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隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい  作者: 夕凪虚音
第4章 完璧な推しは壊れていく ――推し曇らせ編――
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第197話 本郷愛理vs片倉遥輝 ―怪物の逆鱗―

「あとは……お前だけだな?」


彼女の鋭い眼光が、片倉を真っ直ぐ射抜く。


その瞳に宿るのは、先ほどまでの軽い笑みではない。


冷たく、研ぎ澄まされた殺意。


まるで獲物を狩る直前の猛獣みたいな視線に、私の背筋までぞくりと震えた。


「な、何もんだよ……お前は……」


片倉の声が震える。


私を逃がさないように掴んでいる腕も、小刻みに震えていた。


さっきまであれほど余裕そうに笑っていたのに。


今の片倉は、完全に怯えている。


けれど彼女は、その問いには答えなかった。


代わりに、少しだけ首を傾げる。


「ねぇ……。」


静かな声だった。


「さっき、ゆういちに復讐するって言ってたよね?」


「……。」


「彼に、何かされたの?」


その声音には、わずかな興味が混じっていた。


まるで事情だけは聞いてあげよう、とでも言うように。


片倉は唇を噛む。


そして次の瞬間、顔を歪めながら叫ぶように言った。


「ああ……!」


「あいつに、俺は昔……病院送りにされたんだよ!」


憎しみのこもった声が、裏路地に響く。


「あれがきっかけで道場は破門!」


「柔道で活躍するはずだった俺の華々しい人生は……全部、あいつのせいで潰されたんだ!」


肩を震わせながら、片倉は怒りをぶつける。


その目には、長い間積み重ねてきた憎悪が宿っていた。


けれど――。


目の前のピンク髪の少女は、ただ静かにそれを聞いていた。


やがて。


「……へぇ。」


小さく、そう呟く。


そして。


「それってさ。」


一歩、前へ出た。


「アンタが、そこの妹ちゃんをいじめてて……返り討ちにあったって話でしょ?」


「……っ!」


「お前なんでそんな事知ってんだよ?」


片倉の顔が、ぴくりと引きつる。


彼女は構わず続けた。


「ちょっとね〜」


「でもどう考えても、アンタが悪いじゃん。」


その声はどこまでも淡々としていた。


だからこそ、余計に胸に刺さる。


「悪いことをして、制裁を受けた。」


「それなのに、全部ゆういちのせい?」


彼女は、ふっと小さく笑った。


けれど、その笑みには欠片も温度がなかった。


「ねぇ……。」


ピンク色の瞳が、まっすぐ片倉を見据える。


「それって、支離滅裂してな〜い?」


「自分が悪かったって認めたくないから、全部他人のせいにしてるだけでしょ?」


「道場が破門になったのも病院送りにされたからじゃなくて、問題を起こしたからでしょ」


静かな声。


それなのに、一言一言が鋭い刃みたいに片倉へ突き刺さっていく。


そして最後に。


彼女は小さく肩をすくめると、呆れたようにため息を吐いた。


「……逆恨みも、ここまでくると見苦しいね。」


そして、くすりと小さく笑う。


「男のヒステリックはモテないよ?」


「……っ!」


その一言が、決定打だった。


片倉の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。


怒り。


屈辱。


そして、恐怖。


それらがぐちゃぐちゃに混ざり合い、顔を醜く歪ませていた。


「俺を……コケにしやがって……!」


かすれた声が漏れる。


「どいつもこいつも……!」


その瞬間。


私を掴んでいた腕に、ぎりっと力が込められた。


「いっ……!」


肩に痛みが走る。


片倉の呼吸は荒く、もう冷静さなんてどこにも残っていなかった。


「おい!!」


怒鳴り声が裏路地に響く。


「今すぐ降参しろ!」


「さもないと……神田の妹を締め上げるぞ!?」


私の身体がびくりと震える。


けれど――。


「……へぇ。」


目の前の彼女は、まるで焦った様子を見せなかった。


むしろ、不思議そうに小首を傾げている。


