O 同日 午後十二時
─ 人造島 O
極東国が総力を上げて建築された小規模の島
大陸面積が狭く、所有海域範囲が少ない事を理由として造られている
一部の国からは【開発技術を見せつけるためだったのではないか】と批判の声も上がっているが、人工緑地化とそれに伴う自然体系構築の成功という大きな功績を持つ事もあってか、それ以上の問題は起きていない
過去には世界安寧条約会議の極東国会場に指定された事もあり、開島期間を設けられてはいるが、時期になると国内外から多くの人が訪れる
選出会開催式典を終え、昼食会前の束の間の休息を取るため、樹阪の先導に付いて宿舎に向かう。
運営を任されている機関員達がすれ違う度に挨拶をくれるが、その声の抑揚とは裏腹に動きは足早で、準備を急かされているのが目に見えて判る。
自分達を含む各都の管理責任者と機関員が早々に揃った事を幸いとして、政都を執り仕切る上層の勝手な判断により時間を繰り上げられた。
国長である庵治は外交に出ているため姿はなかったが、側近が預かってきた祝辞が長く掛かり、高みの現物に来た賓客の退席を見送ってからの現在に至る。
「あー長かったー。年寄りってのは、気が早い割に話が長くてイヤんなっちゃうよねえ」
「支部長がそれ言っちまうのはマズくねえ?」
「大丈夫大丈夫、君達のラペルピンとおいちゃんの親指用指輪、妨害電波出してるから。カメラに音声入らないよ」
制帽を脱いで仰ぎながら項垂れる樹阪の不平に、疾斗は内心で頷きつつ懐中時計を見れば、針は本来の式典開始時刻である十二時を示す。
勝手な時間変更が強行された事で全ての予定が変わったためか、宿舎に入る直前に見た中庭では慌ただしく昼食会の準備が進められていた。
開式前、厨房服を着た人間が何事かを命ぜられていたことを踏まえると、料理内容の変更や追加があったのかもしれない。
本部機関員とはいえ、他者の都合など構わず動く利権主義者に振り回されていることに同情してしまう。
「……昼飯食えっかな?」
「前回の事を考えると、口にする事自体無理だろうな」
「だよな……なんで管理責任者陣が傍観者陣を持て成さねーとならねえんだ」
「それに関しては本当に申し訳ない。政都には逆らえないのよ、本部も支部も……」
東都支部の長を務めている彼や機関に投げた愚痴ではない事は明白だが、疾風から溢れた当然の不満に、樹阪が苦笑じみた声色を持って謝罪を告げる。
自分達が選出会に参加した当時は、他都管理責任者と機関員しか居らず、政治家の観選などは無かった。
自分達に従順な飼犬の選出という、公に出来ない会合
選出会自体が余程のことがない限りは行われる事がないと言うことも相俟ってか、一部の政治家にはこの上ない愉快な催しに思えたらしい。
権威の圧力を振る舞われたために機関本部は黙するほかなく、その結果観覧娯楽の一つとして組み込まれてしまったと聞いている。
「時間まで船で待っていた方が良かったですか?」
「そしたらそしたで[我々よりも到着が遅いとは何を考えてるんだ]って君達が ──」
「遅いぞ戯けが!!!!」
張りのあるハイトーンボイスに樹阪の言葉が掻き消され、疾風がうんざり顔で頭を抱える。
「久しいな新堂兄。この時を待っていたぞ!」
「お前何でここに居るんだよ……」
玄色と藍下黒を基調とした副官礼服を着込み、仁王立ちをする青年の声が廊下中に響く。
「北都管理副官・井狩悠里殿。昼食会まで部屋での待機になっている筈ですが」
「邪魔をしないで頂けるか東都支部機関長殿、この者と話せる時間になる事を僕は待っていたのだからな!!」
