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隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい  作者: 夕凪けい
第4章 悪夢を喰らう感応科学者
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第170話 安城恵梨香という幻想

授業終了のチャイムが鳴り終わるのと、

ほぼ同時だった。


ガラッ――と、

教室のドアが静かに開く。


そこに立っていたのは、

安城恵梨香だった。


金色の髪。

吸い込まれそうなオッドアイ。

今日も相変わらず、完成されたみたいに綺麗な顔。


……なのに。


(あれ……?)


俺は小さな違和感に気づく。


(なんか……安城、元気なくね?)


目元が、

ほんの少し赤い。


表情も、

どこか硬かった。


教室へ戻ってきた安城は、

誰とも目を合わせないまま、

静かに自分の席へ座る。


窓際。


差し込む光が、

彼女の横顔を淡く照らしていた。


けれど。


その姿は、

いつもよりずっと遠く感じた。


(何かあったのか……?)


胸の奥がざわつく。


推しを誰より見続けてきた俺にとって、

その変化は致命的なレベルでわかってしまう。


ほんの少しの目線。


声色。


呼吸。


髪を耳へかける仕草。


それだけで、

“いつもの安城じゃない”って理解できた。


(……昼休みに聞いてみるか)


席替えで席は離れた。


でも。


昼飯だけは別だ。


俺。

安城。

蜂須賀。

聖。


いつの間にか固定化された、

いつもの四人。


そして俺にとって、

この時間は非常に重要な意味を持つ。


――推し成分補給タイムである。


推しを眺めながら飯を食う。


これ以上に健康へ良い行為が、

この世に存在するだろうか。


いや、ない。


断言できる。


そんなくだらない事を考えているうちに、

昼休みのチャイムが鳴った。


すると後ろの方から、

元気な声が飛んでくる。


「ゆういち〜! お昼にしよ!」


聖だった。


俺は椅子を引きながら振り返る。


「あ、おう! 今そっちに――」


その瞬間だった。


ブブッ。


スマホが震える。


俺はポケットからスマホを取り出した。


画面に表示されていた名前を見て、

思わず眉をひそめる。


(……相棒?)


嫌な予感しかしない。


恐る恐るメッセージを開く。


『ちょっと研究室に来てもらえないかい?』


『至急用事がある』


『※あっ! スケベイベントじゃないから勘違いしないように一応言っとくね?』


『相棒より』


「いや分かってるわ!! なんなんだコイツは!」


そうツッコミながらも、

俺はもう一度スマホを見る。


『至急』


その二文字が、

妙に圧を放っていた。


(いやでも……)


ちらり、と窓際を見る。


安城は静かに頬杖をつきながら、

ぼんやり外を眺めていた。


昼の光が横顔を照らしている。


うん、凄く可愛い。


可愛いなのに――。


やっぱりどこか、

苦しそうに見えた。


(……気になるな)


胸がざわつく。


今までの俺なら、

たぶん迷わない。


すぐ隣まで行って、

「どうした?」って聞いていた。


でも今日は、

なぜか一歩踏み出せなかった。


(まぁ……でも)


(あの安城だしな?)


(多分、自分でなんとかするだろ)


そんな考えが、

自然と頭に浮かぶ。


(帰りにでも聞くか……)


らしくない判断だった。


本当に、

らしくない。


それほど俺は、日を重ねるごとに

安城恵梨香という人間の“強さ”を信頼していた。


誰より気高くて。


誰より冷静で。


誰より自分を律している。


安城恵梨香は、

そういう女だと思っていた。


俺は小さく息を吐き、

立ち上がる。


「悪ぃ聖! 今日昼無理そうだわ!」


「えー?」


「ちょっと行ってくる!」


そう言いながら振り返った――その瞬間だった。


「……は?」


思わず声が漏れる。


教室の一角。


そこだけ、

まるで別世界みたいに人だかりができていた。


その中心にいたのは――。


蜂須賀すみれ。


「蜂須賀さん! その髪型めっちゃ似合ってる!」


「ねぇ好きなタイプは!?」


「インスタやってる!? 連絡先教えてよ!」


男子どもが、

群がっていた。


まるで獲物を見つけた肉食獣みたいに。


以前なら、

誰も蜂須賀へ近づかなかった。


話しかける奴すらいなかった。


なのに今はどうだ。


露骨すぎるほど、

態度が変わっている。


(こいつら……)


(手のひら返しやがったな……!?)


