【館内屋台街】
「──銃口のトコの出っ張りが、此処の凹みから見えれば大体真っ直ぐ飛ぶから…」
「こうやって見てっと里央の背のデカさ際立つな、嫁さんがすっぽり収まってら。凛さんも割と身長ある方だよな?」
「女性にしたら高い方だな」
射的銃の構えを妻に教える都築を横目に、ビニールプールに浮かぶ水風船を狙って釣り針付こよりをゆっくり垂らす。
能力を使えば難なく獲ることは出来るが、折角の懐かしい遊びにそれを持ち込むのは大人気ない。
ホースの流水に転がされゴム紐のほとんどが下を向き水に浸かる中、一つだけ水から頭を出した輪を見つけ、紙糸を濡らさぬよう慎重に手を動かしてW字の釣り針へそっと通す。
僅かに跳ねた水滴に濡れているのが見え、染み切る前にとやや早めに腕を引き上げれば、薄桃色に緑と紫の不規則な流線が引かれた風船が現れた。
「おめでとうございます、お上手ですねぇ。風船のお色はそちらで宜しいですか?」
店員の言葉にビニールプールへ一瞬だけ目を落とすが、一時の緊張感と楽しみをくれたその簡易遊具を変える気にはならず、口元を緩めて頷く。
「ヨーヨー、また懐かしいものを」
「中で水が跳ねる音、結構好きなんだよ」
中指にリングを通し、軽くて重い風船へ手を付けば、少量入れられた水達がパシャパシャと軽やかで不可思議な音を奏でて弾む。
縁日自体は世話になっている寺で毎年開催しているので義妹に付き合って行くことはある。
ただ、毎回あちこちを見ながら義妹に荷物が増やされていくため、買うのはおろか見ることすら出来ず帰宅するのが殆どだ。
まともに遊んだ記憶があるのは小学生の頃ぐらいだろうか。
遊びすぎでゴム紐が切れて部屋の中で割れてしまい、父から大目玉を喰らった日を思い出し、手元に戻った風船を柔く受け止める。
都築の後ろで凛が眉を寄せながら照準を合わせて引き金を引けば、パン、と小気味良い音を立てる。
音に釣られて振り向けば、飛び出したコルク弾はほぼ真っ直ぐに軌道を描く。そのまま的棚の駄菓子の箱角へ当たり飛び落ちて、店員が祝いながらその菓子を受け渡す。
「里央さん、とれた…!」
「お、凄えじゃねえか。初めてで獲れるなんていい腕してる」
率直に褒める都築が凛の頭を優しく撫でれば、子供が初めて褒められたようなはにかんだ笑みを浮かべて俯く。
国役所では書面提出で担当してもらっているが、見かけるのは大体が生真面目で無表情な顔。四人でたまに食事をする時でも微笑む程度だ。
こんな柔らかな表情で笑っている姿は初めて見たかもしれない。
表情の動きがやや平坦な二人さえこれほど自然体になっているのは、この非日常的で賑やかな空間が、人と人との距離を縮めてくれる効果をもたらしているのかもしれない。
「疾風、疾斗はどうした?」
「さっきまで俺の後ろに居たけど……あ」
プラスチック製のトレーにドリンクを人数分乗せた弟が、出店風の店舗から手首に白袋を数個下げて出てくるのが見える。
店側からサインでも求められたのか、トレーを支える右手にはインクをこすったような跡をつけ、口にはパイプのような何かを咥えており、戻ってくる姿へ片目を細めて音にせず窘めれば、片手を軽くあげて僅かに謝罪された。
「風呂上がってから何も食べていないと思って。里央達も夕食まで時間あるだろう?」
「飯はありがてえが…どうした、それ」
「屋台店舗のうち三箇所で買うと籤が引けるらしくて、やったらこれだった」
「マジか、随分高級な吹き戻しだな。つーかさっきの女達もサインやれば黙ったんじゃねェの?」
「そんな都合よく筆記用具がある訳ない」
プラスチック製の赤いパイプから飾り付きの青い巻紙へ疾斗が息を吹き込めば、紙擦れの音と共にパラフィン紙の筒が伸び、疾風の前髪を軽く叩く。
巻き戻った渦へ視線を落とし、此方と吹き戻しの間を数度確認して再度息が吹き込んだかと思うと、首を動かして僅かに巻き逸れた先端で器用に前髪を持ち上げられ、直に額を数度叩かれる。
「…お前何やってんの?」
「今日ぐらいは良いんだろ」
パイプを咥えたままの実弟に口角を上げられ、遊ばれていることに軽く眉間に皺を寄せれば、狙ったように巻紙が当てられる。
子供の頃に遊んでいた物はもっと長さがあったような気がするが、体格が小さかったからそう見えていただけだろうか。
思いもよらない景品をもらってきたことに一同で笑いながら、縁日遊びの並ぶ通りから一度離れて館内シンボルである大櫓前へと出る。
旧国時代に使われていた木箱や木樽を模して作られたテーブルセットが彼方此方へと並べられており、四人で掛けられる席に座ってドリンクを受け取れば、一つだけを手元に残してパック詰めされた屋台飯が並べられる。
「あ、お金は…」
「さっき助けていただいたお礼なので。気にせずどうぞ」
「敢えてベタどころ選んできたな、お前」
「大体間違いが無くて美味いやつだよな、この辺」
西都風麺焼の蓋を開ければ、鉄板で焦がされたソースの香りが鼻腔を擽りつつく。
浴場での一騒動後、瓶入牛乳一本飲んだきりで終わっていた胃が「早くよこせ」と言わんばかりに動き始める。
三人も各々好みのパックを開けたことを確認して手を合わせ、割箸を入れる。
パリパリと音を立てて切り割って生地を口に運べば、甘辛いソースが葉野菜の甘さを引き立て、表面で焼けていた少し硬めの味付麺が歯触りを変えて楽しませてくれる。
どれも焼き立てで買ってきたのか、凛は口元を隠して蛸焼きの熱さを堪え、都築の食べる焼きそばからもまだ湯気が濃い。隣に座る疾斗も黙々と焼蜀黍を食べているが、やはり熱いのか紙製布巾で時折指先を冷やしては先端を支え直して齧っている。
「そうだ。疾斗、食い終わったら一つ手伝ってもらえないか?弾代は出す」
「射的に協力プレイなんてあったか?」
「箱入の景品が獲りたいんだ」
「…上の棚にあったやつだな、わかった。疾風、これ」
「え?あ、おい」
空いたパックと蜀黍の芯を一つにまとめた袋と交換に、別で取り分けられていた白袋を手渡してきた疾斗が都築と共に席を立つ。
突然の贈呈品の意図が解らず暫く弟の方を見てみるが、友人と話す彼は此方に振り返ることもなく人の多い縁日通りへと紛れてゆく。
なんとも言い難い靄ついた感覚を抱きつつ共に残された凛に目を移せば、彼女も何事かを考えている様子で熱の冷め切らない蛸焼きをゆっくりと食べながら首を傾げている。
待ったところで解決するわけではなく、中身を確認するために閉じられた袋を解き開いてスチロール製のパック蓋を外すと、赤茶色に色付いた烏賊の姿焼が串に刺さって入っていた。
割とベタな物が好きな新堂兄弟です。
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赤茶色したイカ焼きについて
煮イカという物がありまして、それを元にしています。
この煮イカ、どうも関東一部地域だけの物とのことで、書いた当時(2020年)はそれを知りませんでした。
【旧国時代】というのが現代日本に瓜二つの国という設定で書いているので、東都には煮イカがイカ焼きとして伝わってる、という事にしています。