井狩と呼ばれた黒髪の男は、頭一つ分以上高い男を見上げると同時に口上を並べる。
やや得意げなその様子を無表情で見下ろす疾風に同情しつつ、困惑気味の機関長の袖を引けば、明らかな不快感を宿した黒緑の眼が此方へと向いた。
「疾斗君……彼、いつもああなの?」
「残念ながら。新堂管理長の同級生で、医学高生当時からあの感じです」
投げられた問いへの回答にやや目を伏せ、口許が苦々しく歪む樹阪に、疾斗も目を逸らす。
彼の知る中に、上官に当たる管理長に突然物申す人間などいないことだろう。
まして今は公の場。束の間の休息時間とは言えど、別都担当者の元へ殴り込みの様に現れたとなれば、樹阪の反応も無理はない。
虚勢を張る犬の様に吠える北都副官と、黙って聞き流し続ける東都上官。そしてそれに巻き込まれる自分達。
他者から見れば異様な光景だろう、脇をすり抜ける機関員達から投げられる視線が刺さる。
「貴様、数日前まで個人的業務停止を受けていたな。統括を任されている身でありながら、初級請負人のような処罰を受けるとは、腕が鈍ったんじゃないか?ん?」
「経緯は機関本部からの書面で連絡行っただろ、何をどう読めばそういう──」
「あんな物信じられるか!貴様らとの付き合いが長い樋潟管理長は同情していたが、学生時代の貴様を知る僕は騙されん!」
何を根拠として自信を溢れさせているのか、不穏な笑みを湛えたままゆっくりと息を吸いこむ。
矢継早だった言葉を止めたその行動の意を取り、井狩の首へ視線を奔らせる。それと同時、音を発そうと開かれた男の口が何者かの腕に塞がれた。
「ふぉむぐっ」
「はーい確保。クリーニング代はお願いしますよ、井狩くん」
月白の袖が唾液で汚れる事も構わず、暴れ続ける北都副官を抑え込み、西都管理長 ─ 武埜 秀智が微笑う。
雪色髪と礼装が相俟って、尖晶石にも似た鮮やかな紅眼が際立つせいか、その笑顔は人ならざる者のようにすら思える。
「武埜管理長、ありがとうございます」
「やだなぁ疾斗くん、いつも通りでいいよ?今は休憩中だし」
「武埜西都管理長、邪魔しないでいただけるか!?僕は貴方の能力で、この偽装報告提出者に尋問を」
「はいはいはいはい、話は夕方の懇親会で聞きますね。とりあえず、昼食会が終わるまで口は閉じておきましょう」
身を捩り続け、ようやく腕から顔を逃して抗議を唱えかけた井狩の口が突然真一文字に閉じる。
自らの顎に手をかけ、口をこじ開けようと抵抗を見せるが、まるで縫い付けられたかの様にびくともしない。
「蛙は口から呑まるる、雉も鳴かずば撃たれまい。どうして要らない仕事をしたがるんだか」
「お手を煩わせて申し訳ありません、武埜西都管理長」
「貴方の謝罪は不要です、樹阪東都支部長。小猿くん、ああいや井狩くんが全て、す・べ・て、悪いんですから。樋潟さんに突き出して来ますので、失礼します」
自分達へ見せる柔和な表情とは反対に、北都副官へ向けられる明らかな怒気。
それに当てられた小男は、開口を試みる手を止めて目を泳がせて俯くと、武埜に半ば引き摺られながら、廊下の奥へと消えていった。
「……副官が疾斗君で良かったなー、東都」
「俺ァ里央から見るアンタはあんな感じなんだろうなって思ってっけど」
ようやく口を開いた疾風の言葉に、真面目な顔のまま動揺する樹阪が、意見を求める様に視線を向けてくる。
「まぁ、否定は……出来ないですね」
返した言葉に顔を逸らす機関長に苦笑しつつ疾風へ目を戻せば、片眉を上げつつ同じ顔をして笑っていた。




