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隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい  作者: 夕凪虚音
第4章 完璧な推しは壊れていく ――推し曇らせ編――
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第202話 神田ゆういち――最高の復讐

「最高の復讐ってさ」


少しだけ間を置いてから、黒羽は小さく続けた。


「一体、何だと思う?」


そう言って、ぎゅっと拳を握り締める。


白くなるほど力の入った指先。


ゆっくりと顔を上げた黒羽は、まっすぐ俺を見つめていた。


その瞳には怒りも、悲しみも、迷いも全部混ざっている。


だからこそ――俺は、すぐに答えることができなかった。


(最高の復讐……)


幸せになること。


成長すること。


忘れること。


世間でよく聞く言葉が、次々と頭の中へ浮かんでは消えていく。


(違う)


俺は心の中で静かに首を振った。


(これは違う)


(これは俺の考えじゃない)


(誰かが言っていた言葉を、そのまま借りてきてるだけだ)


散々、自分の本音が漏れてきた弊害なのかもしれない。


自分が本当に思っていないことを口にしようとすると、心のどこかで強い違和感が生まれる。


まるで。


――それは、お前の本音じゃない。


そう、自分自身に止められているみたいだった。


(罰ゲームみたいなこの能力も少しは役に立ってたんだな)


だから俺は、世間の答えじゃなく。


神田ゆういちという人間が歩いてきた人生を、もう一度振り返った。


片倉から妹を守って悪者になった日。


愛理と蓮也と仲違いした日。


絶対に許せないと思った日。


全部を思い返した先で、ようやく一つの答えへ辿り着く。


俺はゆっくりと息を吸った。


「最高の復讐は……」


静かに黒羽を見つめ返す。


「相手の前から姿を消して、もう二度と許す機会を与えないことだと、俺は思う」


黒羽の瞳がわずかに揺れた。


俺は続ける。


「人ってさ」


「後から気付くことがあるんだ」


「なんであんなことを言ったんだ」


「なんであんなことをしたんだ」


「謝りたい」


「やり直したい」


「もう一度会いたい」


「そういう後悔って、簡単には消えない」


俺は苦笑する。


「でも、その時にはもう遅いんだ」


「相手が目の前からいなくなってたら」


「謝ることもできない」


「償うこともできない」


「許してもらうこともできない」


「その後悔を、一生抱えて生きるしかない」


小さく息を吐く。


「俺は、それが一番重い復讐なんじゃないかって思ってる」


「『もう、お前は俺の人生には必要ない』って」


「そう突きつけて、自分の人生を歩いていくこと」


俺は少しだけ遠くを見る。


「あのさ」


「俺、最初は秀英高校を受験しようと思ってたんだ」


「でも、愛理と蓮也と仲違いした時さ」


「もう二度と会ってやるもんかって思った」


「あんな酷いことをしたお前らは、一生後悔して生きればいいって」


「だから連絡先も全部消した」


「あの時は、本気でそう思ってた」


自嘲気味に笑う。


「……卑屈だろ?」


黒羽は何も言わない。


ただ静かに、俺の言葉を聞いていた。


俺は肩を竦めながら続ける。


「昔さ、テレビで見たことがあるんだ」


「『幸せになることが最高の復讐です』って」


「その言葉自体は、きっと間違ってない」


「嫌なことなんて忘れて」


「前を向いて」


「幸せになる」


「それができるなら、それが一番いい」


俺はそこで言葉を切った。


少しだけ視線を落とし、小さく息を吐く。


「でもさ」


「壮絶なトラウマを抱えた人に、その言葉をそのまま投げるのは……俺は違うと思う」


「だって、本当に絶望した人間って」


「幸せになること自体が怖くなるんだ」


「笑うことに罪悪感を覚えたり」


「前へ進もうとすると、過去に引き戻されたり」


「そういう人だっている」


黒羽の肩が、ぴくりと震えた。


「だから」


「無理に幸せになろうとしなくてもいい」


「無理に許そうとしなくてもいい」


