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隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい  作者: 夕凪虚音
第4章 完璧な推しは壊れていく ――推し曇らせ編――
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第196話 本郷愛理――大切な人のために

「にしし♡ 正義のヒーロー参上〜」


「こんな可愛い女の子を、男が寄ってたかっていじめるなんてさ〜。」


「お前ら――」


彼女はそこで一度言葉を切った。


逆光の中で、口元だけがゆっくりと吊り上がる。


「地獄行き確定だね?」


場違いなくらい明るい声が、暗い裏路地に響いた。


その声に反応するように、片倉たち全員の視線が一斉に彼女へ向く。


「……は?」


「正義のヒーローだぁ?」


「誰だ、お前。何しに来たんだよ」


片倉が苛立ったように吐き捨てる。


けれど、彼女はまるで気にした様子もなかった。


むしろ、それが面白いとでも言うように、小悪魔めいた笑みを浮かべる。


「ん〜……どうだろね。」


彼女は人差し指を唇に当て、少しだけ考える素振りを見せた。


「正義のヒーローっていうより、私は悪役の方がキャラ的に合ってるんだけどね?」


くすり、と楽しそうに笑う。


その姿はどこか無邪気で――。


なのに、なぜだろう。


私はその笑顔の奥に、言いようのない冷たさを感じた。


「にしし♡ まぁ、なんにせよ――」


彼女は一歩、こちらへ近づく。


「今なら見逃してあげるからさ。その女の子を解放して、とっとと失せなよ?」


その言葉に、片倉のこめかみがぴくりと引きつった。


「……おいおい、冗談だろ?」


呆れたように肩をすくめる。


「女一人で、俺たちに勝てると思ってんのかよ?」


その瞬間だった。


彼女は小さく目を細める。


そして、どこか自嘲するように笑った。


「はぁ……。」


ため息が、静かな裏路地に落ちる。


「本当に私って、つくづくヤンキーに縁があるみたいだね。」


彼女は今までの過去を振り返るように困ったように頬をかく。


「もういっそ、趣味ヤンキー狩りにしようかな〜?」


「……っ。」


その軽い口調が、逆に片倉の神経を逆撫でしたらしい。


片倉の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。


「……舐めるなよ。」


低い声が漏れる。


「お前をここで暴力でやっちまってもいいんだぜ?」


憎しみを込めた声。


脅し。


けれど――。


彼女は、笑った。


くすくすと。


まるで、子どもの冗談でも聞いたみたいに。


「へぇ。」


そして、ゆっくりと首を傾げる。


ピンク色の髪が、さらりと揺れた。


「お前らみたいなヤンキー風情が――」


その笑みが、少しだけ深くなる。


「私に勝てるとでも思ってんの?」


その瞬間。


ぞくり、と。


なぜか私の背筋に、冷たいものが走った。


明るい笑顔なのに。


優しそうな声なのに。


どうしてか、この人の方が――。

片倉たちよりも、ずっと怖く見えた。


そんな空気を振り払うように、片倉が鼻で笑う。


「……まぁ、いい。」


口元を歪めながら、私の腕を掴む力をさらに強めた。


「これから神田をやっちまう前に、ちょうどいい腕慣らしになる。」


その言葉が落ちた瞬間――。


空気が、一瞬で凍りついた。


「…………は?」


彼女の声だった。


さっきまでの軽い調子とは違う。


低く、冷たい声。


私は思わず彼女を見る。


逆光のせいで表情はよく見えない。


それなのに、なぜか胸がざわついた。


「今……あんた、何て言った?」


静かな声だった。


怒鳴っているわけでもない。


なのに、その場にいた全員が息を呑む。


片倉だけは気づかない。


むしろ面白そうに口元を吊り上げた。


「んだよ。」


肩をすくめながら、当然のように言う。


