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隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい  作者: 夕凪虚音
第4章 完璧な推しは壊れていく ――推し曇らせ編――
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第211話 真実と元凶

羽衣雪音の細い手が、俺の首をガシッと掴む。


「……っ!」


首へ食い込む指先。


息が苦しい。


けれど、それ以上に苦しかったのは――。


周囲の視線だった。


「最低だな、あいつ」


「ちゃんと謝れよ」


「もっと言ってやれ!」


俺を見ている全員が。


まるで最初から答えが決まっていたみたいに、俺だけを責めている。


(……ふざけんな)


どう考えても、おかしいのは羽衣雪音の方だ。


俺は殴られた。


木に叩きつけられた。


首まで掴まれている。


どう見ても被害者は俺のはずなのに。


なのに。


周囲は誰一人として彼女を止めようとしない。


全員が、彼女の味方だった。


「これじゃまるで……」


思わず漏れたその言葉と同時に。


胸の奥へ、忘れたはずの記憶が蘇る。


(……あの時と同じだ)


小学生の頃。


妹――姫花を守るために。


俺は片倉を返り討ちにした。


姫花をいじめていた奴らを止めるために。


必死だった。


ただ、大切な妹を守りたかっただけだった。


それなのに。


「神田が暴れた」


「やりすぎだ」


「話し合いをするべきだった」


周囲は、そんな言葉ばかりだった。


先生さえも。


姫花がどれだけ傷ついていたのかなんて見ようともしなかった。


俺がどうして拳を振るったのか。


そんなことには興味すらなかった。


みんな、自分の見たいものだけを見て。


俺が悪いと決めつけた。


何を言っても。


どれだけ叫んでも。


その声は、大勢の声にかき消されていく。


自分一人じゃ、どうすることもできない。


そんな無力感だけが、心に残った。


だから俺は。


いつしか、その理不尽を受け入れてしまった。


誰とも深く関わらない。


一人でいた方が傷つかない。


そう思って、生きてきた。


「…………」


首を掴まれたまま、俺は静かに目を閉じる。


すると。


羽衣雪音は、俺の心なんて見透かしたように微笑んだ。


「やり返さないの?」


その声音は、どこまでも穏やかだった。


だからこそ、不気味だった。


「ほら、神田君」


彼女は俺の両腕へ視線を向ける。


「両手、今空いてるよ?」


口元を楽しそうに緩めながら続けた。


「そのまま私に一撃入れても、別にいいんだよ?」


完全な挑発だった。


俺が手を出すのを待っている。


そんなことくらい、すぐに分かった。


俺は苦しさを堪えながら、小さく笑う。


「……悪いな」


かすれた声で呟いた。


「俺が憧れてるラブコメの主人公ってさ」


ゆっくりと羽衣雪音を見据える。


その灰色の瞳を、真っ直ぐに。


「女の子を大切にすることはあっても」


「女の子に手を上げるような奴は、一人もいないんだよ」


その瞬間。


羽衣雪音の笑みが、ほんの少しだけ深くなった。


俺は睨み返す。


「主人公達はみんな言うんだよ」


「女の子に手を上げる奴はクズだって」


「俺もそう思うよ」


「だから」


俺はゆっくりと言い切る。


「俺は、お前にはやり返さない」


しばらくの沈黙。


やがて。


羽衣雪音は、くすりと笑った。


「ふーん」


その笑みは、どこか愉快そうだった。


「じゃあさ」


首を少しだけ傾ける。


「このまま大人しく連行される?」


穏やかな声。


まるで世間話でもするみたいに。


「安心して」


「殺したりはしないから」


一拍置いて。


彼女は微笑んだまま続ける。


「まあ……廃人くらいにはするけど」


その言葉に。


普通なら恐怖で震えていたのかもしれない。


けれど、不思議と俺は笑ってしまった。


「ああ……」


小さく息を吐く。


そして。


羽衣雪音を真っ直ぐ見つめ返した。


「女の子に手を上げるくらいなら」


一切、迷わず言い切る。


「俺は、廃人になった方がマシだよ」


その言葉には。


強がりでも。


意地でもなく。

俺自身が、ずっと貫いてきた。


たった一つの信念。


それだけは、誰にも曲げさせるつもりはなかった。