「ねぇ……。」


静かな声。


「ゆういちにとっては、その子は脅しになるかもしれない。」


そこで一度、言葉を切る。


そして。


そのピンク色の瞳が、まっすぐ片倉を見据えた。


「でも、私にとっては……そうとは限らないよ?」


「……あ?」


片倉が目を見開く。


彼女は、どこか冷めた声で続けた。


「その子がどうなろうと……私にはどうでもいいってこと。」


「なんなら……その子ごと、アンタを潰せるってことだよ?」


私の胸が、どくりと鳴った。


一瞬だけ、胸の奥が冷たくなる。


けれど。


その時だった。


彼女が、じっと片倉を見つめる。


瞬きすらしない。


まるで――。


何かを、その瞳の奥へ刻み込むみたいに。


「……っ。」


片倉の身体が、ぴたりと止まった。


その目から怒りが消える。


代わりに、ぼんやりとした色が宿っていく。


「……あ。」


小さく、声が漏れる。


まるで、何かを忘れてしまったみたいに。


数秒。


奇妙な沈黙が流れた。


そして――。


「……ちっ。」


片倉が舌打ちをする。


「人質にならねぇなら……もう邪魔だ。」


その言葉と同時に。


私を掴んでいた腕が、突然離された。


「きゃっ……!」


身体が前へ投げ出される。


まるで、最初からそうするつもりだったかのように。


私はそのまま地面へ倒れ込む――


そう思った。


けれど。


「あぶない、あぶない」


ふわり、と。


温かな腕が私を受け止めた。


顔を上げる。


そこには、彼女がいた。


さっきまで男たちを圧倒していた、あの恐ろしい少女。


なのに今は――。


「にしし♡」


いつものような、柔らかな笑みを浮かべていた。


「怖かったよね?」


優しく、背中をさすってくれる。


「もう大丈夫だからね?」


その声は、驚くほど温かかった。

さっきまでの冷たい殺意なんて、まるで最初から存在しなかったみたいに。


私は呆然と、その人の顔を見つめた。


……なんなんだろう、この人。


怖いのに。


優しくて。


めちゃくちゃなのに――。


不思議と、その腕の中は安心できた。


「にしし♡」


彼女は私に向かって、いつものような悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「姫花ちゃんは、私の後ろにいて。」


「……え?」


思わず目を瞬かせる。


どうして、この人が私の名前を知っているんだろう。


「ど、どうして……私の名前を……?」


すると、彼女は少しだけ目を細めた。


その笑みが、どこか優しく見える。


「ゆういちがね。」


「よく、姫花ちゃんの話をしてたから。」


「……にぃにが?」


胸が、どくりと鳴った。


この人が。


にぃにをまるで大切な人のことを話すみたいに口にした。


そして。


私のことまで知っている。


分からない。


何も分からない。


でも――。


どうしてだろう。


この人は、嘘をついていない気がした。


彼女は私をそっと自分の後ろへと下がらせる。


まるで、壊れやすいものを守るみたいに。


小さな背中。


それなのに、今の私には誰よりも大きく見えた。


「……さて。」


彼女が、ゆっくりと前を向く。


ピンク色の髪が、ふわりと揺れた。


「じゃあ……やろうか?」


その声音は、驚くほど軽かった。


まるで、これから友達と遊びにでも行くみたいな気楽さで。


その瞬間だった。


「舐めるなぁぁぁぁっ!!」


片倉が、雄叫びを上げた。


地面を蹴る。


ドンッ――!


アスファルトを踏み砕かんばかりの勢いで、その巨体が一直線に駆け出す。


怒りに歪んだ顔。


血走った目。


握り締められた拳。


獣みたいな形相で、彼女へ向かって突っ込んでいく。


その迫力に、私は思わず息を呑んだ。


……速い。


普通の人なら、避けられない。


そう思った。


けれど――。


私の前に立つ少女だけは。


ただ静かに、その姿を見つめていた。


まるで。


最初から、何もかも分かっているかのように。


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