吟遊詩人 (2)
始まりは、領主の息子がアメリアの娘ユージェニーに興味を示したことだった。
ユージェニーは母に似て、美しい娘だ。彼女は幼馴染みの青年と、結婚の約束をしていた。ところが領主の息子は、そんなことにはおかまいなし。不誠実なこの男は、自身にも婚約者がいるにもかかわらず、ユージェニーに付きまとうようになる。彼女がやんわり避けても、身分を笠に着て押しかける。
困り果てたユージェニーは、両親に相談した。
娘からの相談を受け、アメリアとレナートは引っ越しを決意する。腕のよい魔道具師は、どこへ行っても仕事に困ることはないものだ。別の領へ引っ越してしまえば、領主の息子といえども好き勝手はできないはずである。
ところがその引っ越しの準備を進める中、アメリアとレナートは事故により命を落としてしまった。残された子どもたちは手を取り合い、何とか二人で暮らしていく。ユージェニーは幼馴染みの青年と結婚する日を心待ちにして、指折り数えるようにして日々を過ごした。
そしてついに、結婚式の日を迎えた。しかし本当であれば幸せになるはずだったその日、思いもかけない悲劇に見舞われる。
彼女の夫となるはずの幼馴染みが、冤罪により身柄を拘束されたのだ。まさにこれから結婚式という、その朝に。
あろうことか領主の息子は、ショックで倒れた彼女を屋敷に運び込んだ。介抱するという口実を使ってのことだが、介抱するだけなら何も屋敷に運び込む必要はない。使用人を付ければ十分だし、彼女の自宅に運び込むほうがよほど親切だ。
このことにユージェニーは、身の危険を感じた。だから彼女は弟とともに、領主の屋敷から逃げ出したのだ。すべてを捨てて、逃げ出した。そして、夫となるはずの青年を追うことにした。なのに、幼馴染みの行き先はようとして知れない。
途方に暮れる中、彼女は形見のペンダントをぼんやりと見つめた。母アメリアからの形見の品だ。太陽の光にかざすと、角度によって紋章のような模様が現れる。それを眺めるうち、母の言葉を思い出した。
『もしもお父さんとお母さんに何かあって、自分たちの力ではどうしようもなくなったときには、オールダム侯爵家を訪ねなさい』
実はアメリアは、記憶を取り戻していたのだ。しかし、家に戻ることはしなかった。連絡さえも、一切とることはなかった。自分の存在が、いらぬ醜聞や政治的混乱を招きかねないと、よくよくわかっていたのだろう。
母の言葉を思い出したユージェニーは、今のこの状態は「自分たちの力ではどうしようもなくなったとき」と言えるのではないだろうか、と思い至る。シリルも姉の考えに同意した。
* * *
「──そうしてようやく、孫たちはわたしを頼ってきてくれたというわけなのだよ」
ジョージが語り終わると、吟遊詩人は嘆息した。ユージェニーも心の中で嘆息した。
すごい。何がすごいって、虚実織り交ぜながらも破綻なく物語として仕上がっているところ。それでいて後半はほとんど事実なところもすごい。何より、前半の捏造っぷりがものすごかった。いったいジョージは、いつの間にこんな作り話をでっち上げていたのだろう。
エルチェは感じ入ったように首を振る。
「いやはや、まるで壮大な物語のようではありませんか」
実際、作り話ですし──と、ユージェニーは心の中でだけ独りごちた。
「お嬢さまがたは、どちらからいらっしゃったんですか?」
「ビルバリーです」
エルチェがあまりにも何げない様子で不意打ちの質問をするものだから、彼女はついうっかり正直に答えてしまった。答えてしまってから質問の意図に気づき、「あっ」と口を押さえる。
ビルバリーはフィッツシモンズ子爵領の領都だ。これではせっかくジョージが「領主」とぼかして話したのに、実名を挙げたも同然になってしまう。ユージェニーはジョージを上目遣いに見て、「ごめんなさい」と謝った。
だがジョージは笑って「かまわないさ」と言う。そしてエルチェに向き直って言葉を続けた。
「ただまあ、ここだけの話にしておくのが、あなたの身のためだと思うよ。あの子爵には黒い噂がある。こんな話で名前を出されたと知ったら、何か手出しをしてこないとも限らないからねえ」
「そうですね。歌に名前は入れますまい」
歌? ──と、ユージェニーは内心で首をかしげる。
しかし、すぐに意味に気がついた。そうだ、エルチェは吟遊詩人ではないか。今ジョージが話した内容を歌にしたとしても、少しも不思議はない。
もとよりジョージは、そのつもりで話したに違いなかった。だからこそ、話す内容も事前にきちんと整合のとれたものが用意されていたのだ。そして彼の言っていた「先手」とは、きっとエルチェのことだ。
エルチェは人懐こい笑顔をユージェニーに向け、今度は礼儀正しく質問した。
「お嬢さまからも、お話を伺えますか?」
ユージェニーは即答できず、目顔でジョージに問う。ジョージはにこにこと「せっかくだから、聞いてもらったらどうだい」と言った。
「彼を探す糸口になるかもしれないよ」
これにユージェニーは、目を見開いた。
確かにそのとおりだ。もしこの話をエルチェが歌にして広めてくれるなら、エルドウィンの耳にだって届くかもしれない。彼女がどこにいるのか伝わりさえすれば、きっと連絡してくれる。初めて具体的な希望が見えてきて、ユージェニーは表情を明るくした。
しかもエルチェは、こんなふうに請け合ってくれた。
「ぜひお手伝いさせてください。吟遊詩人仲間にも、広めておきましょう。二、三日内には王都では誰でも知っている話になりますよ。いずれは国中の人が知る話になるでしょう」
そこで、ユージェニーは話し始めた。アンやジョージに話したのと同じ内容だ。自分で話していても、特に結婚式の日からの話は、波乱に満ち満ちている気がする。子爵邸から無事に逃げ出せてよかった。本当によかった。
エルドウィンは吟遊詩人たちが歌うこの物語を耳にして、彼女に連絡してくれるだろうか。