「俺はな、神田ってやつに今から復讐するんだよ。」


そして、私の肩をぐいっと引き寄せた。


「この妹を人質にしてな。」


「……。」


「さすがのあいつも、妹が人質にされたら何もできないだろ?」


片倉は、にやりと笑う。


その笑顔に、ぞっとした。


「楽しみだぜ? 本当に。」


沈黙。


誰も、何も言わない。


風の音だけが、やけに大きく聞こえた。


やがて、彼女が口を開く。


「……ちなみに。」


その声は、驚くほど静かだった。


「その人のフルネームは?」


どうしてそんなことを聞くんだろう。


私は不思議に思った。


片倉も同じだったのか、少し眉をひそめる。


だが、すぐに鼻で笑った。


「ああ……神田ゆういちってやつだよ。」


その瞬間だった。


――ぞくっ。


全身に鳥肌が立った。


空気が、変わった。


いや。


変わったなんてものじゃない。


まるで、見えない何かに喉元を掴まれたみたいだった。


息が、苦しい。


足が震える。


さっきまで笑っていた取り巻きたちも、ぴたりと動きを止めていた。


彼女が、ゆっくりと顔を上げる。


その目が見えた。


そして私は、思わず息を呑む。


……怖い。


さっきまでの愛らしい笑顔は、どこにもなかった。


小悪魔みたいな笑みも。


ふざけた口調も。


全部、消えていた。


そこにいたのは――。


底の見えない、冷たい怒りを宿した一人の少女だった。


彼女は一歩、前へ出る。


コツ。


小さな足音が、妙に大きく響いた。


そして。


低く、静かに呟く。


「お前ら……。」


彼女が、ゆっくりと顔を上げる。


その瞳には、さっきまでの軽い笑みはどこにもなかった。


「私の大切な人の幸せを……邪魔しようってわけ?」


――大切な人。


今、この人はそう言った。


私の兄。


神田ゆういちのことを。


胸が、どくりと鳴る。


どうして。


どうして、この人がにぃにをそんなふうに呼ぶんだろう。


その声には、怒鳴り声も、激しい感情もない。


ただ、静かな怒りだけがあった。


だからこそ――余計に怖かった。


「……絶対にさせない。」


ぽつり、と。


それは誰に聞かせるでもない、小さな呟きだった。


そして。


彼女はゆっくりと私たちを見回す。


「ここで――。」


静かな声。


けれど、その場にいた全員の身体が強張る。


「お前ら全員、叩き潰してやるよ。」


その言葉が落ちた、次の瞬間だった。


彼女は足元に持っていたカバンを無造作に置く。


そして――。


地面を蹴った。


「――え?」


思わず、声が漏れる。


速い。


そんな言葉では足りない。


まるで、一瞬で消えたみたいだった。


ピンク色の髪だけが、残像のように視界を掠める。


「なっ――」


男の一人が目を見開く。


けれど、もう遅かった。


彼女の拳が、一直線にその男の腹へと突き刺さる。


「ぐっ……!?」


鈍い音が響く。


次の瞬間、男の身体が宙に浮いた。


そのまま数メートル先まで吹き飛び、裏路地の壁へ激しく叩きつけられる。


ドンッ――!


重い音が響いた。


男はその場に崩れ落ち、ぴくりとも動かない。


「……え。今何が?」


私は目を見開いた。


何が起きたのか、全然分からない。


あまりにも一瞬だった。


周りの男たちも、完全に思考が止まっている。


「……は?」


「な、何が起こったんだよ……」


震えた声が漏れる。


その声には、さっきまでの余裕なんて欠片もなかった。


代わりに滲んでいるのは――明らかな恐怖だった。


けれど、彼女は止まらない。


「あと五人。」


ぼそり、と。


まるで人数を確認するように呟く。


次の瞬間。


再び彼女の姿がぶれる。


「う、うわっ――!」


別の男が慌てて後ろへ下がろうとする。


だが、その視界に映ったのは。


すでに目の前まで迫っていた、彼女の姿だった。


「遅いよ。」


短い一言。


そして――。


ブンッ!


