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逆襲の花嫁  作者: 海野宵人


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母の過去 (2)

 アメリアの言う「駆け落ち」とは、表向きの話だ。つまりは、婚約内定をなかったことにするための方便である。


 ただの婚約であれば、辞退すれば済む話かもしれない。しかしこれは、国王の意向を受けての婚約なのだ。そういう意味で、扱いが難しかった。


 国王に辞退を申し入れても、慰留される。その間にも「不運」が絶え間なく続くにもかかわらず。命を狙われるほうは、たまったものではない。


 そのような状況の中で、何とか婚約をなかったことにするための苦肉の策だったのだ。駆け落ちであれば、アメリア自身に瑕疵(かし)がつくだけで、家門がとがめられることはない。


 ジョージは苦渋の決断を迫られた。このような形で娘を失いたくはない。しかしこのままでは、手をこまぬいている間に娘の命がないかもしれない。それくらいならいっそ、娘の案に乗ったほうがマシではないか。


 そしてジョージは腹を決めた。


 国王派の貴族の中から、信頼できる家門を選抜する。その中から、アメリアを守り抜けるであろう者をふるいにかけた。「駆け落ちなのだから、相手なんて誰でもいい」とアメリアは言ったが、そこはジョージにとって譲れない線だったのだ。そもそもジョージは娘の出奔を認めただけであり、駆け落ちに同意したわけではないのだから。


 そうして選ばれたのが、マクミラン伯爵家の次男レナートだった。レナートは錬金術師として将来を嘱望され、趣味で魔道具開発もするような多才な青年だ。平民の中に紛れても、十分な生活力があると見込まれた。


 マクミラン伯爵家は有望な次男を手放すことになってしまうが、当主は同意した。何より当のレナートが、とても乗り気だった。


「アメリアさまのような高嶺の花とのお相手に選ばれるなんて、この上なく光栄です!」


 アメリアの失踪は、「不運」を利用した形で実現された。その「不運」は、第二王子の紹介により慰問に向かう途中で見舞われた、土砂崩れだ。


 実のところ、この「不運」は予測できていた。この頃には、ある程度は手が読めるようになってきていたからだ。したがって回避すること自体は難しくない。だがあたかも災害に巻き込まれたかのように装って、アメリアは姿を消したのだった。


 オールダム侯爵家は、これを事故として王宮に報告した。実際、誰の目にも明らかに事故である。


 このような形でアメリアを失踪させたのには、国王への抗議の意味もあった。婚約の辞退を受け入れなかった結果、こうなったのだ、と。息子と宰相の悪事を暴くことができないのなら、せめて婚約の話を白紙に戻すべきだった。


 アメリアの失踪と時を同じくして、レナートがマクミラン伯爵家から放逐された。「絵描きになりたいなどと言い出したから」というのが、その理由だ。多才で知られる自由人の青年が放逐される理由としては、少しも不自然ではない。


 にもかかわらず、「アメリアはレナートと駆け落ちをした」という噂が社交界に広まった。火元は第二王子、そして宰相である。アメリアとオールダム侯爵家をおとしめたい意図が明白だ。もちろん国王派の貴族には、噂を鵜呑みにする者などいない。しかし火元が火元なので、この噂は根強く、いつまでも消えることがなかった。


「──と、これが裏の事情だ」


 話を聞き終わって、ユージェニーは目をパチクリさせた。


(あくまでも駆け落ちは噂でしかないって言うけど、でも結果的に駆け落ちになっちゃってない? ──いや、でも結婚したことは誰も知らないんだから、やっぱり噂でしかないのか……)


 やや混乱しつつも、何やら非常に緊迫した政治的駆け引きの結果が現状であることだけは理解した。


「アメリアは徹底していてね。家を出た後は、一度も連絡をよこさなかった。だからきみたちの置かれている状況も知らず、何も手助けできなかったんだ。すまなかった」


 肩を落としてそう告げるジョージに、ユージェニーは「いいえ」と首を横に振った。それは仕方のないことだ。そして母が祖父に連絡しなかったのも、仕方のないことだ。自分がその立場でも、きっとそうした。


 それにしても──と、彼女は胸のうちで嘆息する。両親がこんなに深い訳ありな人々だったなんて。想像したこともなかった。「アヴェンジング・ジャーニー」でも語られることのない事実だ。


 そもそも「アヴェンジング・ジャーニー」の中のユージェニーとは、エルドウィンの悲劇を盛り上げるための小道具でしかない。彼女の背景なんて、何も語られていなかった。


 つらつらとそんなことを考えるうち、ふと頭の中で何かが引っ掛かった。


「先ほど第二王子殿下のことを『当時まだ王位継承権二位だった』とおっしゃいましたよね」

「うん、言ったね」


 ジョージは皮肉な笑みを浮かべてうなずいた。


「あれは、アメリアが行方不明となって半年ほど経った頃だったかな。第一王子殿下も『不運』に見舞われたんだよ」


 ユージェニーは息をのんだ。その「不運」の結果、第二王子が王位継承権一位に繰り上がったということは、つまり──。


 常に「不運」を予測して警戒を続けていたオールダム家と違い、王家の警戒は十分とは言い難かった。まさか身内に仕掛けられるなど、予想だにしていなかったのだろう。


 その結果、第一王子夫妻は事故により帰らぬ人となった。


 事ここに至って、ようやく国王は目が覚めたらしい。それまで国王は、どれほどジョージが訴えようとも、アメリアの身に降りかかる「不運」が本当に単なる不運でしかないという考えを捨てきれずにいたのだ。


 しかしついに長男までが犠牲になるに及び、下の息子の傲慢な冷酷さを思い知った。国王はこの事故を詳しく調査するよう命じたが、事件性を疑われるような証拠は何ひとつ見つかることはなかった。


 亡くなった第一王子は、政治的には国王と同じく穏健派寄りだった。温和で社交的な人柄により、臣下からも慕われていた。そんな自慢の長男を亡くし、国王はひどく気落ちしたと言う。しかし、すべては今さらだ。


 ユージェニーは、何ともやるせない気持ちになった。悪い方向に想像どおりだ。ついでに、もうひとつ質問をした。


「第二王子殿下のお名前は、何とおっしゃるんですか?」

「カスバート王子だよ」


 彼女は小さく息を吐き出した。「アヴェンジング・ジャーニー」に出てくるスターリング王国の王は、カスバート王と呼ばれていた。そしてサブクエストの中には、カスバート王の即位十周年記念式典の準備に関するものがあった。


 ゲームの開始は、今から九年後。ゲーム内では、それから間もなく即位十周年記念の話が出てくるわけだ。ということは逆算すると、今まさに国王の身に何か危険が迫っているのではないか。

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― 新着の感想 ―
ユージェニーが転生者としてもゲームの一キャラクターとしてもめちゃくちゃ仕事ができるので、次はどうなるのか、どんな困難をすぱっとぶった斬ってくれるのか、わくわくしながら楽しく拝読しています! そしてしご…
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