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EDGE LIFE  作者: 如月 巽
Case.05 選出
97/97

森林エリア 【一次選考】 五月十二日 午後二時二十二分

 試験開始から六時間経過。

 現時点での捕縛・降参報告は、疾風の物を入れてまだ三件目。

 候補者へ配られている事前資料内容に違いがあるためか、今回の一次選考は高難易度と言えるのかもしれない。

「君のパートナー役が私で良かったのかい?」

「ええ。俺の能力を解っている方に組んで頂けた方が助かります」

「はっはっは、信頼して貰えて何よりだ」


 剃髪頭を撫でながら柔かに笑う北都管理長─樋潟 康平に口角を上げて見せ、周囲の警戒に意識を戻す。


管理責任請負人は、外向きの扱いは基本的に上級請負人と同等。そのため、登録者一覧には本名と呼び名(コード)だけが記録されている。

これまで行われてきた選出会の説明は、空席の出た都を受け持つ監査機関の一員が担当だった。

しかし、今回はあえて管理者の一人である疾斗が、自らの立場も開示した上で説明したのだ。


 狙われる確率が圧倒的に高くなる事を考えれば、この方法を取るのはリスクでしかない。

 現にスタート地点から程近いこのエリアは、候補者達の入れ替わりが激しい状況が続いている。


贋物(にせもの)まで作り出して君を登壇させるとは思わなかったな」

「[資格剥奪警告者の拿捕(だほ)を兼ねることになった]と聞いたので、それなら餌は多い方が良いだろう、と」

「提案したのが君なのも驚いたよ。疾風君が止めそうな物だが」

「[面白えから社長とタケさんに言おう]って電話してましたよ」


 首を横に振られる前提での提案だったが、一頻り笑った実兄はすぐに二人へ連絡を取っていた。

 そして数時間後には上官からの提案推薦書が3枚揃ったのである。

 管理責任者二名が良推す以上、本部も見過ごす事は難しいと判断したのか提案が通った。


「どうせなら私にも連絡して欲しかったがね」

「井狩さんが連絡見たら樋潟さんに迷惑掛けるから避けたそうです」

「気を遣わせたか……これを機に私もチャットアプリを覚えることとしよう」

「良ければお教えしますよ。ご家族も連絡取りやすい方が嬉しいと思いますから」

「ああ、頼む。しかし上手いこと考えたモノだ」

「木を隠すなら森の中、ってやつです」


 役割を担うに当たり、乗り込まれても対応出来るよう、レイヴホープが新たに開発した新小型投影機を導入。

 錠剤薬ほどの大きさしかないそれは、複数使うことで実体に近い姿が再現可能というもので、今回は試験運用として実際に高解像ホログラム投影を使用した。

 大スクリーンに遅延映像を写し、目視探索させぬよう候補者達の注目を壇上へ向けさせる。その策が功を奏し、折り返しとなる現在時刻も一度たりとして背後を取られていない。


「登壇後の参加なら礼装(あのまま)か、簡単な着替え程度と考える者も少なくなかろう」

「ええ。ただ、井狩さんが此方の策を忘れてるとは思ってませんでしたが……」

「それに関しては本当に申し訳ない。会場入りする直前にも再確認で話したんだが」


 作戦を練る者、選考内容を記録する者が居る中、多少聞き慣れた声が荒立っていたため、注意喚起を操作役へ依頼。

 粗方説明を終えたホログラムの自分は、喚く井狩とそれを聞き流す疾風に視線を向け、減点対象の例として注目させたのである。


「実力が充分にあるから副官になったのは分かる。仕事のパートナーとしては優秀だが……な。実力至上主義が良いとは言えなくなってきたと、最近は思えるよ」

「今回のやり方で一石投じることが出来れば良いんですが」


 北都管理長が持つエリア表を見ながら、掛ける伊達眼鏡の左蔓を前方に向けて摩り、拡大倍率を上げて候補者を確認して記録を付ける。


『こちら新堂。エリア13から10に移動中。探索が2組、エリア9への移動は3組確認』

『武埜、了解です。こちらはエリア8に居ります、候補者は……今の所居ないですね』

「樋潟・新堂、了解です。現在エリア1にて7組確認。内4組はエリア5へ向かっている模様」


『こちら越知。現在エリア7地点にて3組4名を井狩が治療中』


 西都副官・越知(おち) 陽毬(ひまり)からの報告に各々から落胆の音が漏れ、疾斗も奥歯を噛む。

 3組4名と言うことは、個人候補者二名が即席でチームを組んでいたのだろう。治療を受ける者の呻きと伊狩の呼び掛けが聞こえる。


「悠里、傷者の状況は」

『二名は目と喉の痛みで軽症。一名は右腕裂傷で応急処置が終わりました。一番酷い候補者は脳震盪を起こしています』

「程度は」

『5分くらい前に意識回復。会話は出来ますが身体は動かせません。本部への報告は済んでます』

「了解。タケはウチのが戻るまで陽毬さんと動いてくれ。疾風君は他の負傷者がいた場合は治療優先。加害者と対峙した場合は通常戦闘を許可する」

『『『了解』』』

「頼んだ」


 揃いの応答を確認し、指示を終えた樋潟へ水を渡しながら、周囲への警戒を強める。


 自分達が管理責任者の立場となり、選出会運営側となるのは今回で三回目。