鋭い風切り音。


彼女の回し蹴りが、男の側頭部へ吸い込まれるように叩き込まれた。


「がっ……!」


男の身体が横へ吹き飛ぶ。


地面を二度、三度と転がり、そのまま動かなくなった。


静寂。


裏路地にいた全員が、言葉を失っていた。


私はただ呆然と、彼女の背中を見つめる。


強い。


……そんな言葉じゃ足りない。


まるで、大人と子ども。


いや、それ以上の差だった。


彼女にとって、この男たちは敵ですらないのかもしれない。


本当に――。


まるで、小さな子どもの相手をするみたいに。


何の迷いもなく、何の苦労もなく。


彼女は次々と男たちを蹴散らしていく。


その小さな背中が、今だけは誰よりも大きく見えた。


「う、うあああっ!」


追い詰められた一人の男が、近くに落ちていた鉄パイプを拾い上げた。


金属が擦れる嫌な音が、裏路地に響く。


そして、そのまま叫びながら彼女へと振り下ろす。


「死ねぇっ!!」


私は思わず目を閉じた。


――危ない。


そう思った。


けれど。


パシッ。


軽い音が響く。


恐る恐る目を開けた私は、その光景に息を呑んだ。


「……え?」


彼女が。


振り下ろされた鉄パイプを、片手で掴んでいた。


まるで、飛んできたボールでも受け止めたかのように。


その表情に苦痛はない。


苦しそうな様子もない。


ただ、少しだけ面倒そうに眉を下げているだけだった。


男も同じだった。


いや、それ以上に。


目を大きく見開き、掴まれた鉄パイプと彼女の顔を何度も見比べている。


その目には、もはや敵を見る色なんて残っていない。


まるで――。


人間ではない、何か別のものを見てしまったような顔だった。


「お、お前……。」


声が震える。


「何もんだよ……。」


ごくり、と唾を飲み込む。


「痛くねぇのかよ……。」


その問いに。


彼女は、くすりと笑った。


「生憎、痛みを感じない体でね?」


どこか懐かしむように。


少しだけ、自嘲するように。


「でも、まぁこれなら……あの女の一撃の方が、ずっと重たかったわ。」


「あ……?」


男には意味が分からなかったのだろう。


ぽかんとした顔をする。


けれど、彼女はもう説明する気などないようだった。


ゆっくりと。


掴んだ鉄パイプへ視線を落とす。


そして――。


ぎりっ。


彼女の指に力が入る。


グググ……。


鈍い音が響いた。


私は目を見開く。


鉄パイプが。


ゆっくりと。


本当にゆっくりと。


彼女の握力だけで、形を変えていく。


ありえない。


そんなこと、人間にできるはずがない。


ぐにゃり、と。


金属が悲鳴を上げるように曲がった。


「……っ。」


男の顔から、完全に血の気が引いた。


膝が震えている。


手から力が抜け、尻餅をついた。


「ど……どうなってんだよ……。」


かすれた声が漏れる。


「ば……ばけものだ……。」


その一言に。


彼女は少しだけ目を細めた。


けれど、何も言わなかった。


ただ、手にしていた鉄パイプを無造作に横へ放り投げる。


ガラン――。


金属音が、静かな裏路地に虚しく響いた。


次の瞬間。


「お、おい……来るな……!」


男が後ずさろうとする。


しかし。


彼女の足が、容赦なく振り抜かれた。


ドゴッ!


鈍い音。


男の身体が宙に浮く。


そのまま数メートル先まで吹き飛び、地面を転がった。


それきり、動かない。


静寂。


ほんの数十秒。


それだけだった。


さっきまで私を囲んでいた男たちは――。


片倉を除いて、全員が地面に伏していた。


私は、ただ呆然とその光景を見つめる。


信じられない。


一人で。


本当に、一人で全員を倒してしまった。


彼女は静かに顔を上げる。


そして、何事もなかったかのように、自分の片手を見つめた。


ぎゅっ、と。


一度だけ手を握る。


その仕草は、まるで調子を確かめているようだった。


やがて。


彼女はゆっくりと顔を上げる。


その視線が、最後に残った片倉へ向けられた。


「あとは……。」


静かな声。


それなのに、なぜか背筋が震えた。


「お前だけだな?」

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