東都 南地区α 同日 午後三時三十七分
【Melt-Althy】
様々な分野で活躍する芸能者を輩出している芸能事務所であり、設立時より業務代行請負業派遣事務所としての機能を持つ。
《東都管理責任副官の直接管理下にある》ということが信頼を買っているために所属希望者が多く、都内の請負業兼務事務所の中でも所属人数は一、二を争う規模である。
木目柄が入れられたセラミックタイルの床を踏み、流水を模した彫刻入りの黒檀扉を数度叩く。
向こう側からの返事を聞き部屋へ入れば、事務所社長である行方 六実が安堵に似た笑みを此方へと向けて一礼する。
「体調が優れない処をすまない」
「いえ。こちらこそ穴を開けてしまってすみません」
「気にすることはない。幸い、疾斗君の仕事は君の模造機体で間に合う物ばかりだったからな。今回は任務中の事故だと管理長から聞いているが……」
傍らに立つ男へと視線が動けば、白茶髪の男性スタイリスト─千都世 朱櫻が数度深く頷く。
「[バディ組んでた人に支えられて出てきた]って戻ってきた子達が言ってたわよ?泣きながら」
「泣いていたのは催涙ガスのせいだと思うが……俺は高濃度の物を浴びたせいで痛みが残ったんだ。だから兄貴の手を借りていた」
「今は大丈夫なの?」
自身の右目を示しながら大丈夫かと小首を傾げる千都世へ首肯し、社長に促されるままにソファーへ腰を下ろせば、冊子のようなものを手にした社長が向かいへ着する。
「それで、今日はどちら側の仕事の相談ですか?」
短い問いに肩を竦め、行方が重苦しい気配を纏ったまま眉を顰める。
「申し訳ない話だが、今回は両方なんだ」
「両方?」
意外な返答に首を傾げて見せれば、行方は手にしていた紙片と三枚の写真を机上へ並べられ、写真よりも先に斜めに切られたトランプのジョーカーが目に止まる。
嘲笑うような道化師の表情は半仮面の下に浮かべられた笑みと重なり、疾風の指示がなければ敗していた現実を思い出してしまい、胸奥が澱む感覚に息をつく。
故意に切られたカード片が示すのは、仕事の手伝いを依頼したい、と言うことだろう。
「こっちの確認もお願いでき─「……Ancient Phantom、だったか?」
「あら意外。アイドルなんて興味なさげなのに」
「佐賀が嵌ってるんだ。しつこく話を聞かされたら嫌でも」
千都世の言葉に苦笑で答え、人懐こそうな笑顔の三人組で写る宣材写真に目を戻す。
一般人として日常生活を送っている兄とは違い、芸能界側に身を置く疾斗は、流行については最低限程度には頭に入れている。
しかし彼女達については、佐賀が毎回暑苦しい程に語ってくる為、不随情報も覚えてしまっただけに過ぎない。
─Ancient Phantom
数ヵ月ほど前にメディアに出るようになったライブアイドルで、元々は北都β地区にある小規模ホールを活動拠点にしていたらしい。
髪の内側が一人一人のイメージカラーとなっており、其々の性格と担当に合わせたものとなっている、と聞いている。
「……何故俺なんです?女装が必要な案件なら、事務所自体から手を引かせてもらいますけど」
「っ!ゲホッ…その、件について、っ反省、しているっ。そう、じゃない」
飲んでいた緑茶が気道に入ったのか、行方は途切れ途切れに返答して眉を下げる。
視線だけ千都世へ向ければ、目の動きを読んでいたかのように背を向けられ、それを笑えば頭上から不満げな小声が漏れた。
「話を戻すんだけどね、正しくは疾斗ちゃんというよりも、新堂兄弟にお願いしたい案件なのよ」
「ああ。内容的に如何なものかと思ったので、[東都支部を通してくれ]と相手には伝えたが、どうにも難色を示されてしまってな……確認を取るという名目で保留にさせてもらった」
派遣事務所に来る依頼については、本来であれば請負業務監視調査機関の精査が必要だ。
しかし、この派遣事務所は国家認可を持つ人間の管理下にあるため、一般的な派遣事務所とは違って、中級請負人迄が受理可能な依頼が直接請けられる。
一次精査を行なっている行方が機関への問い合わせを促したということは、此処で請けるには荷が重いと判断したのだろう。
「請負業は解りました。依頼書は預かりますが、管理長に相談させてください。ですが、何故被写体業も必要なんですか」
「依頼人達が参加するパーティーがあるんだが、そこに入れるのは業界の人間だけなんだ。何彼女達から依頼の話を訊く前に、ウチの事務所にも招待状が届いていた」
名指しで、HAYATO宛だ。
言葉を口にしつつ困惑した表情の行方から投げられた視線に千都世が頷き、深海の様な青い封筒が手渡される。
表には事務所の住所と自身の芸名は記されているが、差出人の記名はどこにも見当たらない。
封書を留める無印蝋を外し、入れられていた招待状と冊子を確認してみるが、主催者名はおろか参加者リストさえも入っていなかった。
「……一応伝えておくんだけど、疾斗ちゃんに手紙を出したのは彼女達ではないし、彼女達の関係者でもないそうよ」
「どういう事だ?」
「依頼人とこのパーティー招待者は別だが、手にしたい物を持つ人間が招待客の中にいる事を、彼女達の協力者が突き止めたそうだ」
矛盾が生じる話をしている事を自覚しているのか、対面の男の眉間に寄る皺が更に深く刻まれる。
協力者がいるのであれば此方に依頼をする必要はないはずだが、何か理由があって此方に話を持ってきたという事なのか。
此処に、新堂疾斗という人物がいる事を知った上で。
全く見えない話に頭が痛くなる気がしつつ、再度内容を確認しようと冊子を手にすると、テーブルに置いていた携帯端末が振動した。
「もしもし」
『俺だ。呼び出しばかりで悪ィが、話が終わったらすぐ帰ってきてくれ』
「何かあったのか?」
『ああ、赤紙召集だ』