先の二回はいずれも副官の座が空いた為に行われたが、妨害行為自体はあれども重症者が出ることはなかった。


「候補生同士の蹴落とし合いも禁止事項に入れるべきだったんじゃないか?」

「禁止した所で無意味でしょうね。[見えなければやって良い]という人間が多々居るのは樋潟さんもご存知でしょう」

「禁じられたらやるのも人の性か……経験者の言葉は重みが違う」


 苦笑しつつ頷く北都担当上官に肩を竦め、耳が拾った草を踏む音の方へ目を向ける。


 選出会に出た当時、本名は贔屓される可能性があると考えて母方の姓での参加だった。

 しかし、会場に来た時点で一部の候補者には【先代東都管理責任者の息子】という情報が漏れており、選考開始と同時に執拗な妨害を受けた過去がある。


 情報漏洩させたのは本部機関員であったこと、妨害者は報酬として無条件合格・多額の金銭を受け取っていたことが先人管理者達により判明。

 目的地目前で制限時間を迎え、本来であれば失格であったが、優先合格者が全て排除された事で合格となり、最終選考で実力を出し切って今の席に着いた。


 僅か二席を取り合う以上、候補者同士が諍うのは仕方がない。多少なり傷を負うのも承知の上だろうが、行動不能状態にしたとなると話が変わる。


「どうする疾斗君、我々も移──」

「今回はー、なんと!開島前の(オミクロン)からの中継配信でーす!」


 北都管理長から投げかけられる提案が、どこ場不相応の文言に掻き消される。


「─いやー、あの人気モデル・HAYATOが管理者の一人だったというね!あんな堂々と顔を出してる管理者はいないですよね、自分もびっくりでしたわ!」


 派手な髪色をした青年が構えるカメラへ大袈裟に戯ける候補生は、自身の知り得た情報を得意げに口から紡ぐ。

 静かな怒気を背に感じながら、時計型端末で候補者を検索。情報をスクロールすれば、備考欄には[剥奪警告]の記載が確認出来た。


「本部と皆さんへの連絡をお願いします」

「明らかに君狙いだぞ。それに武器を持って無いじゃないか」

「だからこそですよ。HAYATO()を知る人間なら[銃を使う]と思ってるでしょうから、今日は()()()持って来ていません」


 左耳のピアスを摘まみ押し、掌用手袋(ハーフパームグローブ)を嵌める。


『──ライブカメラモードを開始します』


 起動成功を告げるガイダンスに息を抜き、着込むパーカーのフードを整えながら、左手を服裾へ指を滑らせて鉄糸を引き出し見せれば、樋潟は苦笑った。



───────



「カメラ……買った…ばっかり、なのに…」

「あとで弁償させましょう!」


 レンズが外れ割れたカメラの破片を手に茫然とする後衛・撮影担当の堀河(ほりかわ)尚弥(なおや)に、前衛役である候補者 ─ 大渓(おおたに)千博(かずひろ)は体制を直し、配信継続の体裁で一喝する。


 説明役で舞台に上がり、自らの身分を明言した獲物(ターゲット)を見つけたのは数分前のこと。

 いつも通りに相手を煽って逆上させ、怒り任せになった醜態を撮らせながら捕えるつもりだった。

 

(なんで当たらねーんだよ!)


 管理責任者の一人である新堂疾斗は、此方の攻め手に対して回避行動を取っているだけで、反撃行動すら見せない。

 銃を使わせまいと距離を詰め、握るアルミ警棒を突き出す度、先端数ミリすら届かず弾かれる。

 変わった動きといえば、此方の装備攻撃を見て大振りに手を振り薙く程度のもので、本人の主武器を構える様子もない。


「場内へ持ち込んで良いのは、携行用飲食物と武装具のみだ。それら以外の持込品は判明個数分の減点対象だとも明言している」


 紫髪を緩く掻き上げながら投げかけられる確認。

 感情の波立ちさえ判断がつかないその声に苛立ち、反射的に拳で顔を狙う。


「……片目の俺より、状況が見えないようだな」


 掌に軟く受け止められたと同時、全身に衝撃が抜ける。痛みに呻き身体を起こそうと手を着くと、手の甲と手首に細かな傷があるのか血が滲み出す。

 明らかに不自然な出血に思わず息を引き、意気消沈した相棒の元へ屈む男を睨める。


「いま一体、何を…」

「ただの防衛行動」

「それでこんなに血塗れになるワケが」

()()()()()()だけだ、布でも巻いておけばすぐ止まる。なに、脳震盪よりはマシだろう?」


 付け加えたような一言に、ぞわりと肌が粟立つ。


 昏倒させた別候補者がいるエリアから今の場所は、本来であれば急ぎで歩いてもおよそ30分は掛かる。

 管理責任者同士での通信連絡は取っているだろうが、誰が何をどうしたかまでは判断が付かないはずだ。なのにどうして、確信じみた疑念を正確に向けてくるだろうか。


「No.039 堀河尚弥。身体強化型能力者(アビリティスト)で強化部位は足。運送物流業に勤務する傍ら、私人逮捕系配信者・カズタニの補佐として活動。再三の警告を無視・半年前に資格剥奪勧告が出るも改善無し」


 壊れたカメラを放り投げ、下から上へと振り薙がれた手の先、空中で輪切りに変わる。

 鉄屑と化したそれを目にし、完全に意気消沈した堀河は気絶し、その手首が容易く拘束された。


(コイツ、最初(ハナ)から丸腰じゃない……!)


