を取り直す。


「何なの?」


「ん?」


「さっきから私を呼んでたんでしょう?」


「ああ、そうそう!」


桜間さんは、何か面白いことでも見つけたみたいに、にっこり笑った。


「安城さんって、歩くの早いよね?」


「……そうかしら?」


私は自分の足元へ視線を落とす。


別に。


早歩きしているつもりはない。


「普通だと思うけど」


「いや、早いよ!!」


即答だった。


「さっきから私、ちょっと頑張ってついていってるもん!」


「まるでラストオーダーで注文しすぎて無理矢理肉頬張ってる気分だったよ」


「どんだけ食べ放題で例えるの好きなのよ」


桜間さんは大きく頷く。


そして。


私の隣を歩きながら、何か閃いたように人差し指をぴんっと立てた。


「でね。これ、完全に私の偏見なんだけど」


「……偏見?」


「歩く速さと、心の動きって連動してると思うの」


「…………え?」


思わず、桜間さんの顔を見る。


彼女は妙に自信ありげだった。


「だから私、安城さんの歩くスピードを見てれば、安城さんが今何考えてるのか、ある程度推測できると思うんだよね!」


そして。


得意げに胸を張る。


「いわゆる――読心術ってやつ?」


読心術。


その言葉に。


私はほんの一瞬だけ、身体を強張らせた。


けれど。


すぐに平静を装って答える。


「常識的に考えて、普通の人は他人の心なんて読めないでしょう?」


「えー?」


「超能力じゃあるまいし」


私は淡々と言葉を続ける。


「ましてや、歩くスピードだけでその人が何を考えているのか分かるなんて、そんなわけないでしょう?」


我ながら。


ずいぶん説得力のない台詞だと思う。


なにせ。


人の心の声が聞こえるという、とびきり普通ではない非常識な人間である私が。


今。


他人に向かって――。


『常識的に考えなさい』


と説いているのだから。


(……私が言っても説得力ないわね)


もちろん。


そんなことは口には出せない。


すると。


「うーん……」


桜間さんは顎に指を当て、本気で考え始めた。


「例えばさっきの安城さんの歩くスピードで

心を推測してみると」


「自分の好きな人が、他の女の子とデートしてて不安だったけど――その彼が、デート中なのに自分のことを考えてくれてて。しかも、デート相手より自分のことの方がずっと好きなんだって分かって、一気に安心した……とか?」


(……あなた、エスパーか何かかしら?)


(前言撤回)


(……あなた勘鋭すぎ)


あまりにも的確すぎる。


私の心の中を覗いたとしか思えないくらい、綺麗に言い当てられていた。


「どう? 当たった?」


桜間さんは、私の顔を覗き込みながらニコニコと尋ねてくる。


私は一瞬だけ黙り込んで――。


「大はずれよ」


きっぱりと言い切った。


「えー? 本当に?」


「ええ。全然違うわ」


そう答えながら、私は桜間さんから逃げるように歩く速度を上げる。


「ちょ、安城さんだから速いって!」


桜間さんの声を背中に受けながら、そのまま曲がり角へ差しかかる。


そして――。


ドンッ!


「きゃっ……!」


突然、誰かとぶつかった。


「……っ」


思わず一歩、後ろへよろめく。


完全に油断していた。


いや――違う。


桜間さんにあまりにも図星を突かれて、動揺していたせいだ。


普段なら、近くに人がいれば心の声で気づく。


それなのに今は、その声すら耳に入っていなかった。


(……私としたことが)


すぐに顔を上げる。


「あの、すみません」


「ああ、いやいや。こっちこそ――」


聞き覚えのある男の子の声。


そして。


「あれ?」


相手も私の顔に気づいたらしい。


少し驚いたように目を見開いた。


「安城さんじゃん?」


「……え?」


そこに立っていたのは――。


私の今の隣の席。


甲斐谷俊一君だった。

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