俺は思わず引いた。


いやマジで。


昨日まで空気みたいな扱いしてただろお前ら。


それが今日は何だ。


目キラッキラじゃねぇか。


(お前ら現金すぎるだろ!!)


けれど。


そんな人だかりの中心で、

蜂須賀はどこか困ったように笑っていた。


その姿を見た瞬間、

胸の奥に妙な感情が広がる。


(……いや)


(でも蜂須賀にとっては、いい事なんだよな)


友達が増える。


話しかけてくれる人が増える。


今まで誰にも見つけてもらえなかった彼女が、

ちゃんと“見つかる”。


それ自体は、

本来すごく良い事のはずだ。


(俺は……)


(もう守ってやらなくていいのか)


蜂須賀は、

どこか姫花に似ていた。


放っておけなくて。


守ってやりたくて。


だから俺の中で、

無意識に“守る側”になっていたのかもしれない。


なのに今、

蜂須賀の周りには沢山の人がいる。


嬉しい。


……でも。


胸の奥が、

ほんの少しだけ痛んだ。


なんとなく理解してしまう。


自分だけが知っていた推しが、

世間に見つかってしまった感覚。


人気になって。


みんなが魅力に気づいて。


遠くなっていくような、

あの寂しさ。


その時だった。


「おーい! 神田ー!」


後ろから、

明るい声が飛んでくる。


振り返る。


そこにいたのは――。


加賀夏美。


金髪ボブ。

陽キャ。

距離感バグってる系女子。


その隣には、

水色の髪を揺らす氷室麗花。


さらに。


スクールカースト頂点。


黒羽冬花までいた。


俺が内心でビビっていると、

加賀がニヤニヤしながら言った。


「神田さー! 私らとお昼どう?」


「……え?」


思考が止まる。


いや待て。


こんな一軍女子達に誘われるイベント、

俺の人生設計に存在してない。


俺みたいな隅っこオタク混ぜたら、

間違いなくカオスだ。


「いや、悪ぃ! ちょっと先約あるんだわ!」


「また、誘ってくれな?」


そう断ると、

加賀はケラケラ笑った。


「おっけーおっけー!」


「また誘うわ!」


「私アンタ面白いし! ね? 麗花?」


急に振られた氷室は、

少し目を逸らして小さく呟く。


「……私は……そんなに興味ない」


「いやそこ嘘でも“うん”って言ってくれよな!?」


思わずツッコむ。


すると加賀が腹を抱えて笑い出した。


「あはははは!!」


「やっぱ神田おもろ!」


(なんなんだこの陽キャ空間……)


俺が圧に押されかけていると。


その横で、

黒羽が静かにスマホを取り出した。


「神田っち」


「ん?」


「あのさ、明日の件なんだけど」


「LIMEやってたりする?」


「おう、やってるぜ?」


そう答えると、

黒羽はどこか嬉しそうに笑った。


「よかった」


「じゃあ交換しよ?」


別に断る理由もない。


というか、

ここで断る方が不自然だ。


「おう! いいぜ!」


俺はスマホを取り出し、

黒羽と連絡先を交換する。


ピロン。


登録完了の音が鳴った。


その瞬間だった。


ふと。


視線を感じる。


「――……」


窓際。


安城恵梨香。


彼女が、

静かにこちらを見ていた。


表情は変わらない。


けれど。


なぜか、

妙に圧を感じる。


(……あれ?)


(なんか怒ってる?)


ふと、

頭にとんでもない考えが浮かぶ。


(もしかして黒羽と連絡先交換したのに嫉妬してるとか……?)


だが次の瞬間、

俺は即座に首を振った。


(いやいやいや)


(そんなわけないだろ)


(だってあの安城だぞ?)