「片目の俺よりも周りが見えていないとは思っていたが……こちらも武器を使っていたことに今更気付いたのか?」


 二人で攻め込み、初撃を許さず防戦一方に持ち込む所までは間違っていなかった。事実、この男は此方に対して反撃を見せなかった。


「観察力・情報収集力の欠如は致命的が過ぎる。鉄糸術を使う人物が()()いると知る候補者、昨日の交流会時点でも多かった」

「な……」

「相手を煽り散らして逆上させるのはいいが、攻撃パターンが単調。相手に返り討ち喰らうのも時間の問題だ」


 片眉を下げ、あからさまに呆れて深い息を吐く様子に、腑が煮え繰り返り熱くなる。

 警棒を伸ばし切り、持ち手から体内電気を流す。視界範囲が狭いであろう左側から振り薙ぐ。電流を帯びた棒先は、男の腰元に触れる直前の(くう)で音もなく(こま)切れに変わり、驚愕に手が緩んだ瞬間、脇腹へ強烈な一撃が浴びせられる。


「No.038 大渓千博。同じく身体強化型で強化部位は体内電気。目標(ターゲット)に無用の重傷を負わせることが多々、と報告を受けている」

(なんだコイツ……なんなんだ!?)


 人型機体の様に此方の情報を言い並べ、ゆっくりと歩み寄ってくる姿が、酷く恐ろしい。


(ハンデ持ちで、最弱のはずだろ……)


 登壇したその姿を見た瞬間から、絶対に狙うと決めていた。

片目に視力がない上、夢を覗くという非戦闘的な能力を発症するだけなら、十二分に勝算がある。

 顔に傷を負うことと、人目を避けるために銃を使うだろうと計算。近接戦に持ち込んで拘束し、整った顔に傷を付けて視聴数を稼ぐという完璧な算段を付け、それに合わせて金属製警棒を持ち込んだ。

その全てが誤算となり、追い込まれる事になるなんて、想像すらしていない。


「堀河同様、半年前に資格剥奪勧告が出ているが改善無し。尋問シーン自体は減っているが、拘束状態の姿が明らかな重症状態が多い」

「いやいやいや、待ってくださいよ。俺らが配信で取り上げた人物は、迷惑行為の常習犯ですよ?だいたい、ちゃんと最後は警察に──」

「【請負屋】、正式名称・業務代行請負業。依頼人との契約で業務を請け負い、代行することが本来の形。だが、動画配信で捉えてきた人間は誰かとの契約で請け負ったものではない、よな」

「っ!!」


 唐突に間合いを詰められて反射的に顔を上げれば、写真雑誌で見たような微笑みが向けられる。

 優しく諭すような、重い怒りを感じるような意図の読めないその顔に悪寒を覚え、息を継ごうと口を開けるも、喉が少しも(ひら)かない。後退りしようにも足は地面に張り付き、自分の思考司令に対して身体は無反応のまま。

 鉄糸で絡め捉えられているのであれば痛覚が機能しそうなものだが、痛みはおろか拘束感さえも無い。

 唯一動く眼球で辺りを見るも罠らしき物は視認できず、向けられる嫌悪と殺気の視線以外にあるのは、茫然自失した相棒の姿のみ。


「どうだ、理解出来ない事が起きている気分は」

お前達が被害者に与えた恐怖よりはマシだろう?


 眼鏡の奥から覗き込んでくる紫電。その片目の中央には黒三日月。

 脳髄に響くような声と全てを見透かすような眼光の不気味さに気圧され、体液が逆流してきたのか、舌の根から先に欠けて異様な酸味が広がってゆく。


「今回は管理責任者二名の選出だけでなく、資格剥奪勧告該当者の一掃を兼ねている」


 告げられた言葉が耳を射抜き、動けないままの全身から冷たい汗が噴き出し、開けたままの口が恐怖に渇く。

 先手必勝と警棒を抜き、無造作に捨て置いていた鞄の外底が掴まれ、入れていた妨害用具が転がり落ちる。

「やっぱりな」と肩を竦めた男の黒三日月が大渓を照らす。

 ゆっくりとした瞬きを見せられた瞬間、身体の不可解な拘束が解けて地に膝を付くと同時に両手首が絞め上がる。


「いぐぅっ…!」

「ミイラ取りがミイラになったな。チェックメイトだ」


 告げられた宣言に反論すら返せず、大渓は地に伏せたまま奥歯を噛んだ。

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