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隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい  作者: 夕凪虚音
第4章 完璧な推しは壊れていく ――推し曇らせ編――
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第205話  安城恵梨香――共犯者を得る

水着を買った私は、二人の姿を探すようにショッピングモールの中を歩いていた。


神田君と黒羽さん。


さっきまで一緒にいた二人は、もうどこにも見当たらない。


私は水着の入った紙袋を胸元に抱えながら、人混みの中へ視線を巡らせる。


「…………」


けれど。


歩けば歩くほど、胸の奥に重たいものが積もっていく。


(……私、何してるんだろう)


本当なら。


こんなこと、するべきじゃない。


誰かのデートを勝手に尾行して。


二人が何をしているのか気になって。


見失ったら、今度はこうして探し回っている。


まるで――。


神田君を監視しているみたいじゃない。


「……っ」


その事実に気づくたび、胸の奥がずきりと痛んだ。


私はずっと。


相手を信じることを大切にしてきた。


誰かを信じることは、その人の未来を諦めないこと。


愛は支配することじゃない。


相手を理解して、尊重すること。


そう信じてきた。


それなのに――。


今の私は、どうだろう。


神田君を信じることもできず。


黒羽さんとの関係が気になって。


二人の後を追いかけている。


口では綺麗なことを言っておきながら。


自分が恋をした途端、何一つできていない。


そんな矛盾だらけの自分が――。


たまらなく嫌だった。


私は立ち止まり、自分の左肘あたりの袖をぎゅっと掴んだ。


力を込めすぎて、私服の生地に小さな皺が寄る。


「……なんでこんなに焦ってるのよ」


ぽつりと。


自分自身を責めるような声が漏れた。


そう思って。


足を止めた、その瞬間だった。


「あれ? 安城さん?」


「――え?」


聞き覚えのある声に、私は振り返る。


そこにいたのは。


長い茶色の髪を揺らしながら、満面の笑みを浮かべる女の子だった。


「……桜間さん?」


桜間楓さん。


私と同じクラスの女の子。


そして、この前――。


突然、私の胸元へ勢いよく飛び込んできた女の子でもある。


「安城さん!!」


私の姿を確認した瞬間。


桜間さんの顔が、ぱぁっと明るくなった。


「こんなところで偶然会えるなんて!!」


両手を握り締める。


そして――。


「私って本当についてる〜!!」


ぐっ!!


渾身のガッツポーズ。


その時だった。


桜間さんの視線が。


すっ――。


私の顔から下へ移動する。


そして。


胸元で止まった。


「…………」


何かを察知した私は。


反射的に片腕で胸元を隠した。


「……駄目だからね」


「えっ!?」


桜間さんが大袈裟なくらい目を見開く。


「も、もちろんだよ、安城さん!!」


ぶんぶんと両手を振りながら、必死に否定する。


「いくら私が安城さんのこと大好きだからって! 公衆の面前で胸元に飛びつくような、そんな節度のない人間じゃないって!!」


「この前、クラスのみんながいる前で、胸元に飛びついてきたけど?」


「…………」


沈黙。


桜間さんの笑顔が固まった。


「そ、そういえば!!」


露骨に話を変えた。


「安城さん!!」


「……何かしら」


桜間さんの視線が、今度は私が大切に抱えていた紙袋へ向けられる。


「あっ!」


嫌な予感がした。


「その紙バッグ!」


桜間さんが、びしっと指を差す。


「そこの水着屋さんのだよね!?」


「水着買ったの!?」


「見せて見せて!!」


「……絶対に駄目よ」


私は即答した。


見せられるわけがない。


この紙袋の中に入っているのは――。


豹柄。


それも。


私が普段なら絶対に選ばないような、布地面積が狭い大胆なデザインの水着。


神田君の好みだからという

ただそれだけの理由で買ってしまった水着だ。


そんなものを桜間さんに見られたら。


一体、何を言われるか分かったものではない。


「え〜! なんで〜!?」


桜間さんは不満そうに頬を膨らませる。


そして。


私の紙袋をじぃっと見つめながら。


楽しそうに想像を膨らませ始めた。


「安城さんのことだからな〜」


「きっと可愛らしいフリルがついた水着とかかな〜?」


そのまま桜間さんの心の声が聞こえる


(ま、私的には布地の面積が少なくて、豹柄の挑戦的な水着だったら最高なんだけどな〜)


(あなたエスパーか何かかしら?)


