森林エリア 【一次選考】 五月十二日 午前十時五十五分
管理責任請負人は、政都からの機密依頼を請ける命がある故、頻繁に替わることはない。
交代となるのは当代の引退・落命。若しくは上級請負人が現役副官を指名して行われる[下剋選]による強制交代のみ。
管理長・副官の同時空席による選出会は今回で四回目・十三年振りとなる。
『いやー、大人になって本気で隠れ鬼なんて、なかなか無い経験だね、疾風君』
「ンなこと言ってるとまた逃げるコトになりますよ、タケさん。俺ら単身なんですから」
『ははっ、肝に銘じるよ』
個人通信で話しかけてきた武埜に笑って答え、疾風は耳殻貼付型通信機を撫でて通話を切り、周囲へ意識を集中させる。
雑草と小枝が踏まれ鳴る不規則な足音。近づいて来る候補生の気配に身を屈めて樹体影に潜む。
候補者数・30組54名
24組48名・二人組選出 6組6名・個人選出
過去選出会経験者・7名
過去下剋選経験者・3名
試験は三段階に分かれており、現在行っている試験は第二段階だが、名目上[一次選考]と呼んでいる。というのも、候補者達には伏せているが、第一段階試験は選出会の開催一ヶ月前から始まっていた。
第一段階の判定基準は[平時の所作・観察力・警戒心]の三点。
[他者から仕事を請けて遂行する]と言う職務柄、請負人は依頼人を慮りつつ、相談時間内で相手を見抜く必要がある。
依頼人に扮した機関員が各候補者に接触し、監視マイクロカメラの設置を行い、管理責任請負人六名と各都から選出された審査機関員五十名による360度評価を実施。
その審査結果を基に試験開始地点が決められ、今回は優良判定が高い順に捕縛が容易になる地点に配置されている。
現在行っているのは[紛れ込んだ管理責任者の発見・確保]という極めて単純明快な実地試験。
宿舎到着時に配布されている地図と全目標者の経歴書を頼りに、如何に迅速に該当人物を見つけて確保することが出来るかと、相手に違和感を感じることが出来るかが鍵。
判定基準は、必要情報の取捨選択や職務中に於いての判断力など、実技だけでなく現場対応力が主となっている。
審査機関員が用意した経歴書の内容開示はされなかったが、樹阪の話によると第一段階評価によって情報量に差が付けられているらしく、偽りの内容も記された【欠陥品】から情報を精査する必要もある。
優良者には詳細情報が記された物、劣悪者には真報が数えるほどしかない物と、知る者から見れば極端な中身だった、という話だった。
普段の業務であればサポーターである機関や情報屋を頼ることも出来るが、今回はそれが出来ない状況。
試験前交流会では口頭に限り情報共有が許可されていたが、果たしてそれがどう作用しているか。
(……過度な妨害・暴力行為を発見した場合、通常武装の使用を許可、か。いつものワイヤーにしときゃ良かった)
自身の体重程度では折れそうにない高枝へワイヤーを絡めてその身を引き上げ、右腕に着けている時計端末で運用ルールを再確認する。
木々が日差しと地熱を多少抑えているだろうと思い、厚手の上着にしたが間違いだった。速乾インナーのおかげで服が貼り付かないのは救いだが、それでも思っている以上に体力が奪われている。
跨いだ枝下を走り抜けていく候補者を見送りつつ、緩く閉じた左眼に意識を集中。ゆっくりと息を抜いて開眼すれば、広大な森林地帯の中で探索する候補者達の姿もその視界に捉える。
(回を追うごとにヤンチャが増えてるし、余力ある内に視とかねえと)
狭き門ゆえに衝突が起きることは想定済。そのため他候補者への妨害は多少なり許容されているが、行動不可能になるような暴力や能力使用は島内全員が禁止されている。
多くの機関員もいる中、派手で目立つような行為を見せる者は居ないと思いたいが、私欲に走る者がいないとも限らない。
過る不安に苦笑しつつ髪の生え際を伝う汗を拭い、スキットルの水を煽る。
