海上 五月十日 午前十時二十三分
雲一つない青空の下、深青の海上を疾る小船の中。
開けた小窓から流れ込む潮風の心地良さに目を細め、咥えていた煙草を仕舞いながら深く息を吸う。
政都請負業務監査調査機関 ─ プル・ファング
各都区に置かれている請負業務監査調査機関の総本部
極東国の中心地であり政治の一切を担う都区《政都》に置かれている
表向きでは政都内のアトマスフィアとして運営されており、勤務する人間の全てが機関員で構成
彼らの指示・指揮・召集は国からのそれに値する
ため、たとえ管理責任請負人であろうとも拒否する事は出来ない
「思っていたより遅い召集だったな」
「俺の謹慎がなきゃあもーちょい早かったんだろうよ」
「そういう意味で言ったつもりはないが」
「知ってる」
「……いつも通りで何よりだ」
間髪入れず返した一言に実弟はわざとらしく眉を顰めてみせた後、破顔する。
表情が以前よりも柔らかく見えるのは、先日の一件以降から自分を心配していたからだろうか。
渡里は疾風に対して異常な迄の嫉妬を抱いていた。そのため彼が弄ったのは彼女に関する部分が多かったらしく、短期間だった事も幸いして影響は私生活にも職務にも支障は出ずに済んだ。
強いて異常を言えば写真の姿と記憶に残る姿に相違があるくらいだが、それは自分の中だけで昇華していけば良い。
廃人にならなかったことを考えれば、被害は最小限と言っても過言ではないだろう。
「冗談はさて置いて、手紙持ってきた機関員が[飛伽組解体の件が落ち着くのを待っていた]って話してたぜ。南都の管理責任を殺ったのにも飛雅が関わってたから、みっちり聴取したらしいし」
「聞き取りだけで済んでよかったな」
「本人は[あの兄弟に始末されてた方がラクだった]って言ってたらしいぞ」
「散々好き勝手やっておいて、いざ裁かれるとなったら楽な方に行きたがるあたり、屑としか言えない……」
いや、屑ですらないか。
封書に収められていた紅便箋の内容を再確認しながら毒付く疾斗に笑い、疾風は先日行われた最終結審を思い返す。
出廷した飛雅の身体は痩せ、屑灰のような白髪と余り皮を蓄えた顔は実年齢以上に老け込んでいた。
人の縁を嘲笑い、凶行をも遊戯としていた無頼漢に出された判決は【条件付無期禁錮】。
付けられた条件は《労働と施設内交流の一切を禁ずる》という、独房に入れられる訳でもなければ、死を持って償う道でもない、懲役刑よりも苦しい罰が与えられた。
働いて出所後の資金を得る事はおろか、同室となっている受刑者との交流も赦されず、壁の向こうで只々生きることだけしか出来ない存在。
《人権》こそ残されてはいるが、普通に暮らしていれば当たり前に得られる筈の《自由》は無い。
(請負人としちゃあ面倒くせェから、出てこないで貰いたいモンだが)
画面越しで見る限りでは飛雅の様子が演技には見えなかったが、完全に折れたかどうかの判断をつけること迄は出来なかった。
今回の厳罰が一生涯続くか恩赦が与えられるかは解らない。しかし仮に外へ戻れたとして、部下を扱き使い豪遊する事に慣れきった彼が、慎ましく生活していく可能性などほぼ無いだろう。
何かを切っ掛けに再び野心を燃やされる位なら、施設内でただ生きるだけの人間として居てもらった方が良いとさえ思う。
『お二人さん、あと三十分位で着くからぼちぼち着替えて下船準備してくれ。向こうの事は機関長から直々の案内がある』
「了解。お前が送迎役で良かったぜ、別都の機関の人間じゃ気が休まらなかった」
『[友人関係にある機関員の配備を許可する]って連絡が来たんだとよ』
気遣われているな、と苦笑う都築の声に頭を掻きながら軽い悪態を返し、傍らのトランクを開いて礼装一式を取り出す。
歴代の東都の管理責任請負人も纏ってきた瑠璃紺と青碧を用いて誂えられたそれに袖を通し、提げていたロケットペンダント二組を外してタイを締めて気を鎮める。
各都に置かれた管理責任請負人は、請負業に身を置く人間達の手本であり、最高指導者とも呼べる絶対的存在。
しかし、南都担当者が飛伽組による狡猾な手口に嵌められた事により、副官共々殉職したため空席となった。
今回の召集は、空いてしまった地位に相応しい者を見極め、選出する為の会合なのである。
国家認可証が彫られたラペルピンを留めて窓の外へ目を向ければ、会場地のシンボルである巨塔が視界に映った。




