吟遊詩人 (1)
ジョージはユージェニーとシリルと順に目を合わせてから、こう告げた。
「今日からきみたちは、うちの子としてこの家で暮らしなさい」
「はい、ありがとうございます」
戸惑いつつも二人がうなずくと、ジョージはさらに耳を疑うようなことを言う。
「アメリアの子が見つかったと、大々的に広めなくては。時期を見て、社交界にもお披露目が必要だな」
「えっ。必要ですか?」
「必要だとも。当たり前だろう、うちの跡取りなんだから」
当然至極といった顔で言い切られ、ユージェニーとシリルは目をパチクリさせて顔を見合わせた。叔父夫妻に子どもがいないなら、祖父の孫である自分たちが跡取りであってもおかしくはないのかもしれない。実感はわかないが。
それに、気掛かりな点もある。
「母たちが駆け落ちだったと言われてしまいませんか」
「事故で行方不明になることの、いったいどこが駆け落ちだと言うのかね?」
それはそうなのだが、実際のところ二人はアメリアとレナートの間にできた子どもたちなのだ。「やっぱり駆け落ちだったじゃないか」と後ろ指をさす口実を与えてしまうのではないか。
しかしジョージは、二人のそんな心配を笑い飛ばす。
「大丈夫だとも。今回は先手を打つからね」
「先手、ですか?」
「うん」
食事が終わり、ジョージは席を立った。
「折りよく食客を招いたところなんだ。別室へ移動しよう」
ジョージについて行った先は、談話室だった。部屋の片隅に置かれた椅子には、壮年の男が竪琴を抱え、腰を下ろしている。楽士とおぼしきその男は、ジョージの姿を認めるとサッと立ち上がり、優雅に一礼した。
「お招きありがとうございます」
「よく来てくれたね、歓迎するよ。好きなだけ滞在していってくれたまえ」
ジョージは彼を、旅の吟遊詩人エルチェだと紹介した。異国風の名前を裏切ることなく、エルチェの話す言葉にはかすかに異国なまりがある。ジョージが気安く話しかける様子から察するに、以前からの顔見知りのようだ。
「今日は、我が家の新たなメンバーを紹介しよう」
「光栄です」
「孫が見つかってね。こちらがアメリアの子どもたち、ユージェニーとシリルだ」
エルチェは目を丸くしながらも、二人に向かってていねいにお辞儀をした。
「それでは、アメリアさまも……?」
「いや。残念ながら、子どもたちだけだ」
「そうでしたか」
エルチェは気の毒そうに眉をひそめる。ジョージは首を振ってしばし沈黙したのち、愛想よく続けた。
「この子たちの身の上は、とても波乱に満ちているんだ。聞いてくれるかい?」
「もちろんですとも」
ジョージにうながされ、全員ソファーに腰を下ろす。エルチェは膝の上に両腕を置き、身を乗り出した。見るからに真剣に聞く体勢だ。
「アメリアは土砂崩れに巻き込まれて亡くなったと思われていたが、実は川に流されていたんだ。それを老いた木こりに助けられてね」
あまりにもドラマチックな語り出しに、思わずユージェニーは目を見開いた。幸い、エルチェは真剣にジョージの話に聞き入っており、彼女の様子に気づいた気配はない。ユージェニーはすぐに表情を取りつくろい、神妙にジョージの話に耳を傾けた。
こうしてジョージの口から「アメリアのその後の話」が語られた。
* * *
木こりに助けられたアメリアが家に帰らなかったのは、彼女が事故のショックで記憶を失っていたためだ。自分の名前さえ忘れてしまった彼女を、木こりとその妻は自分たちの娘として温かく家に迎え入れた。少し前に病気で娘を亡くしていて、実の娘が帰ってきたかのように思ったようだ。
老夫婦は彼女をエイミーと呼んだ。実の娘の名前が、エイミーだったのだ。アメリアの愛称でもあったのは、まったくの偶然だった。
木こりの妻は、足が悪かった。歩けないわけではないが、長距離を歩くと足が痛むらしい。それで町での用事があるときには、アメリアがこう申し出た。
「お母さん、お遣いはわたしが代わりに行くわ」
「そうしてくれるかい? 助かるよ。本当にうちの娘はいい子だ」
「うふふ、お母さんったら。そんなに褒めたって、何も出てこないわよ」
「だって、本当のことだもの。気を付けて行っておいでよ」
「はあい」
アメリアがレナートと知り合ったのは、そうして買い物に出た先でのことだ。
伯爵家から放逐された後、レナートは魔道具師として生計を立てていた。そこにアメリアがランプの修理を持ち込んだのだ。
レナートは、この親孝行な美しい娘にひと目ぼれした。
「お目にかかるのは、初めてですね。どちらにお住まいですか」
「隣村の、さらに先の山小屋に両親と住んでいます。いつもは母が来ていたのだけど、この頃、すっかり足が悪くなってしまって。それでわたしが代わりに来たの」
「ああ、あの木こりの」
「そうです。それが父です」
「こんな美しいお嬢さんがいたとは、知りませんでしたよ。きっと大事に隠しておきたかったんでしょうね。その気持ちは、よくわかります」
「まあ、お上手ね」
ころころとよく笑う朗らかなこの娘に、話せば話すほどレナートは惹かれていく。
せっせと口説き、点数を稼ぐために親孝行にも手を貸した。次第に娘はレナートの熱烈な好意にほだされていく。しかし、なかなか求婚にはうなずかなかった。足の悪い母を心配して、返事を渋っていたのだ。
そんな娘の背中を押したのが、母自身だ。
「そろそろ潮時さね。山小屋を出て、村で暮らそうかねえ」
木こり夫婦はそれまで住んでいた山小屋から、ふもとの村に引っ越した。村人たちは老夫婦を温かく迎え入れ、娘はそれを見届けてから、レナートと町で暮らし始めた。
レナートとアメリアの暮らしは、裕福とまでは言えないものの、平民としてはそこそこ豊かなほうだった。レナートは腕のよい魔道具師だったからだ。娘に息子と、二人の子宝にも恵まれ、生活は順調だった。
だが、子どもたちが育つにつれて、その幸せに陰りが見えてくる。