すると――。


羽衣雪音は、くすりと笑う。


その笑みは、俺を嘲るようでもあり、どこか心の底から楽しんでいるようにも見えた。


「ねぇ、神田君」


彼女は首を小さく傾げる。


「私ね」


「クソゲーって、やる側の工夫次第で神ゲーになり得ると思うの」


「…………?」


何を言っている。


話の意図が見えない。


けれど羽衣は、そんな俺の反応すら面白いと言わんばかりに続ける。


「どれだけ単調で、どれだけ退屈なゲームでも」


「遊び方を変えれば、面白くなるの」


そう言うと、彼女はポケットへ手を入れた。


取り出したのは、小さなストップウォッチのような機械だった。


その機械を、愛おしそうに指先で撫でる。


「私ね」


「小さい頃から、本音を吐き出させるEES発現者を探す役目を与えられてたの」


「その時に渡されたのが、この機械」


彼女は機械を軽く掲げる。


「それと、EES発現者になる可能性がある人達の資料」


俺は眉をひそめる。


羽衣は独り言のように話し続けた。


「EES発現者ってね」


「発現する瞬間だけ、瘴気みたいな反応が出るの」


「この機械は、そのわずかな瞬間を観測するためのもの」


「だから私は」


彼女は、まるで今日の天気でも話すような口調で言った。


「たくさんの人を地獄へ落として確認してきたわ」


「…………」


息を呑む。


羽衣は何の罪悪感もなく笑う。


「追い詰めて」


「絶望させて」


「心を壊して」


「その瞬間、本音を吐き出させる能力かどうか確認するの」


「……冬花ちゃんもその一人よ」


そして肩をすくめる。


「まるでガチャを引くみたいにね」


「…………おい」


俺は低く呟く。


拳が震えている。


「何が言いたい」


羽衣は答えない。


俺は睨みつける。


「やるなら、とっとと施設へ連れて行けよ」


「そんな昔話を聞かされても――」


「そういえば」


俺の言葉を遮るように、羽衣がぽつりと呟いた。


「あったなぁ」


懐かしい記憶を思い出すように、空を見上げる。


「昔、一人の小さな女の子を地獄へ落としたこと」


俺の心臓が、小さく跳ねる。


「その子ね」


「いつも静かに本を読んでる可愛い女の子だった」


「…………」


嫌な汗が背中を伝う。


「私は能力で周囲の世論を少しだけ操作したの」


「その子を、みんなが自然と嫌いになるように」


「女の嫉妬って、本当に気持ち悪いよね」


「特に、可愛い女の子へ向ける嫉妬って」


羽衣は、くすくすと笑う。


「だから利用したの」


「徹底的に壊すために」


「そうそう」


「柔道で有名だった男の子も使ったっけ」


その瞬間。


俺の呼吸が止まりそうになった。


(……まさか)


全身が熱を帯びる。


心臓が暴れ始める。


血液が沸騰するみたいに、怒りが全身を駆け巡っていく。


耳鳴りがする。


視界が赤く染まり始める。


胸の奥から、抑え込んでいた何かが這い上がってくる。


本音が。


俺の能力が自分の理性を侵食していく。


そして羽衣は。


決定的な一言を、口にした。


「確か名前は――」


少し考える素振りを見せてから。


「ああ」


思い出したように笑う。


「神田姫花、だったっけ?」


――ブチッ。


頭の中で、何かが切れた。


「ッ!!」


バシィンッ!!


考えるより先に身体が動いていた。


俺の拳は一直線に羽衣雪音の顔面へ向かう。


今までどんな相手にも振るわなかった拳。


自分で決めた信念すら忘れるほどの怒り。


けれど――。


「ふふ」


羽衣は笑っていた。


俺の拳が届く寸前。


彼女は俺を掴んでいない左手をゆっくり持ち上げる。


そして。


パシッ。


あまりにも簡単に。


まるで子供の拳でも受け止めるように、俺の拳を掴んだ。


力が動かない。


羽衣は俺の拳を握ったまま。


嬉しそうに笑みを深める。


「……ありがとう」


その声には、歓喜が滲んでいた。


「クズに成り下がってくれて」


「でも良かったの?ラブコメの主人公は女の子殴らないんじゃないの?」


俺を見つめるその瞳は、どこまでも愉悦に満ちていた。


そして。


「ああ……お前は人間じゃねぇ」


彼女は、小さく笑う。


「ふふ」


「どんな理屈よ」


「けど、これで――」


「ようやく楽しめそうだわ」

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