(てか好みが完全に神田君と同じね)


私は水着の話題から逃げるように、桜間さんへ問いかけた。


「そういえば、桜間さんは何をしに来たの?」


「私?」


桜間さんは自分を指差す。


「私ね、ここの五階にあるレストランでお昼食べようと思ってたの!」


「レストラン?」


「そうそう! めっちゃ人気なのよ?」


そう言って、桜間さんはぱっと笑顔を浮かべる。


「よかったら安城さんも一緒にどう?」


「いや、私は――」


断ろうとした。


今の私には、そんな余裕はない。


せっかくここまで二人を追いかけてきたのに。


今も神田君と黒羽さんがどこにいるのか分からない。


こうしている間にも。


二人はどこかで――。


そんなことを考えながら、断ろうとした。


その瞬間だった。


桜間さんの心の声が聞こえてくる。


(この店、冬花ちゃんに教えてもらったんだよね〜)


「…………」


冬花ちゃん。


黒羽さん?


(デザートが特に絶品って聞いたし! 楽しみだな〜!)


「……私も行く」


「え?」


桜間さんが目を丸くする。


「行くわ」


「文脈的にさっき断ろうとしてなかった!?」


「気のせいよ」


「絶対気のせいじゃないよね!?」


私は桜間さんのツッコミを聞き流しながら、頭の中で考える。


もうすぐ、お昼の時間。


今から広いショッピングモールの中を闇雲に探し回るより。


黒羽さんがお気に入りの店なら――。


神田君を連れてくる可能性は高い。


そう。


これはあくまで。


二人を見つけるための、合理的な判断。


決して。


(……デザートにも、少し興味があるけど)


それはまあ。


ついで。


こんな時にも食い意地が出てしまう私がすごく情けなかった。



私達は、そのまま五階のレストランへ向かった。


人気店というだけあって、店の前には何人かのお客さんが並んでいる。


少し待ったあと。


私達はようやく店内へ案内された。


落ち着いた照明。


綺麗に並べられたテーブル。


ショッピングモールの中にあるとは思えないくらい、お洒落な雰囲気のお店だった。


「わぁ〜! やっぱりいい感じ!」


桜間さんは楽しそうに周囲を見回している。


私達は案内された席へ座り、それぞれ注文を済ませた。


「ここ、パスタが人気なんだって! なんせシェフの気まぐれで毎回味が変わるらしくてさ。それがまた、センスのいい味なんだって!」


「へぇ……」


桜間さんはメニューをじっくり眺める。


そして――。


「よし! 私はグラタンにしようかな?」


(パスタじゃないのかよ)


(文脈的にシェフの気まぐれパスタを選ぶところでしょう?)


すると、まるで私の疑問に答えるように。


「私、気まぐれって嫌なの」


桜間さんは真剣な表情で言った。


「こっちは本気で食べに来てるんだから、向こうにも本気で来てほしいっていうかさ?」


「…………」


(何の話をしているのかしら)


どうやら彼女には、彼女なりの譲れない信念があるらしい。


私は結局、シェフの気まぐれパスタを注文した。


しばらくして。


私達の注文した料理が、それぞれテーブルへ運ばれてくる。


「わぁ〜! 美味しそう!」


そう言って自分のグラタンを見ていたはずの桜間さんだったが。


次の瞬間。


その視線が、すっ――と私のパスタへ向けられた。


「安城さん、一口ちょうだい?」


「…………」


(あなた、気まぐれが嫌いなんじゃなかったの?)


どうやら一番の気まぐれは彼女だったという


そんな他愛もない茶番をしていた――。


その時だった。


カラン――。


店の入口の扉が開く。


何となく。


本当に、何となく。


私はそちらへ視線を向けた。


そして――。


「…………っ」


一瞬。


呼吸が止まる。


神田君。


そして。


その隣には――黒羽さん。


(……来た)


本当に。


来た。


自分でも驚くほど、心臓が大きく跳ねる。


どうやら私の予想は当たっていたらしい。


二人はまだ、こちらには気づいていない。


そのまま店員さんに案内され、店内へ入ってくる。


すると。


当然、桜間さんも二人の存在に気づいた。


「あっ!」


まずい。


「冬花ちゃんじゃん!」


桜間さんが嬉しそうに手を上げる。


「おーい! 冬――」


「――っ!」


私は反射的に手を伸ばした。


がしっ。


「むぐっ!?」


桜間さんの口を、手のひらで塞ぐ。


「……静かにして」


「…………」


私達の視線がぶつかる。


桜間さんが目をぱちぱちさせる。


私は何も言わない。


ただ。


じっと彼女の目を見る。


「…………」


「…………」


数秒後。


桜間さんの目が、すっと細くなった。


そして。


何かを察したように――。


こくり。


小さく頷いた。


私はゆっくりと手を離す。


すると桜間さんは。


先ほどまでの明るさが嘘だったかのように、すっと身を低くした。


そして私と一緒になって。


物陰から神田君と黒羽さんの様子を、じーっと見つめ始める。


「…………」


「…………」


その瞬間。


ふと思う。


(……私)


(本当に何してるのかしら)


さっきまで。


尾行している自分をあれだけ嫌悪していたはずなのに。


気づけば今度は――。


クラスメイトまで巻き込んで、二人を監視している。

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