(妄想も大概にしろよな俺)


そう結論づけた俺は、

特に深く考えないまま教室を後にした。


♢♢♢


研究室へ向かい、廊下を歩いていると――。


「あっ! 見つけた神田君!」


聞き覚えのある声。


俺は足を止めて振り返る。


そこにいたのは、

朝倉華恋先生だった。


ふわりと揺れる茶髪。

整った顔立ち。


俺の脳裏に、

“あの日”の記憶が蘇る。


俺が朝倉先生を、

お姫様抱っこして学校の外へ連れ出した日。


さらに。


朝倉先生が、

かつて“ハニーエラリス”の月下華恋だったという、

衝撃の事実まで知ってしまった。


あれ以来。


俺はこの人を前にすると、

妙に緊張してしまう。


だって相手、

元アイドルだぞ?


しかも俺、

めちゃくちゃ推してたし。


グッズとか今でも普通に家にあるし。


ライブ映像とか未だに見返すし。


そんな存在と、

普通に会話しろって言われても困る。


はっきり言う。


――無理だ。


「朝倉先生、どうかしました?」


俺はなるべく平静を装い、

紳士的に話しかける。


すると朝倉先生は、

手に持っていたプリントを軽く振った。


「神田君」


「今日の英語の小テストだけど――赤点よ」


「放課後、補習ね♪」


「……え?」


思考停止。


数秒後。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」


廊下に俺の悲鳴が響いた。


周囲の生徒達が一斉に振り返る。


(ちくしょう!!)


(やっちまったぁぁぁ!!)


(最近数学ばっかやってたせいで英語ノータッチだった!!)


俺が頭を抱えていると、

朝倉先生は呆れたようにため息を吐いた。


「先生も忙しいの」


「でも今日は放課後だけ時間取れそうだから、特別に勉強見てあげる」


「いや、それはありがたいんですけど……ちなみに補習って他に誰いるんですか?」


すると朝倉先生は、

にこっと笑った。


「あなただけよ?」


「……え?」


思考停止、再び。


(つまり二人きり!?)


(いや待て待て待て!!)


(元アイドルと放課後二人きり補習!?)


(そんなラブコメみたいなイベント存在していいのか!?)


俺の脳内で、

緊急警報が鳴り響く。


(いやでも大丈夫か!?)


(週刊誌とかに撮られたりしない!?)


(“元アイドル教師、男子生徒と放課後密会!”とか書かれたら人生終わるぞ!?)


(いや待て、でも月下華恋はもう引退してるんだっけ……?)


そんな思考が、

いつものように口から本音が漏れた。


「……大丈夫ですか?」


「週刊誌とかに撮られたり……」


その瞬間だった。


「はぁっ!?」


朝倉先生の顔が、

一瞬で真っ赤になる。


「そ、そんな事あるわけないやろ!!」


突然の博多弁。


「何考えとるん!?」


「アホ! 豚! バカ!」


「これはあくまで補習なの!! わかっとる!?」


周囲をキョロキョロ見回しながら、

朝倉先生は明らかに動揺していた。


耳まで真っ赤だ。


「ていうかそれ……!」


「二人でそういう疑惑になるような事したいって意味なん!?」


「神田君、私とその……密会みたいな事したいん!?」


「えっ」


「いやいやいやいや!!」


「違います!!」


俺は全力で首を振る。


だが朝倉先生は、

なぜかさらに顔を赤くした。


「じゃ、じゃあ何でそんな発想になるんよ!!」


「神田君ほんと豚っちゃんやね!?」


「す、すみません!!」


当然のように豚呼ばわりされながら、

俺は慌てて謝る。


すると朝倉先生は、

ぷいっと顔を逸らした。


けれど。


その横顔はどこか、

少しだけ嬉しそうにも見えて――。


(……あれ?)


(今ちょっと照れてた?)


そんな事を考えた瞬間。


俺は気づいてしまった。


――俺は今日放課後。


元アイドルと、

二人きりで補習する事が確定したのだった。

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