呼吸するだけで熱気が身体に溜まる気さえする暑さ。それに加えて、いつ何処で何人に追われるかという状況。
それに加え、度が過ぎた妨害行為を行う愚者を捕縛する任務も負っている。
普段の任務とは全く異なる緊張感から、少しずつだが確実に体力が奪われていく。
湿気を帯びた大気熱が纏わりつき、頭から垂れてゆく汗が不快で切れそうになる集中力を繋ぎ、自身の居るエリア周辺に焦点を絞り、視える限りで違反行為はないかと目を動かす。
(この辺は平気そうだが……全部視るとなると流石に)
「ねえ。そこのアンタ」
「……俺ですか?」
「そう。木の上にいるアンタ」
声の主を確かめようと足下の地面へと視線を向ければ、血赤珊瑚の様な髪を結った細身長身の男が此方を見上げている。
整っているその顔に表情はなく、髪色に似た双眸からも感情を読むことが出来ない。
「なにやってたの?」
「水分補給がてら、能力で違反者探しを」
「ふぅん。逃亡者なのに?」
言葉が終わると同時、男の手に握られた片手銃からの発砲音。
反射的に場を跳ぶもワイヤーを戻す間も無く太枝は音を立てて折れ、間髪なく銃声が響けば着地位置に合わせたかの如く小枝の雨が降る。
身体を屈めて候補者へ向かい飛び馳せば、予想外の動きだったのか眼を見開き身を退け反らせ、僅かに開いた道へダーツを投げ通す。
矢先が固い音を立てたのを聞き取るや、指先でワイヤーを弾き引力に身を任せてを死地を抜ける。
「…聞いてた通り。見つかってよかった」
「何の話です?」
「髪色の違う同じ見た目のバディが居るって聞いた。ワイヤー使うのも、目の色がアイツと反対なのも聞いてた通り」
会話と交戦を合わせて数分には満たしていないが、今の刹那で外見情報を全て確認したというのか。
書かれた文章を読み上げる様に淡々と語り、男は慣れた手つきでマガジンを入れ換える。その間、疾風への警戒を解くようなことはなく、次の動きを見定めようとしているのか目を緩く眇む。
隙を感じさせず、余裕を思わせる無表情。
過去、彼に追われた人間は酷く恐怖心を煽られたことだろう。
「逃げないの?」
「いや、ここは降参だ。No.426・鋼搗 充」
まっすぐ向けられる銃口に笑い、ダーツを袖中に入れ戻し、両手を軽く上げる。
抵抗しないことが意外らしく、鋼搗と呼んだ男は首を傾げながら瞬きを繰り返すと、不服そうに口角を下げながら脇下へ銃を戻した。
「なんだ、何か言いたそうだな」
「なんかあっけない」
「合格者が十組出るまで逃げ続けンだぞ?わざわざ抵抗して体力使うより、力量見て判定した方が利口だろ」
「……たしかに、効率は大事だけど」
種明かしに緩く頬を膨らませながら頷く鋼搗に苦笑い、彼の腰に提げられたゼッケンへ触れる。
彼の不満も判らなくはない。
候補者への説明を担当していた疾斗の口からは「管理責任者を[確保]」と伝えていた。
それは条件を単純で明確な形にすることで、基本ルールを理解出来るようにするだけのもの。
しかし、逃走する側は各都に二名しか存在しない最高位請負人。誰一人捕らえられない事も考えられる。
そういった万一の可能性を無くすため、対時した際には候補者の力量を測り、それに応じた采配を下す形式を取ることが許可されていた。
疾風としては妥当な判断を下しただけだが、そ鋼搗からすれば物足りないと感じたのだろう。
「北都を脅かした上、疾斗に二回も喧嘩売って来た野郎だから、どんな奴かと思ってたが。規則遵守できる程度の倫理観はあるんだな」
「……あの時は樋潟さん直々に説教されてるからね。刑務所もお寺も懲り懲り」
ゆるく眉間に皺を寄せ、溜息交じりで返された男の言葉に笑い、耳に直接聞こえた登録完了を合図に手を離す。
「管理責任者になりたい理由は何だ」
「仕事と収入の安定。樋潟さんの手伝い。それと……」
俺には首輪がある方が、償い続けられそうだから。
男の目に、光が僅かに宿る。
気怠げな態度から一変、此方へそう告げた覚悟に、疾風は目を細めて頷いた。