「まずは、自分の中で納得できる形を見つけることが大事なんじゃないかなって思う」


俺は黒羽を真っ直ぐ見つめる。


「私はあなたを許さない」


「私はあなたとは、もう二度と関わらない」


「そうやって、自分の意思を示すことも、一つの区切りなんだと思う」


「相手のためじゃない」


「自分自身が前へ進むための区切りだ」


少しだけ笑う。


「もちろんさ」


「暴力とか、人を傷つけるような復讐には反対だ」


「誰かを傷つけた瞬間、その人は相手に人生を支配されたままになる」


「だからこそ俺は」


「もうお前は俺の人生には必要ない――そう決めて、自分の人生を歩いていくこと」


「それが俺なりの、最高の復讐なんだと思う」


黒羽は少しだけ間を空けると、ぽつりと呟いた。


「……意外ね」


俺は小さく首を傾げる。


「神田っちなら」


黒羽はどこか困ったように笑う。


「『最高の復讐は許すことだ』って、そういうことを言うと思ってた」


その言葉に、俺は思わず頬をかいた。


「……だから俺は、復讐することをやめたよ」


「……え?」


黒羽が目を丸くする。


俺は苦笑しながら肩をすくめた。


「俺さ、やっぱりみんなと仲良くしたいんだよ」


「人を恨み続けるのって、どうも性に合わないみたいで」


そう言って、降参するみたいに両手を上げる。


「もちろん、恨んでた時期はあった」


「復讐したいって思ったことだってある」


「でも、俺は復讐に手を染めるより――同じように苦しんでる人に寄り添うことを選んだ」


少しだけ視線を落とす。


「俺が味わった苦しみには意味があったって、そう思いたかったんだ」


「この痛みがあったからこそ、誰かの苦しみに気付けるようになったんだって」


その瞬間だった。


ふと、一人の少女の姿が頭に浮かぶ。


部屋へ閉じこもり、何もかもを諦めかけていた俺へ。


何も言わず、そっと手を差し伸べてくれた安城恵梨香。


『誰かを信じるって』


『誰かの未来を諦めないってこと』


あの日、安城が真っ直ぐな瞳で優しく笑いながら言ってくれた言葉。


あの一言があったから。


俺は少しずつ前を向けるようになった。


復讐だけを考えていた自分から、抜け出せたのかもしれない。


「安城……ありがとうな」


心の中で、小さく呟く。


もし安城に出会っていなかったら。


今の俺は、きっとここにはいなかった。


「ねぇ……神田っち」


黒羽の声で、意識が現実へ戻る。


顔を上げると、黒羽は下唇をぎゅっと噛み締めていた。


何かを堪えるように。


何度も言葉を飲み込むように。


やがて小さく息を吸い込み、震える声で口を開く。


「私の……蒼真への恋は」


「……偽物だったのかな?」


その一言は、とても静かだった。


けれど、その中には何年も抱え続けてきた苦しみが詰まっていた。


黒羽は俯いたまま続ける。


「大好きで」


「大好きで」


「いっぱい尽くして」


「ずっと隣にいたかった」


「……あの日々は」


涙を堪えるように、唇が震える。


「何の意味も、なかったのかな……?」


「……ごめんね?こんな事言って……」


「困るよね?」


その問いを聞いた瞬間、俺はようやく気付いた。


黒羽が本当に苦しんでいたものに。


蒼真を奪われたことだけじゃない。


自分が誰かを心から愛した、その時間まで否定されたような気がしていたんだ。


俺はゆっくりと口を開く。


「……何言ってんだよ」


黒羽がゆっくりと顔を上げる。


俺は真っ直ぐ彼女の瞳を見つめた。


「一人の人間を、こんなに長い間、本気で愛し続けた黒羽が」


「偽物なわけ、ないだろ」


その言葉が届いた瞬間だった。


黒羽の瞳が、小さく揺れた。


まるで、心の奥深くで固く絡まっていた何かが、ふっとほどけていくように。


ずっと見ようとしなかった答えに、ようやく触れられたように。


そして。


長い間、自分自身を縛り続けていた鎖が、一つ外れたような。


そんな穏やかな表情が、ほんの一瞬だけ浮かんだ。


その姿は――。


ほんの少し前。


阿崎たちの瞳へ、一瞬だけ正気が戻った、あの瞬間とどこか重なって見えた。

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